第28話
疾走する視界。味方が銃撃で注意を引きつけている隙に、二足歩行の殺戮兵器に接近する。機械の背面に爪の形をした武装は見られない。昨日戦った試作型ではなく、旧型のアーク・ロードのようだ。
旧型に背後への攻撃手段はない。加速をさらに重ねて柄の底付近を両手で握る。
味方の銃撃が途切れると共に飛び上がった。機械は腰をまわして私に向き直ろうとするけれど――私のほうがずっと早い。
鉄製の膝裏を斧で裂いて、振り切った斧でそのまま足首も刈る。まるで死神の大鎌のようだが、ただの大鎌では人は倒せても機械を止めるには足りない
だから、そのためのフレア・ハルベルトだ。
手元で得物を反転させて、斧を地面に、尖った槌をアーク・ロードの股下から急所たる胴体に向ける。胴体下部への攻撃は利きやすいと、師匠にそう教えられた。
片方の脚を潰されて、アーク・ロードはバランスを崩した。巨大な図体が前のめりに倒れる。
得物が、敵の弱点を射程に捉えた。
一撃を振り上げる。
殺戮兵器は足元の私を除外しようと腕の機関銃を乱射するが、兵装が追加された試作型はともかく、旧型は真下の敵を迎撃する術を持っていない。旧型とは何度も戦ってきた。重ねた経験と分析したデータによって、弱点は看破している。
銃弾のカーテンの内側で、フレア・バレットを敵の身体に打ち込んだ。
得物を引き抜いた直後、機械の身体の内側で爆発が起こった。機関銃の乱射が止まり、残りの片脚も動力を失い、真上にあったアーク・ロードの機体が緩慢に倒れた。
「これで最後だといいけど。弾もあと一発しかないし」
予備は底を尽きていた。残るフレア・バレットは、装填してある一発だけだ。
敵を引きつけてくれていた味方が、私のほうに駆け寄ってきた。
不意に、合流しようとしていた味方がライフルを構えた。
不測の事態が起きると、人は混乱して足を止めてしまうものだ。
けれど私は違う。即時に状況を判断して、倒したばかりのアーク・ロードの残骸を盾に、味方と同じ方角を向いた。
寸秒の差で、無数の銃弾が眼前の虚空を駆け抜ける。
応戦も虚しく、合流しようとした味方は総じて凶弾に倒れた。
――マズいかも……。
敵の銃声は一旦中断されたが、足音は駆け足で近寄ってきていた。残骸に隠れるところは目撃されただろうから、見つからないことを祈るのは愚かだ。応戦しようにも私は近接専門で、一対一ならともかく、一対多で相手が遠距離武器では勝ち目は薄い。
それでも、僅かでも可能性があるならやるしかない。
敵と接触する間際、私は助かる方法を模索しようと、意識を内側に集中した。
自らの奥に秘められた未来に繋がる領域。未来を知る魂の記憶を、閲覧しようとする。
その時、敵の持つライフルとは違う音色の銃声が聞こえた。
肉薄していた足音がぴたりと止まる。
残骸の盾から顔を覗かせてみると、赤色の軍服が五人もいた。しかし一人は膝をついて重傷を負っている。残る四人は、全員が銃口を何もない夜空に向けていた。
理由は、すぐにわかった。
私と敵が立つ通路の上空、辺りを囲む高層建造物の合間を一匹の鴉が疾駆する。
鴉の羽音は銃声。アサルトライフルに比べてやや軽めの炸裂音が、夜気を裂いてこだまする。
建物から漏れる電灯で姿は視認できても、鴉の飛行速度は素早く、照準に捉えることができないようだった。手も足も出ないまま、一人、また一人と銃弾の雨に敵が倒れていく。
「ちくしょおおおおおおおッ!!!」
最後に残った一人が、闇雲に上空の闇に弾丸を散らした。銃弾がなくなるまで連射する勢いで、幾筋もの閃光が虚空を走る。
運否天賦の反撃が当たる確率は、ゼロだった。
漆黒の色をした鴉は、既に上空からは姿を消しており、
男の正面から、地面スレスレを飛行して急接近していた。
男が敵の位置を知覚する頃には、彼の肉体は死んでいた。
漆黒の飛行物体は黄金の長髪を揺らして、私の眼前に着地した。左手に持ったアンカーのワイヤーを回収して、右手のサブマシンガンを何気ない所作でリロードした。
「何をしていたのですかシルヴァ。私に遠慮せず、倒してしまっても良かったのですが」
「流れ弾が当たりそうで手なんか出せるわけないじゃないっ! 正直、かなり危なかった。|魂の同期(トランス)なしじゃ勝てなかっただろうし。近距離専門は戦う場所をもっと慎重に選ばなきゃ駄目ね。肝に銘じとく」
「シルヴァもアレスさんみたいに、遠距離と近距離のハイブリットを目指してはいかがですか? もしくは、私のようにアンカーで飛びまわりながらフレア・ハルベルトを振り回すとか」
「あんな鳥みたいに飛ぶのはヘカテ以外できないわよっ! |魂の同期(トランス)を使えば会得できるかもしれないけど、恐怖で寿命が縮みそう」
「やってみると案外楽しいのでオススメですよ」
「後ろ向きに検討しておくわ」
戦闘開始直後は絶えなかった銃声が、いまでは殆ど聞こえなくなっていた。おそらく、制圧が完了しつつあるのだろう。
しかし、ヘカテと暢気な会話をするには気が早い。緩みかけた気持ちを引き締め直して、作戦の仕上げに味方の支援に駆けつけようとした。
聴覚が捉えた不気味な不協和音に、地面を蹴ろうとした足を止めた。
音は夜空から拡散する。庁舎全体を包むように、風を切る音が幾重にもなって轟いていた。
頭上を仰ぐと、曇天の空を冗談みたいな大きさの影が覆い尽くしていた。頭上を通り抜けるまでの間、辺り一帯が夜よりも暗い闇に支配された。
「来ましたね。シルヴァは皆さんに、アレには決して手を出さないよう警告してください」
「えっ、ヘカテはどうするのよ?」
「私は、あの〝悪魔〟を倒せる方を連れてきます」
「倒せる人? ――って、ちょ、ちょっとヘカテ――っ!」
制止の声も虚しく、ヘカテは意味のわからない言葉と依頼を残して、アンカーを使って手近な建物の屋上に飛んでいった。
彼女の口ぶりは、これから起きる出来事への対処方法を知っているようだった。もしかすると、|魂の閲覧(リーディング)で視たのかもしれない。
だとすれば、私のやるべきことは決まっている。
「……しょうがないよね。それであの〝悪魔〟が倒せるなら……」
輸送用ヘリのローターの回転音が、敷地内の奥にある演習場の方角で留まっている。
敵の増援として現れた兵器は、ここにいる全戦力をもって挑むべき相手だ。しかしヘカテは手を出すなと言った。それは〝彼女〟を呼んでくるまで、下手に動いては無駄な犠牲が増えるという意味だろう。
――師匠なら、それでも師匠なら、きっとなんとかしてくれる。
私は自分の役目を果たすべく、長柄武器を携えて演習場へと走っていった。
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