其の二
出来るだけ人通りが多い商店街を選んで私はひたすら歩く。 結局裏口から出るところを彼に見つかってしまったらしく、彼は私の後を付かず離れずついてきていた。
(なんなのよもう…… )
自然を装ってチラッと後ろを振り返ってみると、ぶつかりそうになりながらも必死に通行人を避けながらついてきている。 彼が見えていない分、歩行者は容赦なく突っ込んで行き、彼は歩道を右往左往しながら本当に大変そうだ。 見ていると可哀想になってくるが、ここで情けを掛けるといつもロクなことにならない。 とはいえ……
(きっぱり言ってやらないとしつこそうだし…… )
よし、人目のないところでバシッと言うか。
私は歩くペースを緩め、適当なお店の裏路地の前で彼に振り返った。 必死についてきていた彼の表情はパァっと晴れて、小走りで私に駆け寄ってくる。 そのまま裏路地に誘い込み、人の目がないことを確認して彼に正対した。
「お姉さん! やっぱり僕の事見えて…… 」
「勘違いしないで。 私につきまとうの止めてくれない? 」
彼はポカンと口を開けて言葉を失っていた。 素直に言うことを聞いてくれればいいんだけど……
「何を探してるのか知らないけど、ハッキリ言って迷惑してるの。 もう私に構わないで 」
「…… すいませんでした。 何年かぶりに誰かに気付いてもらえたもので…… 嬉しくてつい…… 」
ペコっとお辞儀をして、背を向けてトボトボと去っていく彼に罪悪感を覚える。
(いやいや、なんで私が悪いことした気持ちになってんのよ! )
っていうか、幽霊のくせにその場でスッと消えるわけじゃないんだね…… 裏路地から出て行った彼の背中を見送って、私も彼と逆の方向から家路を急いだ。
特に具合も悪くないので、病院には行かず自宅でお風呂に入った。 頭からシャワーを浴びながらあの高校生の事を考える。
(ちょっと可哀想な事したかなぁ…… )
今まで何回も幽霊に付きまとわれたことがあったけど、今回みたいに大人しく引き下がってくれるのは珍しいことだ。 大概は泣きつかれたり逆恨みされるのがほとんどで、素直に悪いと思ってくれたことがより罪悪感を生む。
(何年かぶりに気付いてもらえたから…… か )
そんな長い時間を誰にも相手にしてもらえないと考えると、私なら発狂してしまいそうだ。 もしかしたらそれが心残りで、話を聞いてあげただけで彼は成仏できたのかもしれない。
(いやダメダメ! 幽霊さん相手に心を許すとロクなことにならないんだから! )
シャワーの水栓をキュッと閉め、頬をパンパンと両手で叩いていらない雑念を振り払う。 せっかく時間が出来たのだから、どうせなら有意義に使いたい。 でも外に出て遊んでいるところを営業の人に見られても後々面倒になる。
(そうだ! この前新刊も買ったし、溜め込んでいた小説をゆっくり読もう! )
お気に入りの紅茶を淹れ、ちょっとお高かったクッキーをお茶請けにして、座椅子に寄りかかって読みかけの小説のページをめくる。 小説の題材は、冴えない男の子が自分の生きる道を探して旅をするというファンタジーもの。 もう一つのシリーズもファンタジーもので、浪人生が女神ペルセポネと出会い、嫁になってくれと願ったところ…… というものだ。
読み進めていくうちに、ふとあの高校生の事を思い出す。 せっかく面白い展開なのに、彼のせいで中々小説に集中出来ずにいた。
「…… ああもう! 」
一度小説を閉じて時計を見ると、もう午後4時を回っていた。 お昼ご飯は食べず、紅茶とクッキーだけだったのでさすがにお腹が空いてくる。 冷蔵庫の中を覗いても、マヨネーズとか発泡酒しか入っていなかった。
(そりゃそうだよね、私料理しないし…… )
彼氏でもいれば頑張るんだろうが、彼氏という言葉を私はまだ知らない。
「…… 買ってくるかぁ 」
今から化粧をするのもめんどくさい。 私は薄手のパーカーを羽織ってマスクをし、近所のスーパーマーケットにお弁当を買いに出ることにした。
惣菜コーナーで安かった鮭のお弁当を突っつきながら裏路地の事を思い出す。 もう会うわけじゃないのになんでこんなに気になるんだろう…… やっぱり幽霊とぶつかったのが衝撃的すぎたのだ。 一見童顔系の彼は、そんなに未練タラタラな人生だったんだろうか…… そんなことをつい考えてしまう。
(ダメだ、一杯飲んで今日は寝よう )
冷蔵庫に1缶残っていた発泡酒の口を開けて、私はグビグビと音を立てて飲み干した。
翌日、私は重い頭を抱えながら自宅マンションを出る。 昨日、一杯だけの発泡酒では寝ることが出来ず、マンションの一階にあるコンビニでビールを買い足し、結局500mlの6缶パックを全て開けてしまった。 昨日早退しているのに、飲みすぎましたとは会社には絶対言えない。
「…… あれ? 」
誰かが叫ぶような声が聞こえてその方向を見ると、交差点の角にあの学生服の彼を見つけた。 彼は通行人に手を挙げて自分をアピールしてみたり、行き交うタクシーに手を振ってみたり。 時には大声で叫んでいたが、そんな彼に気付く者は誰もいない。
(何をやってるんだか…… )
彼が何をしようと私には関係ないことだが、あの姿には少し胸が痛む。 関係ない…… 私は何も見てない…… 見えてない…… そう念仏を唱えるように、私はその交差点から逃げるように会社に向かった。
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