第五話 火種

 週明けの月曜日、英莉香は光輝を怒らせてしまったかもしれないと少し悩んでいたが、一応「おはよう」と返してくれたことに安心した。

 けれども光輝と恵の溝の深さは未だ大きく、とても仲直りという雰囲気ではなかった。

 そして、いよいよ学園祭についての話がホームルームで上がってきた。学園祭の実行委員である恵が教壇に立って取り仕切っていた。

 クラスの出し物を何にするかのアンケートを取ることになったが、光輝にとってはあの頃の記憶がまた蘇ってくる気持ちだった。


「……」


 表では恵に反発しているものの、いざあの頃を思い出すと古傷のように胸にはっきりと痛みが走る。そして何ともいえない恐怖――クラスのみんなから受けた、自分を責めるような言葉と視線。あの時の感覚だけは今でもなお色濃く記憶に残っていた。

 そんなことを考えているといつの間にかクラスの出し物が決まったようだった。


(……ダーツ?)


 どうやら提案者は英莉香だったようで、製作の手軽さと誰でもできるという点から採用されたようだった。どのような方式で行うか、材料はどれが必要かなど色々話し合われていた。

 ただ、出し物が何になるかに関わらず光輝にとって学園祭は学園祭であり、それは恐らく恵も一緒だろうと思った。

 その日以降ロングホームルームの時間は学園祭の出し物の準備期間となり、必要な物の道具作りなどが始まった。そのためには段ボールなどの資材が必要なので、光輝を含む男子たちの一部は周辺のスーパーやコンビニエンスストアから段ボールなどを譲ってもらう調達班となった。

 学校から一時外出できるという男子たちにとってはいい役回りでもあったが、次第に光輝は違和感を覚え始めた。

 材料などが揃い始めて製作も始まったが、それでもなかなか製作班に加わることがなかったのだ。

 ああ、なるほど――光輝はようやく気付いた。指示を出しているのは主に恵などの実行委員のグループである。恵が意図的に光輝を製作班から遠ざけるようにしているのは明らかだった。


「そういうことか」

「え?」


 光輝がつぶやくと伸一が聞き返した。


「俺にはまわさない、ってことだろ」

「何をだ?」

「製作班に」

「……考えすぎじゃないか?」

「けど、おかしな話じゃないか。投げるダーツの矢とか得点表とか、ちょっと工夫がいるものだってまだたくさんある。それなのにこんな手持無沙汰の俺らがいる状態って」

「うーん、じゃあ、城ヶ崎に訊いてみようか」


 伸一はそう言うと、恵に提案した。


「人手は足りているわ」


 恵はそう言ったが、かといって光輝たち調達班の役目はほとんど終わっているに等しかった。


「でも、まだやることはあるんだろ?」

「そうね……それでも調達班は何かあると必要だから」

「いい加減、本当のことを言ったらどうだ?」


 光輝はたまらず口を開いた。


「え?」

「要は、俺が邪魔だってことだろ」

「おい光輝――」

「……」


 恵は光輝を見ていたが、


「あなたに壊されたあの恐竜の頭の部分、作り直すのに時間がかかったわ。知ってた?」


 結局それか――やっぱりそのことなんだな。


「それと、みんなが一生懸命作った物を壊されるってどんな気持ちかわかってる? わかるわけないわよね」

「……」


 いつの間にかクラスの中は静まり返り始めた。みんなが光輝と恵を見ていた。

 すると、すぐに英莉香がやってきて、


「メグ、いいじゃないか。人手はあるに越したことはない――光輝たちは私たちの方を手伝ってくれないか?」

「だめよ、ターニャ。青天目だけは信用できない」

「……っ」


 この女――光輝は恵を睨んだが、踏みとどまった。ここでまた飛び出してしまっては過去の二の舞だ。けど、屈辱的だった。


「大丈夫だ。メグ、私たちのところはちょっと大変だから」


 それでも英莉香が言ったので、恵は「ターニャがそう言うんだったら勝手にしたら」と言って元の場所に戻った。


「……さあ、やろう。光輝」

「……」


 光輝は英莉香たちのところに行き作業を始めたが、周りの視線が痛かった。まるで、駄々をこねる子供がなだめられているかのような気分だった。

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