枢木玲奈は王道を嫌う
のーが
第1話
「はじめまして。東京の帝南高校から転校してきた枢木玲奈といいます。好きなものはゲーム。嫌いなものはメインヒロインです」
この物語は、その一言から始まった。
クラスの女子達の平均より少し高めの身長、体型は標準だが背中の下あたりが気持ち大きな長髪サイドテールの転校生は、教師から前説明を受けたあと、数年先の未来で頭を抱えるであろう強烈な自己紹介の火蓋を切った。
「あーあ、かわいそうに。絶対あとで後悔するだろうな」と、クラスメイトの面々はそういいただけな痛々しい表情で玲奈を見守っていた。他にも呆然としていたり、けたけた笑っている奴がいたりしたが、全員が壇上に立つ転校生に釘付けとなっていた。
俺はどちらかというと、たぶん呆然寄りの反応だったと思う。
「だってそう思わない? メインヒロインって馬鹿みたいに口を開けているだけで主人公が近寄ってきてくれて、面倒な問題も全部解決してもらって、最後にはサブヒロイン達全員を抑えて主人公とくっつくのよ? そんなのおかしいじゃない! 物語の開始時点からメインヒロインに想いを寄せてる主人公を相手に、悩みながらあの手この手で好意を寄せようとするサブヒロインのほうが圧倒的にかっこいいし惹かれるはずでしょ!? そんなの誰だってわかってるはずなのに、世間のみんなが憧れるのはメインヒロインばかり。人気投票だってだいたいメインヒロインが一番。まったく嘆かわしいばかりだわ。もう少しサブヒロインの――」
「ストップストップッ! 玲奈さん、その話はあとどれくらい続くのかしら?」
「続けようと思えばいくらでも」
「まるでうちの校長ね……。あなたの新しいクラスメイトの顔を見てみなさい。このままだとみんなの夢であなたの演説がリピートされて安眠を損ねてしまうわ。それに、そんなに長々と話してたら、それこそあなたの嫌いだといってたメインヒロインみたいよ?」
教師の指摘に、玲奈は細い眉を中央に寄せた。
抗議するつもりかと思ったが、玲奈はため息をついて肩を落とした。
「先生のいうとおりね。転校生の王道を外れようとあたしなりに考えたつもりだったけど、これもよくあるパターンだったわ。失敗ね。潔く負けを認めるわ」
「自己紹介で勝つとか負けるとか、そういうのはわからないけれど……とりあえず落ち着いてくれて助かったわ。それじゃ、席についてくれる? あなたの席は、あそこ。原田隆志くんと藤堂樹理さんの間よ」
「わかったわ」
頷いた玲奈は壇上に置いていたバッグを手に取り、机と机の間を悠然と歩く。
今朝登校した時点で用意されていた俺の隣の空席に、玲奈は強めに椅子を引いて一息に体重を預けるようにして座り込んだ。
何がそんなに不満なのか知らないが、玲奈は頬杖をついて贔屓の野球チームがボロ負けしているときのような顔を浮かべていた。もしかしたら本当に野球好きで、昨夜放送していた悲惨な試合を思い出して苛々しているのかもしれない。
そしてもうひとつ。間近で彼女を眺めて、俺は小学校のときに一年だけ同じクラスになった女子生徒を思い出していた。
「枢木さんって、金井小学校にいたよね? こっちに戻ってきたんだ。覚えてない? 俺、低学年の頃に一緒のクラスにいたと思うんだけど。なんか、すごい変わったね」
当時言葉を交わした覚えはあまりないが、なんとなく一緒のクラスにいた記憶は残っている。脳の奥にはもっと細かい記憶がしまわれているのだろうが、このときはまったく思いだせなかった。
玲奈は贔屓のチームが負けた苛立ちを正さないまま、クラスで最初に喋りかけた俺の顔を見た。
「まるで主人公ね」
「えっ……? 主人公って、何が?」
「クラスにやってきた転校生に率先して声をかける男を主人公と呼ばずになんというわけ? 転校生に声をかけたチャラ男がその転校生と結ばれる物語もあるかもしれない。でもそれって王道じゃないわよね? あんたはチャラ男なの? 違うわよね。かっこつけてストレートパーマをかけてるけど、それ以外はどこにでもいる優男そのものじゃない。そのどこにでもいるってあたり、あんたは王道主人公タイプの外見なのよ。あたしのいいたいことがわかる?」
