異世界転生システム

月山朝稀

異世界転生システム


『異世界転生システムへようこそ』


 突然聞こえた音に、目を開ける。

 あたりを見渡せば真っ白で何もない空間にいた。

 先ほどまで私は畳の上で横たわっていたような……。

 じっくりと思い出す。確かに、私は子どもや孫たちに囲まれ声を振り絞り、最期の挨拶を送っていた。


「ということは、死後の世界か」


『いえ、厳密にはまだ魂の移行は完了しておりません』

 男とも女とも判別つかない声が告げる。

 周囲を見ても誰もいない。

「あなたは誰だ。どこにいる」

『こちら、八十七年と百十三日前に、ご登録いただきました異世界転生システムでございます』

 九十年近く前……、十代の頃になにかしていたのか?

『ご登録いただきました。魂に記された証文によりますと、ご本人様によるご登録でございます』

 音声は、私が口に出さずとも答えてくる。だがその驚きよりも、告げられた内容に頭を抱えた。

 十代の頃、確かに異世界ファンタジーの定番である剣や魔法の世界に憧れていた。その頃の自分が後先も考えず、なにかに登録してしまったのだろう。


 登録した記憶は私にはないが、納得はいく。今でも異世界には憧れがあるからだ。『異世界転生システム』などという非現実的なものも、私はすんなりと受け入れることができた。

 本当に異世界転生できるのなら、魔法の使える世界がいいな。魔法があれば絶対に生活が豊かになる。火や水や、電気までも自分の力で生み出せるとなると、資源を使わずに済むし生活する費用も安くなるはずだ。魔法が使えたら、世の中便利になるに違いない。

 魔法の世界に思いを馳せていると、音声が鳴る。

『転生先は、ある程度選ぶことができます』


 では、魔法がみんな平等に使えて、魔法を中心に生活しているような世界がいい。エルフやドワーフなんていったいろんな種族もあるといいな。冒険には憧れるが、あまり危険のない生活を送りたい。衛生面や食事もこの世界と変わらぬほうがいい。

 

『検索の結果、すべての条件に当てはまる異世界が、一件、存在します』

「じゃあ、そこでお願いします」

『かしこまりました。今から魂は現世界を離れ、異世界に転生されます。その際、現世界の記憶は一切残りません。歪みを防ぐため、こちらで得た能力も持ち込めません。よろしいですか?』

 こくんと頷くと、システムは『承知いたしました』と告げる。

 そして、真っ白だった視界は一気に黒へと変わった。




「ちょっと。また魔力費上がってるんだけど」

 妻の声に、持っていたデバイスを机に置く。彼女が話している最中に、何かをしていると酷く怒られるのだ。

「魔力費は仕方ないだろう。魔力の元となる魔素が枯渇性資源なんだから……」

「そんなこと言って、エルフたちが独り占めしてるんでしょ? 森に行けばあるんだから資源なんて」

「もとはエルフたちが発見して管理していたものだったからな、魔素は。それを我々人間が分けてもらってるんだ。枯渇の心配があるから制限する、と言われたら何も言えないよ」

「エルフが生み出したわけでもないじゃない! 魔素はこの世界のものでしょ? 最初に見つけたから分けないなんて卑怯よ!」

「分けてはいるだろう。……高くなっただけでさ」

 妻がより怒るとわかっていながらも、つい正論を吐いてしまう。

「それが卑怯なのよ! 魔素がないと活動できないのはみんな一緒じゃない! この世はみんな魔力で動いているんだから! 魔力費を稼ぐために魔力を使って働いて……。あー、あたしってなんのために生きてるのかしら!」

 

「確かに、もっと魔素に頼らずとも生きていけたらいいのにね」

 大きく足音を立てて立ち去る妻の背中を見つめながら呟く。

 私もふと、この世界で生きる意味を考えてしまうことがあった。

 考えても意味はないけど、と思いながら机の上に置いたデバイスを手に取る。つるりとした石の画面に触れると、腹の底から力がぎゅんと吸い取られていった。この感覚には一向に慣れず、小さく息を吐く。

 

「自身の魔力を糧にせず、勝手に火や水が出たり、光が灯ったりする便利な力があればいいのになぁ」

 石板にぱっと文字が浮かびあがり、先ほど見ていた情報が流れる。

 

『異世界転生システムに登録しますか?』




 

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異世界転生システム 月山朝稀 @tukiyama-asaki

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