3月29日(水)_デートに挑め、策士くるる
[くるる:今日カイトくんと]8:23
[くるる:おでかけいってきます]8:23
[くるる:緊張してます]8:23
[七海美奈:プレゼントはあくまでも口実だから]8:27
[七海美奈:買わなくていいんだよ~]8:27
[くるる:やだなあ]8:27
[くるる:プレゼントは買いますよ~]8:27
[七海美奈:!]8:43
[七海美奈:くるるちゃん~~~!]8:43
[七海美奈:ラブだよ、ラブ]8:43
くるるは美奈からのラブコールLINEに、緊張でこわばっていた頬をほころばせる。それからスマホの向こうの先輩に手のひらを向けて念を送る。デートのチャンスを作ってくれた美奈への敬愛を込めて。
デートの相手はもちろん。
「どしたの、桜間さん」
「へぁっ!? な、なんでもないっ」
解人に声をかけられて慌てる。
二人は駅と直結した大型の複合商業施設にきていた。
平日の昼間だというのに人の姿が多い。
特に若者が目立つ。春休みの終わりが迫った今日、最後の最後まで楽しむぞとばかりに街へ繰り出しているのだった。
当然のようにカップルもいる。
周りから見れば、くるると解人も似たようなものだった。
二人は駅ビルのエスカレーターに乗ってずうっと上に向かっていた。
解人が前に立つくるるの後頭部を見つめる。
ゆるっと編まれた三つ編みが春らしくのんびりとした雰囲気を醸しだす。
そこから視線を下ろしていく。
真っ白でダボっとしたシルエットのパーカーも可愛らしいなと解人は思った。くるるのちんまりとした可愛さを充分に引き立てているのだ。
スラッシュをえがくショルダーストラップの先には小さなバッグ。女子のカバンはどうしてこうも小さいのだろうか。解人には不思議でならない。
さらに視線を下へ。
ゆるい三つ編みやダボっとしたパーカーとは対照的に、タイトで短めなホットパンツ。そして、すらっと伸びる足。
解人はイケナイ目で見てしまったなと、慌てて視線を上へ上へと戻す。
くるると目が合った。
さっきまで前を向いていたはずのくるると、目が合った。
「……」
「……」
「な、なにかなカイトくん」
「な、なんでもないよ桜間さん」
解人は咳ばらいして取り繕う。
思わずくるるに見惚れてしまったが、今日は恋愛スイッチを入れてばかりではいられない。
冷静になる必要がある。
なぜなら、三月いっぱいで喫茶『ヴィンテージ』を卒業する先輩への贈り物を選ぶ日なのだから。
「にしても桜間さんはすごいね」
「ほぇ? なにがー?」
「俺は七海さんの卒業祝いとか思い至らなかったからさ。気配りできてすごいなって」
「そ、そんなことー、ない、よー?」
くるるの声が裏返る。動揺を隠そうと必死だった。
まさか言えない。
口実として使っていいと美奈本人に提案されて、
くるるとしては、この作戦がバレたら恥ずかしいなんてものじゃない。どうしても知られるわけにはいかなかった。
恋愛策士くるるに、負けは許されない。
気分は諸葛孔明。羽毛のついた扇でバサバサと自らをあおいでいた。
「きょ、今日はたくさんお店を見ますっ」
「気合充分だ。俺もがんばるよ」
まず二人が向かったのはオシャレな生活雑貨を取り扱うショップ。
黄色を基調にしたポップで明るい店内だった。
ディスプレイされた商品の合間を泳ぐようにしてくるるは進む。置いていかれまいと解人はついていく。
一見すると、気ままな女の子に振り回される男の子といった様子だが。
「キッチン用品か。七海さんは家でも料理するのかな」
「ど、どうだろー」
「あ、このホットサンドメーカー、小さくて使いやすそう。お店にあったらいいなあ」
「そう、だねー」
くるるは、まったくのうわの空だった。
周りのカップルが視界にチラつくと、自分たちもそう思われているのかと考えると恥ずかしくってソワソワしてしまう。
この策士、実戦にはとことん弱かった。
「桜間さんは気になったものとかある?」
「えっ!? こ……このピーラー……とか?」