「いや、悪いけど全然……。っていうか、小学校で同じクラスだった枢木さんだよね?」
「さぁね。こっちに住んでるときは金井小学校に通ってたけど、小学校で誰と同じクラスだったかなんて忘れたわ。でもなんとなく見覚えはあるから、あんたの思っているとおりかもしれないわね」
「なんかすごい怒ってるように聞こえるんだけど……」
「いい反応ね。こういうとき、主人公は察しが悪いほうが王道だから、あんたの察しの良さは気に入ったわ」
「やっぱり怒ってるんだ……」
こいつが俺の知っている枢木玲奈なら、小学校の頃は気弱で人見知りだったはずだ。クラスでも滅多に話さず、授業が終われば寄り道もせず帰るような奴だった。だから俺は玲奈についてよく知らないし、影の薄かった彼女のことはこうして再会するまで完全に忘れていた。
それが、何をどう改造したらこんな暴君に変貌するのか。都会の空気が彼女を凶暴な女子に育て上げたのか。それともあっちでは彼女が普通なのか。クラスメイト全員がこんな奴だと思うと、俺は田舎で育って良かったとつくづく思う。
理由は不明だが怒ってるらしい玲奈は、わざとらしく憎たらしい顔で大きなため息をついた。
「あたりまえよ。あたしはメインヒロインが嫌いだっていったばかりじゃない。あんたが話しかけたから、あたしはメインヒロインになってしまったわ。どうしてくれるのよ」
「どうしてといわれても……。いや、そもそもメインヒロインってなんだよ! 俺と枢木さんがゆくゆくは付き合うってこと!?」
「王道の物語なら、そうなるわね。でも、それはあんたに恋人がいない場合に限るわ。転校生が来た時点で主人公が彼女持ちっていう状況は王道じゃないもの。そこんとこどうなのよ。いるんでしょ? このご時勢、高校生で恋人がいないってほうが珍しいもの」
玲奈の見解は正しい。玲奈を除くとこのクラスには三十六人のクラスメイトがいるが、現状ほぼ全員が恋人持ちという密度を誇っている。
それもこれも、少子化対策だとかいって国が奇天烈な制度を設けたおかげだ。
いくら誰もが恋人持ちの状況とはいえ、自分の状況を話すことに恥ずかしさを感じずにはいられなかった。
なぜなら、こんな恋愛イージーモードの世の中なのに、俺は未だに恋人が出来たことがなく、いまも誰とも付き合っていないからだ。
だが正直にそう答えられるわけがない。そんなことをすれば、なんというか、玲奈と変な雰囲気になりそうで困る。彼女は魅力的な外見をしているが、クラスメイト全員の前で『嫌いなものはメインヒロイン』なんて叫ぶ奴とうまく付き合っていける自信など俺にはなかった。
それに、恋人はいなくとも気になる人はいる。
恋人のことを訊かれた俺は、相手からしたら気持ち悪がられるかもしれないが、その現在気になっている女子――玲奈を挟んで二つ隣に座っている黒髪の女子をちらりと見た。
できれば誰にも悟られたくなかったが、嫌なことほど起こるとはよくいったもので、玲奈には俺の視線を追われ、視線を送った先の彼女とは目が合い、露骨に逸らされてしまった。申し訳ないが、彼女が頬を赤くして恥らう仕草は非常にかわいらしくて胸がときめいた。
「へぇ。そう。良かったわ、恋人がいるみたいで。これであたしは、あんたにとってはモブ女ってわけね」
急に素っ気ない声色になった玲奈は、それで会話は終了だというように顔を正面に戻した。
その転校生の横顔を眺めて、俺は確信したことがあった。
いや、俺でなくとも、誰にでもわかることだ。
こんな変わり者が、モブキャラとしてプロローグでフェードアウトするわけがないことくらい。
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