第三話 光砂の心の内は
英莉香も光砂も昨日に引き続き今日も受験だったので、光輝はまだ自分の合否については英莉香には伝えていなかった。
一方母親は光輝の合格を知るとものすごく喜んだ。光輝はいくらなんでもはしゃぎ過ぎだと言ったが、母親は止まらなかった。
「落ち着けよ。それより光砂だろ?」
「そうよ」
母親は急に真顔になって言った。もう紹蓮女子の合格発表はネットでも掲示されている。けど、光砂自身が確認すると言っていたので母親もまだ結果は知らなかった。
「正直、公立の中学からじゃ難しいのよ。本当なら中学受験をさせておけばよかったわ……」
小学校時代、光砂は元々中学受験のつもりで塾に通っていたが、六年生になったとき、急に受験をやめると言い出して騒動になった。
彼女に何があったのか光輝自身にもわからなかったし、勉強が嫌になったのだろうかと思っていた。
しかしながら中学に入学してからもずば抜けて成績は良かったし、常にトップクラスの成績を保っていたあたり、そうでもなさそうだった。
そして、夕方前に光砂が帰ってきたようだった。少しして母親の声が聞こえたので下におりると母親が光砂に抱きついていた。
「ま、まさか、う――受かったのか?」
「なんとかね」
光砂は澄ました顔で言った。
「す――すげえ――」
「早速明日あさイチで手続きしてくるからね!」
「えっと――それはちょっと待って」
「えっ?」
光輝と母親は同時に言った。
「一応、今週末までだから……ちょっと考えたいの」
「おまっ――紹蓮女子だぞ?! 考えるもクソもねえじゃねえか」
母親が何か言う前に光輝が思わず言った。
「光砂――紹蓮女子が第一志望だったんでしょう?」
光砂はあいまいな表情をして、
「うん、まあ」
「紹蓮女子よ? これ以上にないくらい最高の学校じゃない」
「とにかく――お願い。明後日までには決めるから」
光砂はそう言って二階に上がって行ったが、光輝もすぐに後を着いていった。
「なあ、お前、嬉しくないのか?」
「は? なんで?」
「いや、なんかあまりそういう風に見えないからさ」
「そんなことないわよ。なんていうか、実感がわかないだけ――そういえばアンタはどうだったの?」
「ああ――うん。受かったよ、なんとか」
「本当? 良かったじゃない」
光砂は晴れたような表情で言った。
「それより、本当になんで……紹蓮女子に受かったのに」
「それは私の問題」
「だって――」
「着替えるから出てってくれる?」
光輝は光砂の部屋を追い出されてしまった。一体何が彼女をためらわせているのだろうと思った。
◇ ◇ ◇
翌日、光輝は学校に行った。今日も受験した高校の合格発表日だったが、初日の高校が受かったことでだいぶ気持ちが楽になっていた。
「お、光輝。最初のところは受かったか」
教室に入ると純がやってきた。
「ああ、なんとかな。これで受験生活から解放されたよ」
「俺は都立が第一志望だからもう少し先になるわ。併願は一つ受かったからいいんだけどさ。そういえば、青天目さんはどうだったんだ? 紹蓮女子の結果出ているんだろ?」
「ああ……受かったみたいだ」
「マジか! すげえ……」
「ただ本人がまだ決めかねているっていうか」
光輝は光砂が紹蓮女子に即決していないこともあり、あいまいに答えた。律儀に今日も試験を受けに行っているあたり、併願校も考えているのだろうかと思った。
(それにしても……)
今日も英莉香は受験に行っていた。彼女のいない日は静かだなと思った。他にも今日受験に行っている生徒がいるので生徒の人数自体が少なめだった。
(ターニャは昨日が本命か……今日結果が出るって言っていたけど)
◇ ◇ ◇
放課後になり光輝は家に帰ると併願した学校の合格発表を見た――結果は合格だった。
(……本当に、俺はやれたんだな)
嬉しさよりもしみじみとした気持ちになっていた。
まともに学校に行かなくなり、勉強とは縁の遠い中学生活――三年生から再び学校に通い始めてここまで挽回することができたのだ。
母親は結果を知ると昨日と同じように歓喜していたが、やはり光砂のことが気になっているようだった。
光輝は部屋に戻りどうしようか、と考えた。もう受験勉強をやる必要はなくなったし、予定もない。
