ドラゴンハンター井田~コイツに頼ってて大丈夫か?今夜、竜神様が舞い降りる~

辻(仮)

出会ったのはチンピラのような男だった




「おめでとう、マリア。君が竜神様の花嫁だ」

「おめでとう!」

「おめでとう、マリア」


舞いちる花びらの雨。

カランカランと教会の鐘が鳴り、広場に集まった村のみんなが祝福する。

マリアは微笑みを精一杯に浮かべて、参列してくれたみんなに礼をつたえた。


「ありがとう、みんな」


夕暮れになれば山頂にある祭壇に向かい、そこで竜神様のお食事として身を捧げ、神の血となり肉となる。村ではそれを『花嫁になる』と尊んでいる。


「ああ、マリア……きれいよ……」


マリアの母は顔を両手で覆って泣いており、父は母の肩をつらそうに支えている。


「ママ。寂しいかもしれないけれど、悲しまないで。おめでたいことでしょう……?」


マリアが声をかけても、父母の顔は晴れない。

参列者から少し離れた場所に弟の姿を見つけて、マリアは歩み寄った。


「ダレン、パパとママのことよろしくね」

「……姉ちゃん……」


ダレンは拳を震わせて俯いた。



「――お、結婚式か?」


そのとき声が聞こえて、皆が村の入り口を一斉に見やった。

男は奇妙だった。東洋の絵で見た「着物」と呼ばれる服に身を包んでおり、腰には「刀」を差している。髪と瞳はカラスのように真っ黒だ。


「だれだ、お前は!? 部外者が入って来るな!」


太鼓腹の村長が唾を飛ばすが、男は気だるげにざんぎり頭をかく。


「ドラゴンがこっちに向かったって聞いてよォ」

「ド、ドラゴンだと!? まさか竜神様のことを言っているのか!?」

「竜神さま? んだそりゃ、ドラゴンが神さま?」

「きさまっ、無礼だぞ! 村が祟りにあったらどうしてくれる!」


村長が怒声を張り上げるが、男は呑気にあくびをしている。

そこに壮年の神父が柔らかい物腰で割り入った。


「旅のお方。今日は三年に一度の大切な日なのです。申し訳ありませんがお引き取り下さいますか」

「あぁ? んじゃ宿屋にでも――」


しかし村長が睨んでおり、宿屋の主人はブンブンとかぶりを振る。

さらに怒りに満ちた村長は、珍客に向けて指を突き立てた。


「即刻、村から立ち去れ! 貴様のような無礼者を泊めるものはいない!」

「ええ……」


男は猫背ぎみの背中をさらに脱力させて、村を出て行った。



***




花嫁の弟であるダレンは、男のあとを追って森に踏み入った。

億劫そうに歩いている男にすぐに追い付き、声を張り上げる。


「オイ、あんた! どこに行く気だ!」

「あ? んだテメェ、村のガキか」

「質問に答えろ、どこに行く気だって聞いてる!」

「ドラゴンを探してんだけどォ」


ダレンは鼓動をはやらせた。


「もしかしてあんた、ドラゴンを倒すつもりか?」

「そう。……あ~~いや、」

「俺はドラゴンを竜神だなんて思ってない。あんなのでっかいトカゲだ! そうだろ?」

「まァ、そうだな」


ドラゴンは体長五メートルの巨体で、刃物を通さない銀色のうろこを持ち、炎を噴き出すという話だが、所詮は知性のないトカゲだ。

同意を得て、ダレンは前のめりになる。


「なぁ、頼む……! 案内するから、ドラゴンを倒してくれ! 姉ちゃんが生贄にされちまうんだ!」


もともと姉をどうにか逃がそうと考えていたが、彼がドラゴンを倒すつもりだというなら話は別だ。

男は「へぇ、いいぜ」と口端を上げた。


「俺、井田。おまえは?」


その名を聞いて、ダレンはぱちりと瞬いた。


「井田って、ドラゴンハンター井田か!?」

「おー、そう呼ばれることもあるけど」


噂に聞くドラゴンハンター井田なら、きっと竜神でも倒せるはず――!

