蒼い空の夢
ペアーズナックル(縫人)
巨神は人間に戻った・・・
僕は照り付ける夏日の下で目をむずむずさせてゆっくりと目を開けた。白浜にさざめく波の音を遠くに聞いてしばらくぼんやりしていると、すぐ上から僕を呼ぶ声がした。
「ソウくん」
眼前に広がる青い空を遮ったのは、僕の姉さんだった。僕は姉さんの膝の上でいつしか眠っていたようだった。とても久しぶりに感じるたった一人の肉親の優しい香りと、遠くから聞こえる波の音が心地よく、また僕は眠りにつこうとした。
「ソウくん。寝ちゃダメ。起きて」
姉さんに優しく頭を叩かれて、僕はついに起きた。そこは見渡す限りの白い砂浜と、どこまでも続く蒼い空と、それに負けじと青く色づく海が水平線の向こうで交わっている。この空の色は自分にとってお気に入りの色だ。思えば自分の中の節目に当たる日の空は決まって蒼い色をしていた。姉さんと涙ながらに分かれた日、COLLARSへの入隊が決まった日。・・・マジェンタと初めて出会った日。
ん?マジェンタ?・・・
それをきっかけに、僕は今までの記憶を全部思い出した。そうだ、僕は・・・あの時、あの子の静止も振り切って、己の力への渇望を止めることが出来なかった人間の成れの果てである灰色の泥濘に自ら飛び込んで・・・「姉さんに一緒に謝ろう」と彼を道連れに、色素爆発を起こして・・・
「姉さん、・・・僕は・・・」
「・・・ソウくん、貴方は強い子よ。よく頑張ったね。」
姉さんはとても誇らしげな表情をして、僕の頭を優しくなでた。記憶が正しければ、姉さんはとうの昔に殺された。その姉さんと同じ場所にいるという事が、自分が今どういう状況になったのかを暗に教えてくれる。
「そうか、僕、やっぱり・・・」
「いいえ。ソウくんはまだ戻れる場所があるわ。」
「えっ?」
「ついてきて。」
姉に言われるがままについていくと、いつの間にか僕たちは海にせり出す崖の上にやってきていた。
「ここから飛び込めば、あなたは戻ることが出来る。」
「姉さん・・・」
「よく聞いて。波の音に交じって、あなたを呼びかける声が聞こえるはずよ。」
白い岩肌をさらけ出してそそり立つ断崖に、波がぶつかってはしぶきを上げて消えていく。その断末魔に交じって、僕の事を呼ぶ声がする。生まれながらに戦うことを定められた子の。共に戦う戦友でもあり、かつ兄妹でもある子の。・・・そして、あの人が己に渦巻く悪意で一度は殺めかけるも、わずかに残った理性で必死に救おうとした子の・・・
――蒼井さん・・・!!兄さん・・・!!
「・・・マジェンタ!!」
「行きなさいソウくん。向こうには貴方を待っている人がいる。さみしがらせちゃいけないわ。」
「・・・」
僕は飛び込むのを躊躇した。そうしなきゃならないとは分かっていた。だが・・・
「姉さん・・・僕・・・僕・・・マジェンタのもとに帰らなきゃいけない、けど、姉さんとも離れたくない・・・僕は・・・僕は・・・」
僕はいつの間にか、姉さんと別れた時の姿になってその体に抱き着いて、あの時と同じように大声で泣いた。そんな僕を、姉はやはりあの時みたく、やさしく抱きしめてくれた。
「ソウくん・・・本当に、本当にごめんね・・・貴方には辛い思いばっかりさせて・・・」
「違うんだ、僕が行ってしまったら、また姉さんを独りぼっちにさせるんじゃないか、そう思うと悲しくて・・・僕がこんなにさみしいなら、姉さんはもっとさみしがるだろうから・・・」
「ソウくん・・・」
「やはり、ここにいたか・・・二人とも。」
二人は声の方に振り返ると、そこには一人の男が、黄色いネクタイを締めたスーツ姿をして立っていた。その顔には、もはや力への欲望も、危険な色の眼もない。彼は二人に近づくと、そのまま深く頭を下げて二人に謝罪した。
「謝って済む問題ではないことは分かっているが、どうか俺に謝罪をさせてくれ。本当に、すまなかった・・・本当はここにいるべきではないのだが、”彼”が謝罪の機会ぐらいは与えてやるよ、とここへ連れてきてくれたんだ・・・」
”彼”、とは、やはり”彼”の事なのだろうか。一時は敵対したが結果的に僕らの味方をしてくれた、星々を飛び回る宇宙の正義の代行者の黒い影を頭によぎらせつつ、僕と姉さんは、彼の謝罪を受け入れた。彼は目に涙を貯めて、「有難う、有難う・・・」と感謝した。ややあって、僕はとうとう決心を固め、二人と最後の別れを交わした。
「じゃあ、僕、行くね。」
「ソウくん、・・・私たちの分まで、あの子を愛してあげてね。」
「うん、約束する!」
僕は、二人に笑顔で見守られながら海に向かって思い切り飛び込んだ。ごぼごぼと泡を立てて飛び込んだ僕は、段々と意識が薄れていく。いや、明瞭になっていく・・・
「う、うーん・・・」
「!!・・・兄さん!!良かった・・・一生、眠ったままかと思いました・・・!!
」
「マジェンタ・・・」
「おおっ、英雄のお目覚めか!全くお前ってやつはすごいことをするもんだぜ」
「クロハ・・・」
蒼い空の夢 ペアーズナックル(縫人) @pearsknuckle
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます