第33話
「止まった……? アレス、君って――」
「――待て。まだ早い」
振り返って喜びに染まろうとしたシルヴァを冷静な声で制した。
まだ、脚を壊しただけだ。それだけで機能を停止してくれるはずがない。
一時的な静寂。緊張に周囲を警戒する俺に倣い、シルヴァも周りを見回した。
頭上の物体に動きはなかったが、こちらに近寄ってくる少女が見えた。アンカーを敵の巨体に刺して、漆黒のドレスにふわりと風を纏わせながら近づいて、少女は俺のそばに着地した。
「敵の銃口が引っ込みました。ミサイル発射の前準備かと思われます。どうされますか、アレスさん」
相変わらずの無表情だったが、声には若干の緊迫感が混じっているように聞こえた。
ヘカテの報告を裏付けるように、頭上からアーク・ソロモンのハッチが開く音が聞こえ始めた。
「ミサイルって、今さら何するつもり?」
「可能なだけ、真実を知る者達を排除したいのでしょう。照準性能と射程は、今朝の高速道路上で見た通りです」
「ちょ……っ、それって退避してる味方が全滅するかもってこと!? ヤバすぎじゃないっ! どうしてそんな冷静でいられるのよっ!」
焦燥に駆られるシルヴァに応対するヘカテが、無表情を崩さず俺を見た。
「アレスさんがいますから。あなたなら、何とかしてくれますよね?」
彼女の言葉に込められた信頼に、胸の奥が滾っていくのを感じた。
ヘカテは信じてくれている。誰もが無理だと諦めてしまいそうなことを成せると。巨大兵器のミサイル攻撃を、生身の人間が止められると。俺ならばそれができると、俺の可能性に賭けてくれている。
「シルヴァ、お前は無理だって思うか? 俺が、こいつを止めるってのが」
「それは……無理だよ。常識で考えれば誰だってそう答えるよ」
ほんの少しだけ悩んで、シルヴァは否定の回答を返した。
「――だけど、私もアレスを信じるって決めたから」
そして、直前の自分の意見も否定した。
心が熱い感情を覚えて燃え上がっていた。
誰かに信じてもらえる。誰かの助けになれる。俺にとって、それは何よりの起爆剤だ。期待されればされるほど、その期待に答えてみせたくなる。
だから、俺は答えに至った。
腰に差していた短刀の青色の鞘を手にとって、鬼神を納めた。
「ヘカテ、アンカーを貸してくれるか? シルヴァはハルベルトを構えてくれ」
「わかりました」
「いいけど、どうするつもりなの?」
「決まってるだろ。お前達の信じた結末を見せてやるのさッ!」
手渡されたアンカーを、アーク・ソロモンの胴体のふちに飛ばした。射出されたアンカーは一直線に狙った場所に伸びて、固定された。
左手にアンカーを持ったまま、右手に持つ短刀を納めた鞘の底を、シルヴァのほうへ差し出した。
「俺が合図したら、鞘の底を思いっきりフレア・バレットで叩け。いいな?」
「え……まさか、爆発の衝撃を利用して……」
当惑するシルヴァ。
細かく説明している暇はない。
頭上から聞こえていた音が止まり、発射は秒読み状態に移行した。
「今だッ! 遠慮なくやれェッッ!!!!」
「あーもうっ! どうなっても知らないからねっ!!」
やけくそ気味に両手で持ったフレア・ハルベルトを引いて、指示に従って短刀の鞘にフレア・バレットの尖った先端を叩きつけた。
右腕の筋力を張って、与えられた衝撃を片手で受け止める。
一秒が経過して、受けたフレア・バレットが爆散した。
標的にされた青色の鞘は粉々に砕け取り、納められていた刀身の銀色が拡散する。
同時に、爆風の衝撃によって俺の身体は吹き飛んだ。
時速に換算して何キロなのか。そんなことすら考えられない刹那の時間。伸ばしたアンカーに繋がれた俺の身体は、宙に浮いて虚空を駆け上がっていく。
頂点に達する前にアンカーを離した。慣性によって身体はアーク・ソロモンの上空に放り投げられる。
〝悪魔〟の背中にある全開になったハッチが、視界の端に映った。
「立場が変わったな。今度は、お前が見上げる番だぜ」
抜き身の短刀の峰を口に咥えて、両手で胸元のホルダーから三本ずつ、計六本のフレア・ダガーを抜き取った。
見上げる夜空が、これまでの人生で一番近くに見えた。満天の星空ではなかったが、気分はこのうえなく心地良かった。
仰向けになっていた身体を反転させて、眼下にそびえる悪魔の名を冠する兵器と対峙する。
身体の上昇が止まった瞬間、ハッチの奥に装填されたミサイルが点火した。
――|魂の同期(トランス)ッ!!