そのときだ。


「ぎぇッ!?」


井田が尻もちをつき、ダレンは真顔になった。

向かいにいるのはアリ型の魔物である。体長30cmほどで、大した強さではない。


「アリだけは駄目だッ! アリはッ!」


こいつ大丈夫か? と思いつつ、ダレンは護身用の剣を握って魔物を切り伏せる。

よくよく見れば、井田の外見はとても頼りなかった。体はやせぎすで、顔色はくすんでおり、三白眼で目つきの悪い風貌はチンピラのようである。


「ぎぁぁ! ムカデ!! ムカデも駄目だ!! ムカデは!!」

「あんた……」

「クモ!! クモもだめだ!! クモはなァ!!」

「……」


やはり姉は自力で助けるしかないのでは――。


ダレンは確信した。この男はドラゴンハンター井田とたまたま名前が同じだけの別人だ。珍しい名前だから早とちりしてしまった。


「だけど……姉ちゃんを生贄にさせてたまるか」


ずんずん進んでいくと、井田が「待て」と追って来る。


「村の連中がいるぞ」

「モタモタしてたから追い付かれた……。祭壇に姉ちゃんを運んでるんだ」


みこしを担いで、男たちが山を登っている。

祭壇に着いたあとは花嫁を縛り、神父が祝福の言葉が送り、花嫁は独りで夜を待つはずだ。




***




「天におわします神よ。我らにかてを与えたまえ……」


夕日に染まった祭壇の上。神父はほの暗い笑みをマリアは見上げていた。

両手足は逃げられないように縄でぎっちりと縛られている。

村の男衆は少し下山したところで待機しており、いまは神父が祝福の言葉を送る時間だった。


しかし、今の台詞は祝福の言葉なのだろうか。

神父が懐からナイフまで取り出したとき、マリアは瞳を揺らした。


「し、神父様。何をなさるおつもりですか……?」

「ふむ、きみにはこれから隠し部屋に入っていてもらうよ」

「え?」

「そのあとは奴隷商に売らせてもらう。きみは透き通るような肌と青い瞳をしているからね、良い値がつくだろう」


理解しきれないまま、マリアは肌をぞくりと粟立てた。


「なにを言って……そんなことをすれば、竜神様がお怒りになるんじゃ」

「は!? あーハッハッハ!」


神父は腹をおさえて笑った。


「全部デタラメに決まっているだろう! 人間を一人食べたくらいでドラゴンが大人しくしているわけがない。そもそもこの山にドラゴンなんて棲んでいないよ……!」


マリアは神父の変貌ぶりにゾッと肝を冷やした。

竜神に食べられるのも恐ろしかったけれど、これからどんな目にあうのだろう。

さらに、三年前に花嫁にされたエレナの姿が頭に浮かんでくる。


「……それじゃあ、エレナお姉さんは……!?」

「あぁ、きみの従姉妹だったな。金貨五枚で売れたさ、良い小遣いになったとも!」




「あンの、野郎……!!」


このときダレンは木影で会話を聞いていた。

「竜神様のお嫁になるのはおめでたいことなのよ」と微笑んでいた思いやりのある従姉妹は、こんな野郎に売られていたのか――。

奴隷は違法だ。姉のマリアはあまりの事実に涙ぐんでいる。


ダレンは咄嗟に飛び出していた。


「テメェッ許さねえ……! 姉ちゃんから離れろ!」


尖った剣先を向ければ、「ダレン!?」とマリアが声をあげる。


「じゃあドラゴンはいねえのか?」


奇妙な和装の男――井田も現れる。

神父は驚愕していたが、銀色に光るナイフをマリアの首にすばやく押し当てた。


「そこから一歩でも近付いてみろ! マリアの命はないぞ!」


次の瞬間、ザッと風が吹き抜けた。

キィンと金属音が響いて、ナイフが空を舞っていく。


「悪いことはするモンじゃねーぜ」

「な……!?」


ニヤリと井田が笑んでおり、ダレンたちは何が起きたのか理解できなかったが、先に我に返った神父が逃げ出した。


しかしタイミング悪くアリ型の魔物が進路を塞ぐように現れる。

井田は「ぎぁぁッ」と悲鳴をあげていて使い物にならない。


「待て!」


ダレンは魔物を切り捨てた。

神父を追いたいが、姉を置いてはいけない――。


「――姉ちゃんが優先だ! 井田、手伝ってくれ!」

「う、おぉ……」


ふたりで刃を使って切っていく。


「姉ちゃん! 急いで村に戻ろう! 竜神の話は出まかせだったって皆に説明しないと!」

「そうね……でも、」


「信じてくれるかしら……」という小さな呟きは、井田の耳にしか聞き取れなかった。





***





「は、花嫁を連れ帰ったあげく、神父様に襲いかかったなんて!」

「お前ら、何をしたのか分かっているのか!」

「村は終わりだ……!! 竜神様の天罰がくだるぞ!!」


カンカンカンと警鐘が鳴り響き、夜の広場にみんなが集まってマリアとダレンと井田を取り囲む。母はマリアを抱きしめ、父は家族を庇いながら弁明した。


「申し訳ございません! 息子は、娘を想ってのことで――!」

「そんな言葉が竜神様に通用するかぁッ! 貴様が甘やかすからこうなる!」


顔を真っ赤にした村長が怒声を浴びせる。

