第六話 最低な一言

「光輝、帰ろう」


 帰りのチャイムが鳴り、英莉香がやってきた。光砂はまだ用事があるらしかったので今日は二人で帰ることになった。


(……)


 光輝は黙ったまま立ち上がってカバンを持った。ふと、英莉香の席の方を見ると、自分たちを見ている女子がいた。そして光輝の視線に気付くとすぐに視線を逸らす――


「提案しておいて何だが、ダーツって実はあまりやったことはないんだ。光輝はある?」

「……」

「……光輝?」


 光輝は途中で立ち止まった。


「光輝、どうしたんだ?」

「何故……なんだ?」

「えっ?」

「どうしてお前は俺に構うんだ?」

「どういう……意味だ?」

「俺に構ったところで何の得にもならないだろ。一年以上も学校に来なかった問題児を連れてきて。お前が変な目で見られているのは明らかじゃないか」

「どうしたんだよ、急に……」

「城ヶ崎と同じように思っている奴はまだたくさんいる」

「なんでそんな話を――」

「ターニャ、お前だって気付いてるだろ? お前の友達はどうして俺なんかと一緒にいるんだ、っていう目で見てる。俺がいなければお前と一緒に帰ったりできるのに」

「そんなこと、ない――前からいつも一緒に行っていたじゃないか」

「それは俺がクソになる前の話だ。俺、ちょっと思い上がっていた。このままなら何となく上手くいって、過去のことも何となくうやむやになるって――けど、そうにはならない。今日、改めて実感したよ。学園祭ってだけで俺は……多分震えてる」


 光輝は俯きながら歯を食いしばった。


「都合の悪い部分をあえて見ないようにしてた――けど、これが現実なんだ」

「そんなことない!」


 英莉香は思わず声を上げた。


「修学旅行のときだって、みんなと上手くいっていたじゃないか。あの時のことは確かにまだ引きずっている人もいる。けど――」

「俺が耐えられないんだよ」

「え?」

「お前と一緒にいるとどうしても周りの視線が気になる――お前と一緒にいたいやつがいるのに、俺が一緒にいることで邪魔しているんじゃないかって」

「そんなこと――」

「いい加減、おせっかいなんだ。お前の行動が。これも全部、お前の自己満足じゃねえか」


 この瞬間の英莉香の表情は、光輝にとって忘れられないものになった。


「や、やめてくれよ……そういうの……どうしてそんなこと言うんだよ」


 みるみるうちに英莉香の琥珀色の瞳に涙が浮かんできていたのを見て、光輝は少し心が痛んだ。


「もう、俺に対するおせっかいはやめてくれ」


 そう言って光輝は英莉香を残して去っていった。



 ◇ ◇ ◇



(…………)


 光輝は家に帰ってからずっとベッドに横になっていた――ターニャの涙を見たのはどのくらいぶりだろう。

 英莉香のことを傷付けてしまった罪悪感と、自分の犯した過去の過ちが自分の頭の中でぐるぐると駆け巡っていた。


(……まさにクソだ。今の俺こそクソのクソに違いない)


 光輝が自虐的に笑みを浮かべていると、どうやら光砂が帰ってきたようだった。

 するとそう間もないうちにバン、と乱暴にドアが開いた。思わず光輝は起き上がった。光砂が近付いてきたかと思うと、思い切り光輝の頬を引っ叩いた。


「何すんだよ!!」


 光輝は痛みの衝撃と驚きで起き上がろうとしたが――


「アンタこそ、ターニャに何を言ったのよ?!」


 光砂はものすごい剣幕でベッドに乗っかって光輝の胸ぐらをつかんだ。


「何を言ったの?!」

「…………」


 光輝は気まずそうに視線を下にそらした。


「あの子が泣くことなんてないのに……お前が泣かしたのか?!」

「俺はあいつのために言っただけだ」

「ターニャのことを傷付けるなんて、絶対に許さない!」


 光砂は光輝を壁に押し付けながら叫んだ。


「俺にだって言い分はある!!」

「言い分があるからってあの子を傷付けていいってわけ?!」

「そんなことは言ってない!」

「言ってる! あの子が――あの子があんな風に……言うなんて……」


 光砂は顔を歪め、その瞳に涙を浮かべた。


「ターニャ……。私はアンタがターニャに謝るまで絶対に許さない!」

「俺の気持ちはどうなる!」

「……アンタのことなんかもうどうでもいい。少しでもマシになったかと思ってたのに。やっぱり何も変わっちゃいないのね」

「ああそうだよ、俺はクソだ。そんなこと、とっくの昔からわかってたろ。クソは何やったってクソなんだ。成績優秀で人気者の光砂様にはわからないだろうな」

「ホント、クソみたいな兄貴だわ」

「どうもありがとう。やっと本音が出たな」

「一生、そんな風にひねくれていればいいわ」

「エリート様に底辺の俺のことなんかわからないよ」

「馬鹿みたい。なんでもそうやってすぐに自虐的になればいいと思ってる」

「事実だからな。お前だって出来の悪いクソの兄貴が同じ学校にいるって居心地が悪いと思っているんだろ? だがせいぜいあともう少しの辛抱だ。我慢してくれよな」


 すると再び光砂は光輝を引っ叩いた。


「……本当、何もわかってないのね」


 光砂は声を震わせながらそう言うと部屋を出ていった。


「クソが!」


 光輝はドアを荒々しくバタン! と閉めた。


(クソッたれ――本当にクソだ!!)


 全てに対して怒りをぶつけたい気分だった。どうして自分だけがこんな風に理不尽な思いをしなきゃいけないんだ――


(……)


 しかしその怒りもやがて罪悪感に変わった。特にあの瞬間の英莉香の表情を思い出すと、光輝の心がズキズキと痛んだ。

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