第25話
トラヴィスの書いた物語は、そこで終わっていた。
本の最後のページは右端の二行だけが使われている。この本はページあたり最大十六行書くことが可能なため、最後のページには十四行分の空白が残されていた。
決戦を明日に控えた前日の夜、寝泊りをしている宿の一室で、〝俺〟はその余白部分を眺めながら考えていた。机の上に置いた蝋燭の火が、ぼんやりと白いページを照らしている。
俺は復讐を捨てた。命を呈して俺を守ってくれた両親の願望だったから、俺はずっと願いを叶えてやろうと思っていたし、俺自身もまた同じ願いを抱いていると思っていた。国王を殺して、復讐を成就させる。それができるなら、たとえ身が滅んでも構わない。死を受け入れるだけの覚悟がある。
ともすれば、俺は少し臆病になったのだろう。メルトが憎悪に歪んだ時、まるで自分自身の姿を見せられているようだった。
怒り狂って我を失う彼女を見て、すぐに理解した。このような状態では、目的を果たす前に滅ぼされてしまうことを。
俺はメルトを失う未来を垣間見た。本の内容に逆らえず、俺と一緒に兵士の凶刃に倒れる姿を予見した。
復讐は、心を弱くする。心が弱ければ、国王に勝つことはできない。
何をすれば強くなれるかは知らなかった。ただ、メルトが両親と同じように無惨な死を遂げるのは嫌だった。俺の復讐に巻きこんでしまった彼女には、復讐が終わった後は幸せに生きて欲しかった。
そして俺にも、この先がある。
復讐を果たさずに死ぬのではない。
復讐を果たしたら死ぬわけでもない。
俺には、輝きを阻む障害を粉砕して、掴みたいと願う光がある。そこへ至るためにも、本の予言になど屈するわけにはいかない。
あらゆる小細工を講じても、本の展開を変えることはできなかった。書かれていることは必ず現実の事象となる。物語は初めに書ききった時に確定するらしい。故に、いかなる妨害も受けつけなかったというわけだ。
確定した物語は変えられない。
けれども、それで本の力が失われるわけではない。
――それなら。
俺はペンを手に取り、先端にインクを付着させる。
くだらないうえに乾坤一擲の確証がない方法ではあるが、これまでで最も信憑性の高い対抗策のように思った。
俺は最後のページにある、最後の一文をまた眺める。
〝主人公とヒロインの国王討伐は叶わず、二人の旅はそこが終点となった〟。
この物語は、これで終わっている。
だが、俺の物語はまだ終わりじゃない。
一つの物語が終わったというのなら、次の物語に繋げればいいだけのことだ。運命がそれを拒絶しようとも、俺が力尽きるのを望んでいようとも、俺は俺の願望のために先に進む。
それがどれだけ強大な力であろうとも、否定されたから諦めるなど、あまりに馬鹿馬鹿しいことだ。そんなもの、折れるために与えられた都合の良い言い訳でしかない。
どこまでが現在で、どこまでが未来なのか。確定している世界が現在で、未確定の世界を未来とするのなら、本に決められている未来は現実と同一だ。それはもう、未来ではない。
ならば、ここからが未来だ。
この先の物語は、他の誰かじゃない、俺自身で紡ぐ。
ここからが、本当の俺の物語だ。
俺は〝現在〟の次行にペンを走らせ始める。
出来上がった〝未来〟の最初の一文は、次のような文章となった。
〝――だが、それは誤りだった。〟
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