第12話 不思議パワー以外の特訓の成果

 さて、試験を受けたいという新人は久しぶりだったので少々熱くなった。これは後でマーガレットに怒られてしまうな。今も『次はやり過ぎないようにしてくださいね』と言わんばかりの目でこっちを見とるがそんな目をせんでもわかっとる。


 大きい方は試験に合格だがもう一人はどうか。


「いつでもかかって来い」


 あの手に持っている物は見たこと無いがおそらくは投擲武器か。ここに来てからのやり取りを見たところあいつらは共に行動してるのだろう。ということはデカイのが前衛でこいつが後方から支援する形でパーティを組むつもりか。


 何かを挟み弓のように引いた後に手を離すとそれは飛んできた。その塊は矢のように速く木剣で弾くと予想よりも重たかった。


 これは鉄か? 速射性は弓とそう変わらないな。狙うのも上手い。もし鉄の手持ちが無くなっても落ちている石で代用できるだろうから使い勝手は良い。しかしその利点よりも圧倒的に減点なのが殺傷力が低すぎることだな。


 新人は三回射つと今度は横に移動しながら射ってくる。歩きながらだと狙いは雑になった。頭を狙った塊は避けなくても逸れていく。これではパーティを組まないことになろうと合格はくれてやれん、と思ったが塊が横に外れたとき『ガッ』と後ろの近くで音がして直感的に首を反らすと塊が首の横を抜けていった。


 壁に当たって跳ね返ってきた? いや壁は遠いし音は近かった。


 考える間もなく次の塊が飛んでくる。今度は直撃する軌道だったので木剣で防ごうと思ったら二回軌道を変えて木剣を避けながら頭に向かってくるのをなんとか避ける。


 何かのスキルを使っているな。なら近づかれたらどうする?


 新人に向かって走ると後ろに下がりながら射ってきたので更に速度を上げて距離を詰める。すると投擲武器を放って逆に自ら距離を詰めてきた。何か手を隠しているな?


 俺は木剣を振りかぶる。新人は間合いのギリギリ外で前傾姿勢から上体を起こし、ただ立つような姿勢になった。俺はまだ木剣を振り下ろしてない。


 間合い、いやこちらのタイミングを読み違えたか? それともここから何か手があるのか? だとしても、どう動こうとも俺は反応するぞ。右や左に或いは後ろに下がろうと、たとえ前に出て来ようと────なっ!?


 新人は前に出てきた。それ自体は予想もしていた。だが。速さではない。見えていたのだ。なのに懐に潜り込まれた。


 俺はとっさに剛体のスキルを発動させる。新人の拳は力は殆ど無く触れるように打ち込んできた。そしてその一瞬あとに自慢の剛体スキルを打ち破って衝撃が身体に叩き込まれた。


「な、にが…」


 混乱の中で俺は本能的に身体が動き木剣を振り下ろすが横に避けられる。そして柄の握り部分、右手と左手の間を片手で掴まれてそこを軸にもう片方の手で柄頭を引っ張られたかと思うとあっさりと剣を奪われあごに衝撃を受けて意識が飛んだ。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「良いのが入ったのにあそこから動くのかよ」


 この世界の人間は化け物だな。こんなのがうじゃうじゃ居ないことを願うばかりだ。


 受付嬢は慌ててギルマスに駆け寄ってくる。何か瓶を取り出して飲ませている。不思議な回復薬だろう。遅れて大樹も来た。


「終わってみれば呆気なかったな」

「バカ言え、たまたま策が嵌まっただけだ。もう一度やれば絶対に勝てんな」


 それは本音だ。やる前には大樹に任せろとは言ったものの分は悪かった。勝ち目があるとすれば短期決戦だけだった。


 ギルマスの剛体は木剣なんかじゃダメージを与えられるとは思えないほどの鉄壁スキルだ。なので効果があるとしたら『スキル:魔力操作』を使ったファンタジー拳法だけだ。


 もちろん効かない可能性もあったが他に手は無い。なのでそれをどう打ち込むかを考えた。


 そのためには距離を詰めなければならない。だが試験だからか大樹のときはギルマスは基本的に待ちの姿勢だった。攻撃をシールドでガードして無理やり懐に潜り込むことも考えたが、ギルマスは好戦的な面があって手加減は期待できずシールドでの防御は強度の懸念もありそれを絶対視することはしなかった。


 理想は向こうの攻撃の隙を突いてこちらの一撃を入れることだったが一つ問題があった。それは大樹の目隠しをしての一撃を防いだことだ。あの返しには迷いが無かった。なのでおそらくは大樹の予備動作を読んだのだろう。


 予備動作は武術で『起こり』と呼ばれる動の始まりを指すものだ。ギルマスはそれで相手の動きを読めると予想し予備動作を無くす無拍子で近づくことにした。


 武道や武術においては一つの到達点なので自分でもできるように修練した。しかし本格的に武術を学んでいない俺に身に付けられたのは立って歩くことだけだった。だから相手からも近づかせる必要があった。


 そこで考えたのがいつも持ち歩いていて体育服用の袋に入れていた中二心をくすぐる飛び道具のスリングショットを使うことにした。それを持っていることは大樹も知っていたのでならず者とストリートファイトしてたときにこれの援護を期待してたが使わなかったわけだが。


 そしてスリングショットで遠くからチクチク攻撃してギルマス自身に近づいて来させた。それによってこちらからも距離を詰めることで懐に潜り込むための時間と距離を短くした。


 思惑通り意表を突いて懐に潜り込んでファンタジー拳法の八勁はっけいもどきで魔力を打ち込むことに成功した。手応えがあったので正直反撃が来るとは思ってなかったが残心を忘れてなかったので対応できた。内心冷や冷やだったけど。


 最後のカウンターは無刀取りと呼ばれる技術で剣術では奥義と聞いたことがある。なので当然特訓してた。刀と剣の違いはあったが上手くできて良かった。ギルマスが万全なら失敗してただろうけど。


 剛体のスキルを持っているので最後の攻撃が効いたのは予想外だったが、大樹がぶっ飛ばされたとき受付嬢が近づいたことから不測の事態に対応できるだけ何かがあることは想定してた。だから全力は出さずにある程度力を押さえればファンタジー拳法では死なないとの目算があった。案の定ギルマスは受付嬢に渡された物を飲むと元気になっていた。



 しかし無拍子からの発勁もどき、そして奥義の無刀取りでやっと倒れるってこのオッサンはホントにひぐまか何かじゃないのか?

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