第29話B 幕間劇『会議は踊る』

12日午前10時30分 北校舎 八大委員会 委員長会議室


 千夜学園の頂点に立つ8人の人間だけがこの場にいることが許される。


 八大委員会。すなわち風紀委員会、保健委員会、環境委員会、飼育委員会、放送委員会、図書委員会、文化委員会、体育委員会。そのそれぞれの頂点に立つ委員長たち。

 内なる権力闘争の勝利者ある彼らは、次は組織の利益代表者として成果が求められる。

 今日、この場の議長を務めるのは、ゴシックスタイルの黒いコートをに身に包んだ長髪の男。薄く化粧がのった青白い顔は、吸血鬼を彷彿とさせる。風紀委員会の委員長その人である。


「さて、いつぶりかの緊急招集だね。さっそく綾瀬家のお嬢様の件を話しましょうか。今回は大チャンスだと思うんだよねぇ。あの忌々しい生徒会長をいよいよ追放すべきときが来たんじゃないかしらん、僕にとっても宿願なんだけど、みんな賛成してくれる?」


「んで罪状は何だ。まさか下水道のテロの犯人に仕立て上げるつもりかよ。誰も信じちゃあいないけどよ。それでもやるってなら、せめて真犯人が誰なのかちゃんと教えといてくれないとねぇ。なぁなぁ風紀委員長さんよ」


 と声を上げたのは環境委員長。気の強そうなショートカットの女だった。


「鋭意捜査中だよ。おそらくは旧生徒会の残党の犯行でしょう。なら、生徒会長を名乗る綾瀬嬢が無関係ということはないでしょう」


「おいおい、旧生徒会の残党なんてものが一体どこにいるんだよ。実物見たことあるのか。あれはパブリックドメインだろ。アタイたちが好き勝手に使うのはいい。臭いモノには蓋だ。だが、今回は違う。何の情報もないってぇのは解せねぇ」


「今の不規則発言は議事録から抹消するわね……」


「鼻から残すつもりなんかねぇよ!」


 その二人の間に割って入ったのは、盛り髪縦ロール、社交界から飛び出してきたような派手な衣装の女。


「今回の件は、当方放送委員会でも詳細は把握できていませんのよ。凪子ちゃんとこは、何か掴んでらっしゃるのでないかしら」


「申し訳ありません。私たちは文書の管理が主体ですので、どうにも情報の速さという点では頼りにならないところがありますのよ」


 黒髪の清楚な雰囲気の少女。彼女こそが零斗が口にした図書委員長、十和凪子。その人だった。


「ちっ」


 舌打ちをする環境委員長。図書委員会が秘密裏に諜報機関を運用していることは公然の秘密だった。


 最大の人員を誇り、あらゆる犯罪の捜査逮捕権を持つ風紀委員会、報道と娯楽のためにありとあらゆる情報を金で買い集めている放送委員会、学園中のありとあらゆる文書の管理権を持つ図書委員会。情報収集能力ではこの三大機関に敵うはずもない。


 三者が裏で手を結び情報を堰き止めているのか、それともタヌキとキツネとムジナを出し抜く化け物じみた何者かが存在するのか。

 蚊帳の外にある者たちは皆、焦りと怒りを感じずにはいられない。


「あーらら、結局どこも情報は無しってことじゃないか。ならこれ以上議論しても仕方ないでしょう。だーかーらー、ここは綾瀬のお嬢様のことだけ決めまちゃいましょう。生徒会長の僭称、これだけでも重大な罪よ。加えて、権限停止中の生徒会を騙っての諸活動、そして今回のテロ。議論の余地なく除籍追放が妥当でしょう。ハイ、賛成は挙手」


 風紀委員長の仕切りに従って風紀、保健、環境、飼育の四者の手が上がる。


「別に、あの自称生徒会長様を追い出すことに反対するつもりはねーから。だが、問題点は指摘させてもらったぜ。風紀委員会がどうやってあの娘を訴追するのか楽しみに観戦させてもらうよ」


