第27話 予期できない事

 四日目は二人して体調を崩したので一日中ずっと寝ていた。まぁ高熱を出したり咳が酷いとかではなく、頭が少し熱っぽいのと体が重く怠いくらいだった。


 ただ体が弱ってるときは心も弱くなるもので、以前大樹と同じようなバカをしてたときに杏に見られて「気持ち悪い」と言われたことを思い出して気持ちが落ち込んだ。


 そんな事もあって大人しく寝ていたので次の日には体調が良くなった。大樹の調子も良くなったのでギルドに顔を出す。するとギルドのスタッフに声をかけられた。


「お二人にお薦めしたい依頼があるのですがどうでしょう、内容を聞いてみませんか? 報酬も良いですよ」


 特に何をやるかは決めていなかったしスキルの実験も一通り試したので常設依頼にこだわる必要はない。なので話を聞いてみることにした。


 依頼の内容は開発区の人たちへの炊き出しのお手伝いだ。開発区と言っているが実際の所スラム街で貧困層の人たちへのものだ。依頼元は教会となっている。


「話はわかりました。でも何故自分たちに話を持ってきたのですか?」

 

 内容は確かに新人向けだろう。だけど低ランク冒険者なら他も居るだろうからわざわざ俺たちを指名するような事をするのではなく依頼掲示板に貼っておけば良いだけだ。


「あーそれはですね、ギルド長からの推薦があったからです。場所が場所なので腕の立つ人が良いんですが、報酬額がFランク以下の冒険者向けなのでお二人にどうかと。あとここだけの話、教会も信仰者を増やしたいので新人冒険者を希望するんですよね」


 最後のは言ってはいけないやつでは? と思いながらも気になった事を質問してみる。


「この依頼って護衛なんですか?」

「いえ、あくまで炊き出しのお手伝いであって戦闘は含まれてません」


 つまりギルマスはいざ絡まれても俺たちならどうとでもなると思ってるのか。扱いが酷いと思うべきか信頼されていると思うべきか迷うとこだな。


 危ないイメージがあるスラム街にシスターとか大丈夫なのか、と思ったが神が信じられてる世界で罰当たりな事を考える人はいないのだろう。


「それともう一つ。冒険者って信仰者になる人が多いんですか?」 

「教会側の思惑はともかく、なるかならないかは人によりけりですね。自分の力のみを信じる人もいれば人知の及ばない事に対して神様に縋りたいと思う人もいたりと色々です」


 まぁそんなものか。信じる信じないは理屈じゃないからな。寧ろファンタジーな世界である分信じる人が多い気もする。一方で信じない人は身近であるからこそいざという時に助けてくれない神に縋るのは無意味だと結論付けたのかもな。


 さてまだ詳しくはわかってないが依頼の報酬は悪くないのだろう。ただ俺たちには依頼を受けるにあたって懸念がある。それは初日のやらかしだ。


 変なテンションになってたのでシスターをナンパしようとしたのたがそれを掘り返されるのは面倒事になるかもしれない。ただ指定された場所は教会じゃないので例の二人と会わなければ問題はない。いや、神父には顔を見られてないかもしれないしシスターも覚えてないかもしれない。…これフラグになってないよね?


 今は実入りの良い依頼はなるべく受けたかったのでその依頼を受けることにした。





 指定された日時は明日の昼頃だった。なので今日は一角兎とは別のモンスターを狩ることにして一日が終わる。そして翌日は時間が来るまで指定場所に向かいながら街をぶらつくる。まともに見て回るのは初日以来だ。


 時間は教会の鐘が教えてくれる。鐘は一日の内、午前六時から三時間置きに五回鳴る。ちなみに一日はおよそ24時間みたいだ。


 2の鐘の時間が近づくと指定された場所に向かう。


 あの時の服装は制服で今はジャージで違うものだが街の人たちの服装と比べると浮いているのは否めない。冒険者らしい格好をして印象を薄くしたいところだが手持ちが少ないから無理だ。何か訊かれてもしらを切るしかないな。