「よっしゃ、ようやく解禁するか」
光輝はキューケースを取り出すと、意気揚々と家を出た。
すると、駅に向かう途中で受験から帰ってきた光砂と英莉香に出会った。
「光輝!」
英莉香は光輝を見つけると駆け寄ってきた。
「聞いたぞ、受かったんだってな!」
「ああ――」
思わず久しぶり、と言いそうになった。ほんの数日ぶりなのに、英莉香の笑顔が見られたことが嬉しかった。
「
「ちょっ――」
いきなり英莉香が勢いよく抱き着いたので光輝は思わずバランスを崩しそうになった。
「光輝、私も受かったんだぞ? 第一志望校に!」
「本当か? 良かったじゃないか」
「ああ。ただ初日に受けた学校は見事に落ちてしまったんだけどな」
英莉香はアハハ、と少し恥ずかしそうに言った。
「けど、良かった。英語が心配だったけど、理科と数学で何とかカバーできたみたいだ」
すると英莉香は光輝のキューケースに気付き、
「これから行くのか? 私も行きたい」
「ああ、もちろん。なら先に打ってるからさ」
光輝は英莉香と一旦別れ、ビリヤードの店に向かった。
(そうか――ターニャも受かったのか)
本当に晴れ晴れとした気分だった。最高だ――
そして英莉香は超特急で来たのか、光輝が打つ準備をしている間にやってきた。
「制服のままかよ」
「着替える時間がもったいなくて」
二人は軽くウォーミングアップをしながら、受験した学校について色々話した。
「そうか。光輝の高校とは路線が別になってしまうのか」
「そうだな」
「光砂とは途中まで一緒に行けるんだけどな……」
「……そういえば、お前あいつから何か聞いてないか? あいつ、紹蓮女子に受かったのに、まだ入学手続きは待ってくれって言っているんだ」
「えっ?」
英莉香の反応は全くの初耳という感じだった。
「受かった、って聞いたけど……第一志望校じゃないか」
「ああ。けど少し考えたいって」
「なんで?」
「わからないからお前に訊いてみたんだが、どうやらそのことすら知らないようだな」
「当たり前だ。私はお互い第一志望の学校に受かったからって喜んでいたのに……」
結局のところ英莉香も光砂のことは知らなかったようだった。
「……まあいいや。それよか、始めようぜ」
光輝は英莉香を促した。
◇ ◇ ◇
店を出るともう暗くなっていた。
「受験も終わったからこれで存分に光輝とビリヤードが打てるな」
英莉香はにっこり微笑んで言った。
「そうだな……」
その「存分に」というのは、春休みの間までだろうということは光輝にはわかっていた。
家の前で英莉香と別れたが、光輝はしばらくその場に佇んでいた。
受験が終わってしまい、卒業まであと一ヶ月――一年生の時の学園祭の準備でもめて不登校になり、そして去年から再び学校へ通い始めた。色んな事があった。
光輝は今初めて、中学校生活が終わってしまうことを心から寂しく感じた。
◇ ◇ ◇
「紹蓮女子に行く」
夕食の時、突然光砂が箸を置いて言った。
「明日、手続きをしてきて」
母親は驚いていたが、
「いいのね? 紹蓮女子に決めてくれたのね?」
「うん」
「……」
母親は心から安堵した表情をした。
光砂にはさきほど速達で英莉香と一緒に受験した併願校の合格通知書が届いていた。しかも、合格通知書だけでなく特待生待遇の通知も一緒に入っていたのだ。
その後も口数も少ないまま光砂は夕食を終えると、さっさと自分の部屋に戻っていってしまった。
結局光砂の考えていたことは何もわからなかったが、紹蓮女子に進学することは大いに親を安心させたことだろうと光輝は思った。
受験を終えた生徒が増えてきて、残り少ない学校生活を惜しみ始めた。普段なら面倒だと感じていた卒業式の練習も、あともう少しで本番を迎えるんだなあと何となく感慨深く感じてしまう。
また、光砂が紹蓮女子に合格したことは瞬く間に知れ渡り、一部の生徒は彼女に対する畏敬の念すら抱いていた。
案の定、光砂のことを訊かれることが多くなったが、過去とは違ってもう煩わしく感じることはなくなっていた。
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