近くにあったものを適当に掲げるくるる。
「キャベツ専用ピーラーか。渋いねえ。……七海さんが喜ぶかなぁ?」
落ち着きのないくるるに対し、解人はといえば、いつもより積極的に話題を広げようとしていた。思ったことを口にして相手にも話題を振る。
無意識ではあったが、くるるとの対話を楽しみたいという想いが行動に現れていた。
くるるはそれを感じたからこそ、さらに照れてしまっていた。
気ままな女の子が男の子を振り回しているわけではない。
いつもより積極的な男の子に照れた女の子が逃げ出しちゃっていたのだ。
そんな彼女の内心に気付けない解人は、連れられていると勘違いしたまま、くるると共に店内をぐるぐると巡った。
「新生活フェア、って感じの品揃えだね。手帳もあるけど、七海さんは使うんだろうか」
「ど、どうでしょうかっ」
「……桜間さん、さっきから気になってたけど」
「は、はいっ」
くるるはドキッとする。自分の奇行の理由がバレてしまったのかと。
「もしかしてお腹空いてる? 朝ごはん、食べてないとか」
時刻は午前11時。
お昼というにはやや早く、朝ごはんには遅すぎる時間だ。
「そ、そうなんだよねーっ!」
そんなことはなかった。
トーストに目玉焼き、サラダにスープとしっかり食べてきていた。
「なにかヘンだなとは思ったんだ。心ここにあらずって感じだったし、妙に足早だから、どこかに行こうとしてるのかなって」
「よ、よく見てらっしゃる」
「いやいや気が利かなくてごめん。お腹ペコペコ?」
「う、うん! あはは~私ってば寝坊しちゃって~!」
そんなことはなかった。
朝はばっちり起きてメイクもしたし、髪もセットしたし、朝食はデザートにジャム入りヨーグルトまで食べてきていた。
照れを知られたくないくるるの可愛いかわいい噓だった。
だが、今の解人には自分に対する感情はまだまだ読み取れない。
好意も、好意から発生する照れも、自分が絡んだ途端に解らなくなる。
つい先日それがニガテだと発見したばかりの彼には、到底すぐに理解できるものではなかった。
「そっか。ひとまず目も通せたし、ご飯屋さん入ろっか。六階にレストラン街があったはず」
「あっ、えー……と、でもカイトくんに悪い、かなぁって」
「俺はコーヒーでも頼むよ。遠慮しないで好きなだけ食べてくれ」
「そ、そっかあ~~、う、うん、ありがとぉ~~! いっぱい食べちゃお~☆」
策士くるるは、ここまで来たらやるしかないと覚悟を決めた。
◇ ◆ ◇
解人は、くるるが選んだ店を意外に思った。
お腹が空いているといったのに、入店したのは和カフェ。注文したのは抹茶あずきパフェ。
甘党らしさの光る朝ごはんとはいえ、いささか量が足りないのではないか? と。
当のくるるは、空になったパフェの器にむずかしい顔で手を合わせていた。
やはり足りなかったのではないかと思うが、聞けば充分だというので女子の胃袋は不思議だなと、くるるをまじまじと見つめる。
後ろから見たときには気付かなかったが、桜のヘアクリップが耳にかかる髪を留めていた。解人が贈ったものだ。
つるすべ肌のもちもちほっぺにも、くりっとした真ん丸の目にも視線が吸い寄せられる。
ああ、可愛いなぁ。
解人の中で、好きという感情がはっきりと輪郭を持っていく。
ぼんやりとしていた付き合いたいという願望が、この数時間でより鮮明になった。
隣を歩いていて、面と向かってお茶をして。
くるると一緒に歩む未来を、解人の脳はよりリアルに想像するようになったのだ。
解人は昨日の美奈の話を思い返す。
今の自分はきっと、くるるに対する感情が満ちた水槽をぷかぷか漂っているんだろうと解人は思う。
こんなに気持ちが浮ついたことは一度もない。
と、そうやって思考に捕らわれているのが良くなかった。
「……な、なにかなカイトくんっ! 女子の顔をじろじろ見るのはマナー違反なんだよっ!」
「あっ……いや、えっと……ごめん、その……」
「も、もーパフェ食べたしお買い物再開しよう! そうしよう!」