 指定の場所には既に人が行き交っていた。丁度鐘が鳴ったので近くのシスターを呼び止め依頼を受けた冒険者だと伝える。と少し待つように言われシスターは少し離れた別のシスターと話すとそのシスターがこちらに来た。


「冒険者ギルドに出した依頼を引き受けてくれた人ですね。私は今回の炊き出しの責任者のスイレンです。今日は宜しくお願いします」


 はいアウトーーー。どう見ても例の巨乳シスターのおねいさんです。


 一級フラグ建築士の称号でも生えてそう、と思いながらも素知らぬ顔で自己紹介をする。


「自分はサトリでこっちのデカイのはダイキです。こちらこそ宜しくお願いします」

「はい。…ところでそちらの方は怪我をなされているこでしょうか?」


 さっきから一言もしゃべらない大樹は、ここに来る前にギルドで購入した包帯を顔に巻いて誤魔化すという力業を使っていた。そのせいで不審者にしか見えなくなったが。


「気にしないでください。こいつは小心者で心配性なだけで怪我自体は軽いものです」


 そうですか、とスイレンさんは不思議そうにしている。そして紹介したい方がいるとある人物の所まで連れられた。


「こちらの方はいつも炊き出しの材料を出してくれている商会のご令嬢で、お手伝いしてくださる撫子なでしこさんです。撫子さん、こちらのお二人は今回手伝っていただく冒険者です」

「ああ、今回は人手が足りないからと依頼を出したと言ってた…。宜しくお願いいたしますわ」


 ツーアウトだった。自分はちゃんと笑顔を作れてるか不安になった。何故なら彼女は初日にならず者に絡まれていた女性だったからだ。大樹は包帯のしたで顔が引き攣ってるだろうなぁ。


 撫子なでしこさんは大樹をジロジロと見て怪訝な顔になっていたが特に何も指摘などはしなかった。なので俺たちは言われるままにお手伝いをする。


 やる事は食材を運ぶ、食器を並べる、並んでる人を整列させるなどだ。海外では横入りなんてざらだと聞いていたので地球と比べて文明レベルの低い異世界でも同じと思っていたがそういうことはなく皆ちゃんと並んでいた。もしかしたら見せしめは既に終わっているのかもしれないが…。


 何人か来てたシスターが調理しているのを手伝いながら端から見てると魔法を使っていた。鑑定してみると水魔法や火魔法とあった。やはり魔法もこの世界にあったのか。


 例のナンパした美人な巨乳シスターは回復魔法を持っている。そういうのも在るんだな。


 例の女性二人を警戒するため一応ミリサイズのシールドを後ろに展開して位置を把握していた。もし不可解な移動をしたら警戒を強める必要がある。ストーキングみたいで本当ならしたくなかったが背に腹は変えられないのだ。


 けどそう考えていたが特に何が起こるわけでもなく炊き出しは終わった。


 最後のお手伝いは後片付けだ。


 食器などの道具は教会からの貸し出しらしくシスターたちはそれらを持って帰るようだが人手が足りず俺がそのお手伝いをすることになった。巨乳シスターさんは大樹に頼もうとしてたが空箱を商会に移動させる手伝いに逃げたので消去法で俺の仕事になった。


 道中は巨乳シスターさんが何気ない質問をしてくる。。


「そういえばお二人は新人冒険者なんですよね? 故郷は同じ所なのでしょうか?」


 ただの世間話に聞こえなくもないが無警戒に何でも話せるような状況でもない。なので無難に答えておく。


「そうですね、同じ所で育ち色々と学んで特訓もしました。二人とも英雄に憧れてましたからね」


 今の言葉に嘘はない。家は隣だし学校も同じでオタク趣味が行き過ぎて不思議パワーに憧れて特訓したし漫画の主人公を英雄のように思って憧れたこともある。


 何故こんな言い回しをしたかといえばこのシスターさんは俺たちのことを異世界から来た人間と疑っているのではないかと警戒しているからだ。それと嘘発見器の類いの魔導具を持っていることも警戒している。そしてもしそういうのを持っているならこのシスターさんに俺たちのことを『英雄に憧れて冒険者になったよういそうな田舎の青年』と思わせる策略でもある。


