シニガミさんと私
江藤 樹里
第1話 シニガミさんと出会った私
どうせなら他の色の方が良かったんじゃないか、なんて呟きを頭のどこかでしたけれど、葉を落とした冬景色は空と大差ないし迫る地面を見ているのも味気ないし、まぁ良いんじゃないかなと思い直す。
さっきまで泣いていた天気は今ではぐずついた様子で、ころころと表情を変える小さな女の子を思わせた。でもこの子は最近、私と一緒で笑っていない。
乾燥した風が、紺のセーラーの丈の長いプリーツスカートと私の脚を、切り裂くような冷たさで下から撫でていく。午後の学校の屋上には私しかいない。授業中だから当然だ。
――どのくらいでこいつ、来なくなると思う?
聞こえよがしの言葉は今も私の耳にこびりついて何度も繰り返す。床に落ちた二本の三つ編みの次が私になる前にとハサミのきらめきに怯えて飛び出した私を
四階校舎の屋上は、ぐるりと高いフェンスで囲まれている。屋上花壇の隅に積んであったレンガブロックで、通用口の南京鍵を叩いて壊した。向こう側はフェンスがないだけで解放的だった。
とても静かだ。風が少し唸るけど、人の声は届かない。世界に誰もいないみたいだった。もう外で授業はないし、教室から屋上は見えない。高校受験を控えているのにと私を探す人はいないだろう。でも巡回中の先生が見つけてすっとんでくる可能性はあるから、やるなら早い方が良い。
私がこのまま旅立ったとしても、周囲は誰も嘆かないだろう。世間と言われるものの方が悲しんでくれるかもしれない。私の恨みつらみを込めたこれが多くの人の目に触れて、彼らに罰が当たれば良い。
世界に別れを告げようと足を踏み出したその時、至近距離であくびが聞こえた。私は思わず踏みとどまって振り返った。
フェンスの向こうに白シャツに紺のズボン姿の青年が立っていた。歳は新卒の先生と同じくらいに見える。でも見たことのない顔だから、先生ではないはずだ。
黒髪がぴょんぴょんと好き勝手な方向に跳ねている青年は、眠そうな目で私を見た。
「お前ェ、死ぬの?」
直球な質問を、彼は何でもないことみたいに口にする。私は予想外のことに唖然として答えられなかった。彼がフェンスの向こうから地面を見るように首を伸ばす。
「あー……飛び降り? この高さはやめた方が良いんじゃねェの。てか何で飛び降り? 他のじゃ駄目なわけ?」
ちら、と彼が私に視線を戻す。私が飛ぼうとする経緯より、飛び降りを選ぶ理由の方が気になる、そんな目だった。
「学校……だし……」
私が答えると彼はますます首を傾げる。
「学校だと飛び降りになんの? てか何で学校? 他のとこじゃ駄目なの?」
「勢いで来ちゃったし……」
私がもごもご口の中で答えると、なるほど、と彼は一応納得したようだった。
「衝動的なやつか。それなら準備が必要なのはできねェよな」
彼はまた首を伸ばした。屋上から地上までの距離を測っているように見えた。
「あー……やっぱこの高さだと確実じゃねェな。オレの経験上、これの倍くらいはあった方が良いと思うぜ。
下に植木や芝生があるとクッションになるからコンクリを選べよ。まぁ頭から落ちれば可能性は上がるけど、頭が潰れて誰か
意外に饒舌な彼に、私は目をぱちくりさせていた。答えない私に彼が視線を向けて、ようやく私は疑問を口にできた。
「あ、あなた誰なんですか」
口にしてから文脈にそぐわなかったような気がしたけど、彼はぴょんぴょんと跳ねた髪の毛を面倒臭そうにガシガシと右手で掻いて律儀に答えた。
「オレは死神だ」
またも予想外で、私は目を白黒させた。
「死神ならアドバイスじゃなくて私の命を鎌とかで狩れば良いじゃないですか」
頭から信じるのも否定するのも
「無理。オレ、自殺専門の死神だし。死んでからじゃねェと魂には触れねェ規則だ。鎌も使わん。てか使ったこともねェ。そいつ園芸師か何かだったんじゃねェか」
何だそれ、と私は思う。口に出ていたかもしれない。でも彼は特に表情を変えなかった。
「そのシニガミさんが何の用ですか」
「……自分で死のうとしてる奴がいたからちゃんと死ねるように声かけてんだろうが」
そんなことも
「お前ェが死んだら魂を回収してってやるから。でも死ねなかったらオレは手出しできねェ。
見ててやるから、と言わんばかりに彼は片手をひらひらさせて私に飛ぶように示す。だけど私は彼の言葉に勢いをそがれていた。
「……やめとく。あなたが挙げる悪条件ばかり重なってるから」
高さも足りないし下は芝生と植木まである。遺書はお守りみたいにスカートのポケットに入れて持ち歩いているけど、ビニール袋には入れていない。彼が言うことは
「……ま、良いんじゃねェの」
彼は癖なのかまたガシガシと頭を掻いて大きなあくびをした。涙さえ浮かべた目で、私をじっと見る。よく見ればモデルかと思うくらい整った顔立ちをしている彼だけど、好き放題に跳ねる髪の毛と眠そうな目が魅力を半減させているような気がした。でもそんなこと、彼自身はまるで気にしていなさそうだ。
私がそんなことを考えているとは知らない彼は口をへの字に結んで何か考えた後、よし、と声をあげる。
「オレ、お前ェに
宣言された私は、はぁ、と間の抜けた声を返すことしかできなかった。
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