第32話
大地と海から溢れた白光の吸収を終えても、長槍は変わらず蒼い光を放ち続けていた。世界は朱に染まる時間帯だが、シーブリッジから見える景色は一面の蒼だ。
スナイパーライフルの銃身をおろして、シュウは隣に立つハルカから離れた。
彼女の様子を黙って窺う。成した偉業への興奮が思考の大半を占めていたが、ハルカの次なる行動への興味も湧いていた。
シュウ以外の兵士からも注目を集めるハルカは、支えていた長槍の柄から両手を離した。
柄は支えを失ってもバランスを崩さず、まるで地面に突き立っているように直立を維持する。
眩い光を放つ長槍の穂先に、ハルカが右手をかざした。すると穂先は光を放ったまま、緩慢な動きでわずかに浮き上がった。
上昇したのは穂先だけだ。分離した柄は力なくコンクリートの地面に倒れる。
橋の反対から迫ってた戦闘AIの地上部隊が、ハルカを射程に捉えた。タイプⅠは束になって銃撃を、タイプⅣは強烈な音とともに砲撃を浴びせる。
敵の攻撃はアスタリア軍の最前に構えるハルカに到達できず、消滅した。
掌の先端に蒼い穂先を掲げるハルカが、嘲るような笑みを浮かべた。
「お前達には学習機能があるんだったな。なら覚えとけ。オレはプラネトリア。この惑星に害をもたらす存在全ての敵だ。この時代において、それはお前達を指す。秘匿してるつもりかもしれねぇが、オレにはわかるんだよ。お前達がこの惑星の支配を目論んでるってな」
蒼い光の塊が一層の輝きを放った。
なおも戦闘AIは攻撃を続行するが、ハルカには届かない。
「わかってねぇな。勝敗は既に決したんだよ。お前達も膨大な情報によって支配を画策する存在なら、オレの持つ武器が何か知ってんだろ。遥か昔、現代では神と崇められる者達と惑星の外から来訪した敵との戦争が繰り返されていた時代、神によって扱われ、伝説として今も語り継がれる道具――なかでも惑星で最初の戦争のために生み、当時の最高神に貸し与えたひとつが、お前達の眺めてる光景の正体だ。見紛うようならお前達の情報量など些末だな。知らぬというなら論外だ」
穂先だったものが、その形状を変化させる。
棒状となり両端に伸びるそれは、柄を組み合わせていた際と同等の長さとなった。
輝きが収まる。
夕焼けには戻らず、世界に長槍の放った蒼が張り付いている。
穂先は蒼一色で彩られた長槍に変化した。表面の色が鮮やかではあるが、その見た目はシンプルだ。
二本の鉄棒が螺旋を描いて先端に向かい、先端は長槍としての役割を果たすために細くなっている。
長槍は周囲の蒼に溶け込んでいた。
燦然とした光は放たなくなったが、依然として敵の攻撃はハルカまで通らない。
「神話の時代にプラネトリアが与えた武器には、始まりと終わりがある。それは現代で語られている通りだ。あるときは外敵との相打ちによって終わり、あるときは持ち主の天命とともに終わった。永遠を作ることもできたが、あえて生み出した武器に生命を与えた。限られた時間を定義することで力を凝縮して、絶大な力の発揮を実現したのさ」
アスタリア軍の生き残り達は固唾を呑んで見守る。
敵うはずがない戦闘AIが、ハルカには手も足も出せずにいる。その光景を現実のものとして認識できている者は、まだ誰一人としていなかった。
いくつかのタイプⅠが、内臓の弾丸が尽きて特攻をしかけた。
弾丸と砲弾を無効化する不可視の壁に衝突して、特攻したタイプⅠは無惨に爆散した。
「あんまりにも気分が良かったから、長々と喋りすぎたな。要はオレの手にある神話から蘇った武器にも始まりと終わりがあるってわけだ。その命はここで再び始まる。
これまではお前達が一方的に惑星の生命を蹂躙していただけだ。そんなもんは戦争じゃねぇ。だがな、ここでお前達は初めて敗北を経験する。ようやくそれで人類と対等だ。戦争として成立する。つまるところ、今日が本当の開戦日ってわけだ。戦いの開幕を告げるなら、“世界最初の戦争”の開幕を告げたこの槍――|開戦の長槍(グングニル)の他にねぇだろ?」
戦闘AIの攻撃が止んだ。
弾切れではなかった。機械はハルカに武器を向けたまま、一斉に後退を始めた。
「そうだ。それが恐怖だ。学習したな? だがもう手遅れだ。さっきもいったが、お前達の運命は決してる」
逃げ帰る戦闘AIの群れに向けて、ハルカは掲げていた掌を胸の前までおろした。
「――等しく、オレの前から消え去れ」
彼女の淡い色の短髪がふわっと浮き上がり、軍服の裾もわずかになびく。
直後、蒼い閃きがシーブリッジの中心に奔った。
ハルカの立つ位置から橋上を駆けて対岸へ。
閃光に追い抜かされた戦闘AIは、風に消えるように消滅した。あとには粉微塵も残らない。
音もなく奔った閃光が、人々に恐怖を植え付けた存在を悉く排除する。
それは、どれだけの時間だったか。
長槍が投擲されてからシーブリッジに詰め掛けた戦闘AIが全滅するまで、おそらく一秒すらかからなかった。
シュウの視線が開戦の長槍の行く先に追いつく頃には、対岸で蒼い光が半球状に拡散していた。ここから対岸まで十キロあるはずだが、その光は鮮明かつ巨大に見えた。
半球状の光が弱まっていく。世界に張り付いていた蒼色は、まるでその光の収束に吸収されるように薄れていった。
やがて完全に光が消えると、世界は本来の茜色を取り戻していた。
シーブリッジの下に広がる海も、背後にそびえるレングラードの山々も、アスタリア軍の戦闘機が舞う空も、半球状の光がなくなった対岸も、全てが燃えるように赤く染まっている。
誰もが唖然とした表情をさらすなか、ハルカはゆっくりと振り返った。
異物の消えた地平線まで続く大橋を背景に立ち、シュウの顔を見た。
彼女は足元に転がる穂先を失った柄を拾い上げ、その棒を肩に担いだ。
「お前達の勝利だ」
数秒の静寂のあと、茜色の空に兵士達の歓声が反響した。
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