くるるに急かされるように会計を済ませて店を出る。
見つめられて恥ずかしいくるるとしても、見つめてしまって恥ずかしい解人としても、
くるるが、気分転換にルームウェアショップを見てみようと提案する。
なんぞやと首を傾げながらもついていく解人。
マネキンたちはもこもこ、ふわふわ、すべすべな、かわいい服を身につけていた。
それらが部屋着だと聞かされて解人は驚く。
家ではジャージやスウェットで過ごす解人には、部屋着におしゃれを求めるなんて考えたこともなかった。
「……なんていうか、けっこう薄いんだな」
「春モノだからねぇ~。あっ、これとか可愛いな~」
くるるが吊るしてあったウェアを手に取る。
半袖で、裾が普通のシャツよりも長い品だった。
「えー……と、ロングTシャツ?」
「違うよ~! これはドレスなの!」
「???」
解人は混乱した。
自分の知識ではどうみても裾が長いシャツでしかないけれど、ルームウェアショップではドレスとして売られている。
ここは異界なのだと解人の賢明な脳は判断した。
「んふふ~、これとか美奈さん似合っちゃうだろうな~」
「そのドレス?」
「うん! 美奈さん私より背も高いし、スタイル良いし~。寝間着にも使えるしよさげだなあ」
「寝間着……」
くるるのことばをきっかけに、解人の頭で映像が再生される。
たれ目でほんわりとしながらも芯の強さがある美奈の、夜の、部屋での姿。
ロングTシャツのようなドレスを身に纏い、右手で髪をかきあげる。
左手でつまんでいる裾からは素足が覗き──
「……カイトくん、なにを想像したのかな?」
「……っいや、いやいや。別に何も」
いくら朴念仁の解人でも、女性のオフの姿を想像していたなどと言えばキモがられるという危機感はあった。
しかし、言うまでもなくそれはくるるに見透かされていて。
「ふーん……もうこのお店は出ますっ!」
くるるがドレスをラックにかけて、すたすたと店を出ていってしまう。
ショックのあまり解人は動けなかった。
- 完 -
──と、千年より長い一秒を過ごしていると、くるるが頬を膨らませながら戻ってきて。
「カイトくんや、このお店には男性用のもこもこ部屋着もあってだね」
「……え?」
「美奈さんをやらしー目で見た罰として、そのカワイイ部屋着でこの春を過ごすっていうのはどうかね」
解人は自分が、先ほどのもこもこのルームウェアを着ている姿を想像する。ロングTシャツのような、ドレスのような、可愛らしい部屋着だ。
「……えと、それはちょっと、似合う気がしないっていうか……」
「今なら、私が一緒に着てあげるって言っても?」
「いっしょ、に?」
解人は、自分とくるるがお揃いのルームウェアに身を包む光景を思い描く。
言葉の印象から、一つの部屋で夜を過ごすという連想をしてしまい、わずかに頬を赤らめる。
その表情をくるるは見逃さなかった。
「カイトくん、やらしー」
くるるが身を翻して歩きだす。
「ち、違うんだっ、待ってくれっ!」
「待ちませーん! ほら、プレゼント買いに行こうねー」
「弁明を、弁明の機会を!」
くるるは解人の声を背に店を出る。
追いかける解人には見えないが、くるるは満面の笑みだった。
自分とお揃いの服を着るということを解人に想像してもらうことができて、ご満悦といった表情。
顔は真っ赤だった。
『やらしー』などと、慣れないことを言ったせいだ。けれど言わなくてはならなかった。
くるるの理屈はこうだ。
だって、私だけ恥ずかしいなんて、恥ずかしいんだもん。
ここ最近は解人を想うだけで、解人との未来を想像するだけで、恥ずかしく
正直、嬉しい。めちゃくちゃに幸せだ。私に恥ずかしいと思わせてくれるのが彼で良かった。
だからこそ、自分の手で解人を照れさせたかったのだ。
策士くるるは今日のデートを制したのだった。
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