能力

ロイド

能力

 私は木枯らしを受けながら喫茶店へと向かっていた。

仕事が早く片付き、直帰の予定だった為、時間が出来たからだ。

その喫茶店は通常より1日早く漫画週刊誌が置かれるので良く利用していた。


 店員が注文を取りに来た時、私は思考が停止していた。

一瞬、何が起ったか理解出来なかったからだ。

店員の口元から何やら白い物が出て消えた様に見えたのだ。

 初冬とは言え、店内は寒くもないので吐く息という事もないだろうし、コーヒーの湯気と言う事もなさそうだ。

強いていうなら心霊写真とかで見るエクトプラズムとか言う物に近い感じであろうか?

週刊誌に集中していた為、見間違えたのだろうか?


 しかし、それが間違いである事は直ぐに分かった。

私がポカンとしていた為、店員がもう一度言葉を発した時それは現れた。

「わっ」私は驚いて思わず声を上げた。

あまりの事に店員が何を言ったのか聞き逃したが、その白い物を見て店員が何を言っていたかが分かった。

 店員の口元から漫画の吹き出しが現われ、その吹き出しの中に「ご注文は?」と記載されていたのだ。

私は何とか「ホットを」と答えるのがやっとだった。

 店員には声に驚いた小心者に映った事だろう。

クスリとしながら何やら吹き出しをいくつか出しながら去って行った。


 店内を良く見渡すと、会話をしている客に全てに吹き出しが現われていた。

吹き出しの中には、仕事の事やら、日常の事などが文章で記載されていた。

つまり、店員がおかしい訳では無く、自分がおかしいと言う事になるのだろう。

 古本屋で子供を前に大量の全巻大人買いをした罰だろうか?

私は気分が悪くなってきたので、漫画を諦め早々に帰宅する事にした。


 外に出ると年末の為か、工事を行っていたのだが、その騒音もおかしな事になっていた。

「ギガガガガーッ」と擬音が描き文字で現れていたのだ。

道路を行きかう車はその度に、「ビューン」の文字を現わしていた。

 公園近くを通った時である。

人々の吹き出しに違和感を覚える物があった。

そもそも吹き出し自体が違和感なのだが、その中に時々色が付いている物があった。


 赤ちゃんを抱く母親の「よしよし」の吹き出しは柔らかな乳白色。

ベンチで愛をささやくカップルの吹き出しはピンク。

怒鳴り散らしてる男の吹き出しは赤色。

仕事に失敗したのだろうか?落ち込んでる風のサラリーマンの「あ~あ」は青色等、

どうも吹き出しにその感情が色で表現されている様に感じたのだ。

もちろん吹き出しの形も感情に併せて、丸型だったり、角型だったり、トゲトゲだったり色々だ。


 私は電車に乗れば会話も無くなるので、幾分かこの現象が軽減されるのではと思ったが、それが浅はかな考えである事を思い知った。

漫画では考えている事も、想像している事も丸型の吹き吹き出しで表現されるのだ。

擬音でよく言われる「ポワポワポワ~ッ」と言う奴だ。

 真面目そうな眼鏡をかけたサラリーマンからは丸型の想像の吹き出しが現われており、ショッキングピンクの吹き出しの中には「おっぱい」の文字が溢れんばかり記載されていた。

同様に女子高生を熱く見つめる男子高校生の想像の吹き出しも赤色の中に「好きっ!」の文字が溢れていた。


 そうこうしているうちに、私も少しこの状況に慣れて来ていた。

同時にこの能力は上手く使えば金儲けに役立つのではないかと考えていた。

 取引では相手の考えてる事が分かる訳だから優位に事を進める事が出来るし、ギャンブル等でも役立ちそうだ。

双眼鏡等使えば遠くから何を喋っているか分かるから、記者に情報も売れそうだし、産業スパイだって出来るかも知れない。

極論、勇気があれば弱みにを握って脅迫するなんて事も出来るだろう。


 しかし、この現象が事実かどうかは定かではない。

全ては自分の妄想かもしれないのだ。


 そんな事を考えていると歳の離れたカップルが乗車してきた。

年上の男性は楽し気に、乳白色の吹き出しに会話の内容が現われていたのだが、女性は表情こそ楽し気だが相槌を打つその吹き出しの色は水色だった。

男性が喋る度に、女性の表情は楽し気なままで、吹き出しの水色が段々濃くなっていった。

と、同時に女性に想像の吹き出しが現われて、グレーの吹き出しの中に「いつまでくだらない事喋っていやがるんだジジイ」と記載されていた。

時間が経つにつれその言葉は酷くなり、ついには吹き出しの色がグレーから黒の想像の吹き出しに変わった。

 そこにはかなり危険な内容が記載されていた。

「保険金はこれ以上かけると怪しまれるよね?睡眠薬ってすぐ検出されるのかしら?」

「水難事故とかが無難なのかしら?簡単な事故の偽装ってどうやるんだろう?」

「以前、心臓発作を偽装した事件あったわよね?」


 そんな内容を読んでいたら私は気分が悪くなってきた。

お腹の調子も悪くなり、つい「ブリリッ、ブビィ、ブビビビィー」とオナラをしてしまった。

 その瞬間、電車内に大量の黄色の想像の吹き出しが現れその中に「屁しやがった!」「クセッ!」「クソオヤジっ!」の文字等が大量に記載されていた。

どうやら、この能力は本物らしい事が分かった。

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能力 ロイド @takayo4

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