1月31日(火)_いまが一番おいしい時期だから
「昨日の晩ごはんでタラバガニ食べたんだけどさー、カイトくんってやっぱり夢はマイホーム?」
「今日は一段とすっ飛ばしてんねえ……」
解人はくるるの前、自分の席に腰を下ろした。ブレザーを脱いで椅子の背もたれにかける。動きの流れのまま後ろを向いた。
どこからツッコんだもんか、と思いつつもまずは気になったことから解人は問いかける。
「タラバガニって食べたことないかも。おいしかった?」
「私も初めてだった! お父さんがもらってきたんだー。カニみたいで美味しかったー」
カニみたいで?
解人はくるるの言い方に引っかかりを覚える。
「タラバガニってカニじゃないんだっけ」
「カイトくん、知ってたの? つまんなーい」
「え、知らなかった。けど、桜間さんの言い方がそうとしか聞こえなくって」
「そうかそうか~。知らないならね、ふふん、私が教えてあげよう」
「ははーっ。ありがたき幸せ」
くるるが胸を張って答える。
「実はタラバガニってヤドカリなの」
ふむ、と解人は一息ついた。
そんなはずはない。普通に考えればタラバガニはタラバガニだし、ヤドカリはヤドカリだ。
しかし、普通じゃない考え方をすれば。
「えーと、生物学的にヤドカリの仲間だってことかな」
「そう! なの! ビックリじゃない!?」
「自分より驚いてる人がいると冷静になっちゃうな……。や、たしかにびっくりはしたけど」
くるるが興奮気味にスマホを見せてくる。
画面に表示されたまとめサイトの見出しにはそんなことが書かれていた。
「タラバガニは、ふつうのヤドカリみたいに他の生き物の殻に住まないヤドカリなんだって。そういう説もある、って」
解人はようやく得心がいった。なるほどだからマイホームだのという話が出て来たわけか。
でもタラバガニは賃貸じゃないだけでマイホームではないのでは? などと解人が考えていると、話はくるるによって思わぬ方向に進む。
「あと、タラバガニは前にも進めるんだってさー」
「カニといえば横歩きだもんね」
「あとあと、タラバガニは普通のカニと違って足が八本しかないんだって」
「普通のカニは?」
「10本!」
「じゃあ2本ぶん損してるのか」
「たしカニ……?」
くるるが両手をチョキにしてハサミを閉じたり開いたりする。
「あれ、なんの話だっけ?」
「あ! そうだよ! だから、マイホームがいいか賃貸がいいかって話!」
くるるが机をぺしぺし叩く。
二人の周りのクラスメイトが一瞬ざわついた。が、くるるも解人も気づく様子はない。
と、チャイムが鳴る。このあとはホームルームだった。
「考えておくよ」
「私もー」
解人は言葉通り、授業中も昼休みも、くるるの質問のことを考え続けた。
答えを出すころには日が傾き、授業が六つ終わっていた。
放課後。
温めた答えを解人はくるるに告げる。
「やっぱり住むならマイホームがいいと思うんだ。それも一軒家」
「おおー。どうして?」
「賃貸だと隣の人の気配が気になっちゃう気がして」
「だから一軒家かー。なんかカイトくんっぽいかも」
「そうだね。できれば田舎がいいかも。Amazonが届く程度の田舎なら生きるのに困らないし」
解人はナナメを見ながら架空の移住生活を想像して語る。
しかし。
「カイトくん、それは田舎を舐めすぎだよ! 真の田舎はAmazonが届かない……らしい! うちのおじいちゃんは宅配ピザが届かない場所に住んでるし!」
「それは暮らしづらそうだなあ」
「でしょ? 私は賃貸でもいいケド、そうだなあ、静かなのがいいなら郊外とか?」
「隠居できるならどこでもいいかも」
「ふふ、隠居って。おじいちゃんみたいだねえ」
「そうかもなあ。ぬくぬく縁側でひなたぼっこしたいなあ」
「私もひなたぼっこは好き」
「いいよねえ」
「結論、タラバガニでもヤドカリでもいいってことで」
二人がのんびりとするなか、クラスメイト達はすっかり呆れかえっていた。
「結婚秒読みか? 見せつけやがって」
「どう考えても同棲の相談ですありがとうございます」
「なんで二人とも気付いてないんだ? 俺が言ってやろうか?」
「やめとけって」
「なんだよいい子ぶりやがって! 離せ! 俺はカップルに厳しいぞ!」
「まあ待てって、いまが一番おいしい」
「お前も大概だな!」
今日も教室は平和だった。
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