第11話
防衛線にいる一人が銃口を向けてきたが、指揮官と思しき男の指示で下げられた。誰が接近しているか気づいたのだろう。乗っている人物を見てどんな反応をされるのかと思うと、シュウは憂鬱だった。
シュウの所属する部隊が駐留するリベックと隣の街を繋ぐ橋を渡ると、シフトレバーを“P”に入れた。
先頭に立っていた見張りの男が歩み寄ってくる。質問に答えるため、シュウは運転席のドアを開けた。
見張りは目に見える範囲に四人いた。先頭の男以外は佇立して、まるで死人でも見るような目でシュウを見ていた。
いや、彼らの視線はシュウに注がれているわけではなかった。シュウには一瞥をくれただけで、興味は軍用トラックから降りようとしない助手席の人物に向けられている。
「私は感激しております。貴公とは今生では再会できないと思っておりました。幸運にも敵と遭遇しなかったのですか?」
「レングラードに着くまではね。着いてからは襲われたよ。タイプⅣも二体も見た」
「冗談を。その話が真実であれば、シュウ=カジはここにはいないはずです。アレはそういう類の敵であると、私が存じていないとでも思いますか?」
「レオナルドのいいたいことはわかるよ。でも色々あってね。こんな濃密な一日は初めてだ。まだ夜にもなってないのに」
「陽が昇る前に飛び出して、西の空に陽が沈む頃、こうして戻ってきたわけですね。どんな日であれども、世界は平等に終わりを告げるようです」
レオナルドは柔和な表情を作って、対面するシュウに右手を差し出した。
「再会の握手をいたしましょう。たとえ生き残れても、ここへ戻ってくるには相応の勇気が必要だったはずです。貴公の勇気を友人として誇りに思いますよ、シュウ」
求められた握手を拒む理由はなかった。嘘をいわない真面目な友人の優しい言葉に、シュウは目頭が熱くなった。
「ありがとう、レオナルド。そんなふうにいってくれて僕も嬉しいよ。心配かけて悪かったね。それに脱走の件も……その頬の傷、軍曹にやられたんでしょ?」
レオナルドの左頬は、熱をもって赤く腫れていた。
指摘すると、彼は傷跡をそっと掌でさすった。
「気にする必要はありません。私は単身でも自分のやるべきことを遂行したシュウを尊敬しております。シュウの行動に私は勇気をもらいました。その対価と思えば、これでは安すぎるくらいですよ」
変わらずに称賛を続けていたレオナルドが、表情を一転させて少し眉を歪めた。
「しかし面倒は避けられませんよ。私や部下達は貴公が戻ってきたら本部に出頭するよう伝えろと命令を受けております。こればかりは誤魔化せません。シュウは私のように片方の頬では済まないでしょう」
「覚悟はできてるよ。ここに帰ってくると決めたときからね」
「立派ですね。ですが……おそらく本当の問題は脱走の件ではありません」
レオナルドの視線が横に逸れた。
それが気になるのは当然だろう。
「親族を弔うために故郷へ帰ったのだと察しておりましたが、まさか死者を蘇生するためだったとは思いませんでした」
平然としたレオナルドのコメントに、シュウのほうが驚いた。
「……え? 死んだはずの人間が動いてることをそんな簡単に受け入れるの?」
「世の中には知らないことのほうが多いですから、私が知らないだけでそういう儀式もあるのかと思いまして。デイジーという花を摘んで棺桶に敷き詰めるといってましたが、その花に肉体を蘇らせる効果があったわけですね」
「ないよ」
「ほう。それでは別の方法ですか。なるほど。つまり接吻ですね。童話の本で読んだことがあります。まさか貴公の口付けに死者を蘇らせる効果があったとは……!」
「僕はいったい何者だよっ! だいたい、それなら持ち出す必要なんてなかったでしょっ!」
「やはり接吻を人に見られるのは恥ずかしいでしょうから、人目を阻むためだったのかと……」
「――ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ、いつまでだらだら喋ってんだ」
シュウの左側、レオナルドから見れば右斜め前方から声が割り込んだ。
まさにいま話題にしていた人物が、苛立ちを全面に出して現れた。
ハルカを見られれば面倒な反応をされると思っていたが、レオナルドは意外と冷静だった。彼だけが特殊であることは、彼の背後の人物達が口を半開きにしたままであることから明らかだ。
「てめぇらの仕事は橋の前で雑談することか? そんで報酬もらってんのか?」
「ご推察のとおりです。こうして見張りをすることで国に貢献しております」
「心底退屈そうな役割だな。てめぇはレオナルド四等兵――違う、兵長か。お飾りの防衛線を守るにあたって飛び級したわけか。階級なんてのはあてにならねぇなァ」
「常識と同じですね。生前と比べて髪が短くなっておりますが、それが復活の代償でしょうか?」
「これは好みさ。お前はシュウと違って肝が据わってるな。気に入ったぜ、兵長」
「光栄です、ハルカ三等兵――いえ、一度戦死されているので一等兵ですね」
「階級なんざどうだっていいといっただろ」
異様に察しの良い男と異常そのものが共鳴したらしく、ハルカは気分の良さそうな顔を浮かべていた。レオナルドにかけた言葉に偽りはないようだ。
助手席に戻ろうとした彼女は、途中で足をとめてシュウに振り向いた。
「おいシュウ、与太話も別に構わねぇが、用事が終わってからにしろ。早く行くぞ」
「一等兵のおっしゃるとおりです。まずは面倒事を片づけたほうがいいでしょう」
なぜこうも順応が早いのか。友人が変わり者であることは前々から知っていたが、ここまでとは思わなかった。
レオナルドの部下達の混乱は解けていないが、納得させる説明もできない。どうするべきか右往左往したあげく、シュウは駆け足で車に戻った。
「ハルカがどこに行きたいのか知らないけど、まずは本部に向かわせてもらうよ。軍に復帰するなら罰を受けないといけない」
「奇遇だな。オレが行きたかったのも本部だぜ」
「何するつもりか知らないけど、その前に服を着替えたら? そんなボロボロじゃあ気持ち悪いでしょ」
「別に気にならねぇが、身だしなみってやつに気を遣うべき場かもしれねぇから、お前達の礼儀に習って替えてやるか」
「プラネトリアの説明でもするつもり?」
「訊かれたらな。オレがしたいのは別の話さ」
邪悪な笑顔で答えたハルカの声色は、やはり邪悪な響きを伴っていた。もちろんシュウの姉はこんな顔を見せたことはない。
「くっくっ、ここら一帯の戦闘AIを一掃する作戦を思いついたからよォ。そいつをお前達の部隊長に提案しにいくってわけさ。アスタリア軍第六大隊部隊長のシグムント=ヴォルフリード中佐になァ」
それもまたありえない発言だったが、シュウはもう突っ込む気にはなれなかった。
彼女に可能なこと、不可能なことの境目など想像もできない。彼女が断言したら、たとえ常識では不可能でも非常識(ハルカ)には実現できることかもしれないと考えるようになっていた。
ただ、軍の重鎮と彼女の邂逅がもたらす面倒を思うと、目的地に進む車のアクセルペダルから何度も足を離したくなった。
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