 ジャージや制服の事を知っていてもこれなら俺たちが着ていることを誤魔化せるかもしれない。まぁ本当に異世界人だと怪しんでいるならこれくらいでは騙されてくれないだろうけど。


 そんな風に警戒しながら言葉を選んでおしゃべりしてると一台の馬車とすれ違う。荷台にほろは無く丸見えで、そこに乗ってる人たちの服装は街の人たちと比較しても特に違いのない普通の服装の人もいればボロい服装の人もいる。そして皆同じ腕輪をしていた。重たくて冷たそうな黒い腕輪を。


 あれはおそらく奴隷なのだろう。以前調べた情報の中にあれとそっくりの腕輪があったのを憶えている。そのときに大樹と奴隷を購入するのか? といった話をしていたりする。戦力を欲し俺たちの秘密を強制的き守らせる事ができそうだからだ。


 しかし結論から言えばそれは無しとなった。


 理由は幾つかあるが一番の問題は罪の重さだ。元の世界では奴隷化や人身売買というの国際司法裁判所で人道に対する罪と定義された国際法上の犯罪だ。


 今いるこの世界は元の世界とは違うが『緊急避難』と嘯けないくらいにその罪は重く必ず守らなければならないと結論付けた。


 それに見ず知らずの他人の命を背負えないという理由もある。その命は奴隷の命だったり、元の世界に戻るときなど解放した後に何かしらの理由で奴隷が他人の命を奪うなんて事になるかもしれない事に対してもだ。


 後者の場合はどちらの世界でも俺たちに責任は無いとなるかもしれないが、だからといって『自分たちは関係ない』と思えるほど無神経でもないからね。


 あと金銭的な問題もある。


 以前調べた事があるが良い奴隷というのは高かったみたいだ。しかも奴隷の能力によっては数年分の年収と同じ値段がしたらしい。もちろんそれは地球の歴史の話だがそれはこちらでも同じだろう。


 そんなに高いなら旅費にあてるべきで奴隷を購入するのは本末転倒だ。なら安い奴隷を、ともならない。普通に食費などの出費が増えるので負担が増すだけになるかもしれないからだ。


 以上の理由なら奴隷は無しとなった。


 さて、そんな奴隷が運ばれているのだが、隣を歩くシスターさんに『貴女の信ずる神サマはああいう人たちは救わないのですか?』と意地の悪い質問をしてみたくなった。まぁ考えただけでしなかったけど。


 だって『異教徒の豚は人間ではないですから』とか笑顔で返ってきたらめっちゃ怖いじゃん? 『エイメン』とか叫びながら飛びかかって来そうだし。あ、宗教神サマが違うか。


 そんな馬鹿なことを考えてたら目的地の教会に着いたので食器を仕舞い依頼完了のサインを貰う。あとは帰るだけだったが巨乳シスターに声をかけられた。


「この教会には古の勇者が神様から与えられたとされる聖剣があるのですが良ければご覧になられませんか? 冒険者様の中には無事依頼を達成できるようにお祈りされる方もいるんですよ」

「自分たちはまだなったばかりの低ランクだからランクが上がったときにでも考えてみます」


 大樹が勇者の称号を持っているので聖剣は近づきたくない物リストのトップにある。俺はその称号を持ってないので近づいても何もないだろうけど大樹に話を振られたときに俺がお祈りしたのに大樹が断るのは不自然に見えなくもない。なのでシスターの話をやんわりと断った。


 建物から出ようとしたときに別のシスターが走り込んで来る。


「大変です! 撫子さんが知らない男の人たちに誘拐されました!!」


 あの人はトラブルを呼び寄せる体質なのかな? てか拐われたってそれどこの桃プリンセスだよ。

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