ひと足先に村人たちと合流した神父は嘆かわしげに訴えた。


「今からでも遅くありません! 祭壇にマリアを捧げるのです。そこの旅人は牢に入れなさい!」


恐怖に駆られるままに村人たちはクワやオノを突きつける。

すると井田は静かなたたずまいで刀に手を伸ばした。


「て、抵抗しても無駄だぞ!」


「あ? おまえら、この声が聞こえねえのか?」


……グォオオオオ……。


そのとき地獄の底から上がったような雄たけびが響き、村人たちは一斉に顔を蒼白にした。


「りゅ、竜神様!?」

「竜神様がお怒りになられた……!!」


バサッバサッ、と不吉を予兆するように翼の音が大きくなり、木々の葉が吹き荒れる。

月を背負ってやってきたのは、銀色の鱗に、十メートルはあろうかという巨体だ。

牙の並んだ獰猛な口端からは火が漏れ出している。


「……竜神、さま……?」


マリアはぽかんとした。

山に竜神様は棲んでいないと、神父様は言っていたのに。


「し、神父様! お助けを!」


村長が神父の腰にがばりと抱き着き、神父は逃れようと躍起になって暴れた。


「は、放しなさ――!」


しかしゴォッと突風が通り去ったとき、村長の腕の中は空っぽになっており、ドラゴンのとがった牙の間からは神父の足が生えていた。


「うわぁあああ!」

「お、終わりだ!」

「誰かぁぁッ!」


グオォォオオ!!!


ドラゴンが咆哮を開ければ森の茂みがざわめき、アリやムカデ、クモなどの魔物たちが飛び出してきて錯乱しきったように右往左往する。地獄絵図のような光景の中、上空でドラゴンが旋回し、広場にいる人々をふたたび目指してくる。


「竜神様、お赦しください――!!」


絶望に満ちて祈る中で、猫背の男がふとマリアたちの前に立った。


「ただのドラゴンだよ」

「井田!?」


ダレンは驚愕する。

昆虫だらけの状況だというのに、あの井田が悲鳴を上げていない。

井田はブツブツと何かを呟いている。


「……地獄を終わらせるにゃ、やるしかねぇ……」

「井田!?」


ダレンの声は届いていないようだ。

井田は高い木に向かって走り出すと、幹を飛び台にしてしならせ、ぐんと空高く跳躍する。そして刀をふりかぶった直後、鎌首をもちあげていたドラゴンの頭部をスパンッと鮮やかに切断した。首と胴体が落ちて地面をズゥンと震わせ、切断された肉の断面からは真っ赤な血が噴き散った。


村人たちは間抜けにあんぐりと口を開く。


カチン。

刃を鞘に納めて、井田は縮こまった。


「む、虫は駄目だっ!」


ドラゴンが倒れたことで混乱は収まり、虫たちは速やかに森へ帰っていった。



***




「おい、井田っ!」


翌朝。井田が宿屋を出ると、教会から慌ただしい様子のダレンが飛び出してきた。

井田は首を傾げる。


「みんなで話し合いしてたんじゃねーの?」

「さっき終わった。ドラゴンの専門家を招いて一度話を聞いてみようって」

「そりゃ良かったなな」


井田は他人事のように脱力した笑みを浮かべており、ダレンはもどかしくなった。


「なあ、うちに泊まってけよ。姉ちゃんたちもお礼したりないって言ってる」

「わりーけど、俺は次のドラゴンを倒しに行くから」


突然現れて、みんなを助けて、風のように立ち去ってしまうのか。

村を囲む森を怖がっているようにも見える。


「なぁ、あんたが虫が苦手なのって、ドラゴンが何か関係してるのか……?」

「ん、あ~~……ちょっとな」


井田は後頭部を搔いた。


「大したことじゃねぇけど。ガキの頃、故郷がドラゴンにおそわれて、パニックになった虫の群れに下敷きにされたことがあンだよ」

「え」

「たまたま旅のジジイが助けてくれたから故郷は無事だったんだけどな。そのあとソイツに『頑丈だから修行してやる』って捕まえられて、谷底で修業させられたんだ。そこに虫がうじゃうじゃいて……そっから完全に無理になっちまって……」


うう、と悪寒を耐える顔をしていて、当時のことを思い出しているようだ。


「ソイツが『俺みたいになれ』ってうるせーんだ」


井田は遠い眼差しで懐かしそうに薄く微笑む。


「そんじゃな」


そして身をひるがえして去って行く。

気だるげなのに彼の歩みは速く、その背中はみるみるうちに小さくなっていく。


「……井田! 負けんじゃねえぞ!」


ダレンは思わず叫んでいた。

彼にも故郷があり、恩人がいるのだ。

井田は振り返ることなく、手をひらひらと振った。


後日招いたドラゴン専門家によると、『ドラゴンハンター井田』は東の国から現れ、世界中の町や村々を救っているという。


ダレンも旅に出た。

竜人の花嫁として生贄に出され、奴隷として売られてしまった従姉妹のエレナを探している。


従姉妹だけでなく、困っている人を自分のできる範囲で救い出そう。

硬く誓って前へ進んだ。






おわり




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