26話

        ◇


 烏丸の真実を知った翌日、おれは補講を休んで、薫と一緒に白鳥の病室を訪れていた。

 あれを聞いた後では、とても勉強する気になれなかった。

 烏丸は普通に補講に行った。

 よく、あれを話した後で行けるなと思った。

「ふーん、そうだったの」

 烏丸の真実を知った白鳥は、意外とあっさりしていた。

「もしかして、最初から全部知ってたとかじゃないだろうな」

「さすがに、それは無いわね。何かあるとは思っていたけれどね」

「凛は、今も作り笑いを浮かべてるんやろか……」

 薫が切なそうに呟く。

「それにしても、酷い親よね。完全に虐待じゃない、ネグレストっていうのよ。今度、親に直接、直談判しに行こうかしら」

「でも、凛にとっては親ってことは変わらへんよ。歪んどるけど、何処かに愛があるかもしれへん」

 歪んだ愛は本当の愛か?

「そうよ、それは絶対に変えられない。烏丸君が向き合わなければならない宿命よ」

 何故、烏丸はそんな中でも、笑っていられるのか。

「……おれ、あんな境遇でも、嘘でも笑っていられる烏丸が、正直怖いよ。無表情とか、無感情とか言われても、おれには全く理解できねえよ。だって、おれには……」

 感情があるから。

「つまり、烏丸君は、人間の気持ちが理解出来ない化け物ってことかしら? 人間失格だと言いたいのかしら?」

「そ、そんなこと、言ってねえよ!」

 烏丸は化け物じゃない。

「人間はね、周りと違う者を化け物扱いするのよ。『普通』の定義っていうのも曖昧だけれどね、烏丸君は明らかに常軌を逸している。それを誰かに知られたくないから、嘘を吐き続けて、仮面を被り続けているのでしょう」

 白鳥の言葉は冷たい。

 しかし、正しい。

「……これだけは言っておくわ。高村君、真実から目を背けないで。烏丸君が怖いかもしれない。でもね、彼と向き合って。分かり合おうとして頂戴」


 病院からの帰り道。

「薫は、烏丸と向き合える自信あるか?」

「どうやろね。……でも、凛には『人間失格』は熟読して欲しくないね」

「何だそれ? 本? タイトルからして暗そうだな」

 何処かで聞いたことがある気がするが、あいにく無知なおれには分からなかった。

「確かに、暗いで。救いようの無い本や。気分が落ち込んどる時に読むと、自殺したくなるらしいで。……しかも、作者の太宰治は、これを書いた後に自殺してるんや」

 さすが、文学少年だ。本については詳しい。

「作者も自殺って……。うわ、呪いの本かよ」

「凛と『人間失格』の主人公が似てるんよ。人間の気持ちが理解出来へんとことかね」

 おれも『人間失格』を読んだら、烏丸のことが少しでも理解出来るだろうか。

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