ありふれた話

ドサッ。

王国配給の食糧じゃ足りないから、たまに町まで買い出しをする。

目の前のカウンターには小太りの男。

下品な口髭や耳のピアスでセックスアピールをしたこの町の模範的な益荒男。


「…ウチは蛆虫用の餌なんて置いてないんだがな…」


蛆虫というのは私たち”悪魔”の一般的な蔑称。

悪魔の頭には脳みそではなく”蟲”が詰まっている。


ジャラッ。

小汚い銅貨をカウンターに落とす。この為に何日働いたのかもわからない。


男が鼻息で対価を認めたのと同時に、さっさと硬いパンをバックに滑り込ませた。

鼻息すらも臭い男の店を足早に出る。


…ここは旧都ノマ。だいぶ昔に王都だった地。一帯を廃墟が覆い、荒くれ者どもが格好の住みかとした事から西洋の魔窟と称される。今なお続く”王国”の歴史的な建造物が多数あり、国家の尊厳に関わることから治安の割に福祉は多少手厚い。ここ以外では私の様な弱者は息すら出来ずに殺されるだろう。


荘厳な石造りの街を下賤な人々が商いに彩るのはグロテスクだ。

この街の廃れない商いは大きく分けて三つある。

食、性、賭け事。

安酒を呷り安い女を買い余った金を賭けでスる。

今私が適当に考えたような生活をする男はまあまあ居る。

私はそういうやつらが嫌いだ。だからこの街の人は全員嫌い。

女子供も大して変わらない。

通りの立ちんぼ。私に石を投げるガキども。

ああ全部嫌だ。

でも結局自分の事は自分で何とかするしかないから、みんなうまくやっている。

それが一番嫌だ。


着いた。私たちの家。角無したちの家。

”療養院”。

罪を犯した悪魔の角を折る”用刑”に処された”角無し”のみ居住が許された終の棲家。中は汗や垢や膿が発酵した強烈な刺激臭が漂うがそれでも中で寝た方がいい。

臭い故に半端な盗賊を追い払うのだ。

療養院に部屋の区切りはなく一つの大きなホールとなっている。

昼でも中は薄暗く入り口から向こう側の壁は見えない。

適当な場所に外套を敷く、ここが今日の寝床。

本来直に寝るために作られた床じゃないから大小ある凹凸が尖って痛い。

寒い臭いうるさい。

…。


「んも~。お姉さん入り口でずっと待ってたのよ~。」

「私が見逃しちゃったのが悪いけどゼンちゃんにも声かけてほしかったな~。」


「シスタさん。」

「私も気が付きませんでした。」


あらあら嘘おっしゃい、とくすくす笑うこの女はシスタ。

悪魔差別最大手の”教会”に目的もなく潜り込み、なんやかんやで用刑に処されたイカレ女。私が用刑に処されてから少しの間は世話になった。ご飯とか。

最近会うのを避けているのは今でも教会の”召し女”の正装を着ているから。


「それ…。いい加減着るのやめませんか?」


「あら。もうツッコまれないと思ってたのに。」

「お姉さんの事心配してくれるのね~。」


一応角無しであっても暴力行為は禁止されているが、…世の最底辺が召し女の正装を着ているのはもはや挑発だ。


「案外角無しなんて目に映らないものよ~。」


「はは…。悲しいこと言わないでくださいよ。」


「あら。じゃあゼンちゃんは目立ちたいのかしら?」

「サキュバスだからかしら~。」


サキュバス、と言っても色狂いという訳ではない。

悪魔の四系統の話だ。


他人との関わりを重んじる”サキュバス”/"インキュバス"。

ヤギの尻尾が目印。


理想を追い求める”ヴァンパイア”。

コウモリの牙がチャームポイント。


「発見と理屈」が取り柄の”グール”。

ネズミの骨格が特徴。


そして社会での勝利を至上とする”エンジェル”。

鳥の羽が目立つ。


悪魔は皆このうちのどれかだ。

私はサキュバス。初めに色狂いではない、と言ったし事実すべてのサキュバスが色狂いという訳ではない。…が他人との関わりに固執する中で性に乱れるサキュバスは多い。ちなみに私は逆に捻くれてむしろ他人との関わりを嫌っている。


「無視されるのは悲しいって話です。」

「系統の話を出すならシスタさんもエンジェルらしくないですよね。」


「あら。そうかしら。」

「私ほどエンジェルらしいエンジェルも中々いないと思うけど…」

「…それよりゼンちゃん。寝れないんでしょ。」

「お散歩行きましょ?」


用刑に処された悪魔が眠れなくなる、というのはよくある症例。

前はよく二人で夜の散歩に出ていた。


「それ脱いでくれるなら行きます。」


「ゼンちゃんのお布団借りていいかしら?」


「ボロいですけど…。」


シスタはふわっと私の外套を羽織る。

身長が高くスタイルも良い。所作も口調も品がある。

しかし頑なに着続ける召し女の正装。

長い前髪が影を落とした暗い目。

微笑を緩めない口。

困窮が見て取れるこけた頬。

…総じて狂気的な圧を感じる。

自分を評価しなかった社会への憎悪の現れ、といえば確かにエンジェルらしいか。


「…まあ一目で召し女には見えませんね。」


「合格ってことかしら?」


「そうですね。行きましょう。」


床にくたばる角無しを踏まないように入り口まで行き、私たちは外に出る。

療養院は郊外にあり、近くには放棄された畑と物資を旧都ノマに搬入する馬車道しかない。

鬱屈した空気から一転して背の低い草をかすめる夜の風。暗い空には満天の星。


「なんかこの瞬間私好きです。」

「療養院から出て視界がパアってひらける感じ。」


「お姉さんも好きよ~。」

「空気がおいしいわね。」


「…ここで死にたいですか?」


「良いわね。それも。」


前に散歩していた時も、綺麗な風景を見つけるとシスタにこの問いをしていた。


「でももっといい場所が見つかるわよ。」


「北西側の森、安全らしいです。今日はそこ攻めましょう。」


──悪魔は臓器を魔法で動かす。


「北西側の森…ねえ。そこにはきれいな沼があるって聞くわよ。」


「…沼ってきれいなんですか?」


──角無しは魔法を使うことが出来ない。


「今日みたいに風の凪ぐ日は景色とか映るんじゃないかしら。」


「ああ確かに。じゃあそこ目指しますか。」


──角を失ってからはもって半年。早くて二か月。


「…しりとりとかしましょうか。」


「もう歩くの飽きたんです?」


──シスタは少し前から肌色が悪い。


「何か雑談しましょうよ。雑談。」


「世間話はできないわよ~。」


──もしもシスタが私といる時に倒れたら。


「…死ぬのもアリか。」


「あらまあ、ずいぶん重い雑談ね~。」


「あっごめんなさい。考えてた事が口に…。」


「まあ明るい事なんて考えられないわよね。」

「私も同じ。」


「…やっぱしりとりします?」


「うさぎ。」


「…。」

「…ギロチン?」

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角無しと角無し 雪鶴 @Yukituru3

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