 と言い訳がましく捨て台詞を吐く環境委員長。彼女が何を思おうと委員会内部の意見は決まっていた。


「過半数まであと一人かぁ。伽藍ちゃんはどうなのかな」


 飼育委員長は化粧気のないショートカットの少女。議題の行く末よりも、ここに居る人間が何を語るかに興味津々の様だった。


「放送委員会といたしましては報道の中立性の観点から棄権に回らせてもらうわ。なお、重大案件に関しては棄権は反対とみなす、議事進行規則44条ね」


「あらら、あの娘は伽藍ちゃんのお気に入りだったかな。ああ、これは独り言ね。議事録から抹消。さて、駒倉文化委員長はどうしてなのかしら」


 駒倉というのは年齢不詳の容姿の小奇麗な男で、若者とは思えない険しく枯れた雰囲気を放っていた。


「君たちぃ、七年だよ。あの内戦が終結して七年。あの頃を知っている者はもう、ここでは私だけなのだなぁ。ようやくだ。七年かけてこの学園に平和が訪れたのだ。この平穏を乱してはならん。くだらない自尊心や私怨は捨てることだな。綾瀬君は愉快で目立つところはあるが、まぁ分かりやすい性格をしている。あの娘が実際にこの世界を変えたか? 語るべき実績が?」


「あらあら厳しいご意見いただきましたね。でも、貴方の大嫌いな生徒会を名乗っているのですけど、それは不問ですかね」


「あははははは、綾瀬のお嬢様のあれは、ただの遊びではないか。あんなものとアノ生徒会を一緒にするなど、モノを知らぬからこそ言えることよ」


 そういって鼻を鳴らす。


「感じ悪いジジイ」


 呆れ顔の環境委員長。


「藪をつついてなんとやらだ。大衆向けの娯楽としては丁度よいではないか。あの娘のやることは痛快だ。だが、世界を変えるようなものではない。何を目くじらを立てることがあるか」


「ま、いいでしょう。全員を説得するのは難しそうだ。じゃあ、あとは凪子ちゃんかな。伽藍ちゃんと同じく、お友達を売ることはできないってことかな」


 凪子は物分かりのいい幼子のように穢れのない笑顔で応答する。


「あらあら、私は公私混同などは致しませんよ。確かに、私個人は一夜さんは大の親友だと自覚はしていますけれど、それとこれは別です。八大委員会の一翼を担うものとしてバランスの取れた判断が求められますわね。ふむふむ、なかなか難しい問題ですわね。一夜さんの件について前回は反対いたしましたし、私が贔屓していると思われるのも本意ではありませんから、此度は賛成に一票入れてみるのもいいかもしれませんわねぇ」


「結局アンタはこの場を引っ掻き回して楽しんでるだけじゃねーか。くそアマ」


「貴方は賛成なのだから黙ってくださいな。じゃあ、賛成に一票ってことで良いかな。だったら素敵なのだけどね」


「どうしましょうかねぇ。私の一票がすべてを決めてしまうなんて怖いですわねぇ」


「体育委員長は何も言わないつもりだから、もう後は十和さんが決めるしかないよ。親友の運命はアナタが握っているのよ。」


 飼育委員長の顔に愉悦が浮かぶ。


「うーん。はい、そうしましょう。一夜さんも色々と大変だとは思いますけど、もう二度と会えないわけでもありませんし。次に会うときはお互い肩書なしのお友達として会えますわね」


「よかったぁ、じゃあ5対3で本案は承認されました。綾瀬一夜を退学裁判に訴追します。開廷は本日の議事録作成の48時間後とします。嗚呼、僕はとっても幸せな気分だよ、皆様ありがとう。反対頂いた方も含めて、ね」


 果たしてこの結論に何を思ったか、8人の表情からは何も読み取ることができなかった。

                  

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