俺は〝当てる未来〟を視て、その未来を引き寄せるだけの能力を会得して、両手のフレア・ダガーを一息に投擲した。
短剣は夜気を裂き、六筋の光となって射出を控えたミサイルに突き刺さり、
ミサイルが発射口から飛び出す寸前、一斉に炸裂した。
六つの爆発は周りのミサイルを誘爆させた。その衝撃と黒煙が上空にいる俺にも届く。
咥えていた刀を右手に持ち直して、横に薙ぐ。
空気が割れた。音は掻き消え、煙が晴れて黒く焦げ付いた兵器の背中が露になった。
〝悪魔〟は、まだ死んでいなかった。
焼け付いた幾つもの発射口に、次弾が装填されていく光景を見た。
俺は手にした短刀を逆手に持ち替えて、兵器の〝頭〟を視界の中心に据えた。
そう。そこがアーク・ソロモンの制御を司る〝脳〟であるのだと、この手に握った刀が教えてくれた。
「ハアアアァァァァァァァァァァッッ!!!!」
獣のごとき雄叫びをあげて、
身体ごと振り下ろした短刀を、アーク・ソロモンの背中の一部分に突き立てた。
直後、足元にある兵器から伝わっていた振動は消え失せて、
自分が勝利したことを、確かに感じた。
機体を傾けたまま、アーク・ソロモンは完全に動作を停止した。
突き立てた刀を引き抜いて、背中の最も高い所に立った。
無数の銃創を負った演習場から、二人の少女が俺を見上げていた。片方は呆然と、片方は無表情で。
奥にある塹壕の陰には、援護射撃をしてくれていたらしい味方達の姿があった。誰もが信じられないといった愕然と、最大の敵を倒した歓喜を折衷した複雑な表情を浮かべていた。
さらに遠くに、戦いを見守ってくれていた大勢の味方が見えた。人混みの先頭で、満足そうな微笑みを浮かべたリリアが立っていた。
――――――――。
それは、突然にやってきた。
悪寒か、ただの気のせいか。
違う。これは本物だ。
とてつもなく危険な〝モノ〟が、味方に混ざってどこかから俺を見ている。
――どこだ。
視界の端から端まで眼球を巡らして、脳が警鐘を鳴らす対象を探す。
それは、見つけてはいけなかった。
見つければ、せっかく掴み取った勝利が無駄になってしまう。
未来の記憶を常に視せてくれていた鬼神が、これから起きようとしている出来事だけは、欠片すらも視せてくれなかった。
それは、つまり、
ここから先に、未来は続いていないということだった。
未来の終わりを避けるには、違和感の正体を探すべきではなかった。
強大な敵を倒した事実だけで満足して、早急にこの場所を去るべきだった。
だが、見つけてしまった。
建物と建物の間にある通路の一つ。暗闇の奥から、蠢く影が夜空の下に歩み出てきた。
腹部を片手で押さえて、片手を壁について、
瀕死の重傷を負ったその影の正体は――
――「まだ終わりではないぞ、好敵手」。
再び現れた赤髪の男と目が合った瞬間、リリアによって強制的に裏次元へ連れて行かれた時とまったく同じ感覚が脳内を駆け巡った。
自分の身体に何が起きたのか知覚する頃には、
俺の意識は、世界の裏側にある地平に立っていた。
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