中編


 学園にはアポロの顔パスで入ることができた。


 広い敷地内。

 ひとつひとつが大きく、土地が余りまくっているのがよく分かる。


 大仰な扉があった。アポロが在籍している教室とのことだ。

 扉を開け、入ると、視線が集まった。


 アポロが手を上げて――「ただいまっ」

 振り向いたアポロがユーカの手を引き、自慢するようにユーカの腕にしがみつく。


「うむのヒトモンっ、やっと成功したんだよっ」


「あっそう、遅いわよ、アポロ」


 同じく、十歳(まあ、アポロのクラスメイトだし)の少女が前に出た。

 長い青髪の少女、ロコット・ミリオン。

 彼女だけ制服のデザインが少し異なっているのは理由がありそうだ……特別仕様なら、やはり優秀な生徒、だからだろうか。


「基礎中の基礎でしょ、しかも初歩でもある……召喚魔法ひとつ使えるようになるまで何か月かかってるの? あなたがモタモタしてる間に、こっちはヒトモン使いとして五十歩も百歩も前へいってるんだけど。今からあなたががんばっただけで追いつけると思ってるの?」


「追いつけるっ、と思う……」

「なんの根拠があって言ってるの?」


「うむと――ユーカならできるもん!」


 予想はしていたが、勘定に入れられていた……まあ、ユーカも使い魔だ。主人が望むことを、できる限りのことはしたいと思っている。


 やる気はあるのだ。

 できるかできないかは置いておくが。


「ふぅん……アポロのヒトモンねえ……」

「あ、ども」


 ユーカの周りをぐるぐると。観察するロコットの視線が痛く突き刺さる。

 警戒されてるなあ、と居心地の悪さを覚えるユーカ。


「……連れてこられて悲愴感がないのはうちの子と似てるわね。あなたもさ、ちょっとは怯えたらどうなの? そっちからすればここは異世界、いきなり召喚されて、奴隷扱いを受けてるわけなんだけど? 怒って当然でしょ」


 奴隷、という概念はあるようだ。


 そして自覚もしているらしい……ということは、過去に奴隷はいたしそういう制度もあったが、今は改善されている……と?

 首輪をつけての連れ回しは変わっていないけれど、奴隷にも守るべき人権があるのだと認められたのか。


 それが、今のヒトモンという存在。


「怒って……、でも、怒ってもしょうがないしなあ……。それに、楽しそうだなって」


「楽しそう? その立場でよくそんなこと言えるわね……」


 そう口に出してから、「いや、うちの子もそんなこと……」とロコットが考え込んでしまった。ロコットのヒトモンとユーカは似た者同士らしい。話が合いそうだ。


「アポロもいるし……不安はないかな」


「ユーカ……っ。もうこんなになついてくれてる……大好きっ!」


「僕もアポロのこと好きだよ」


 短時間でここまで打ち解けられるとは、ユーカ自身も意外だった。

 アポロが純粋、素直ということもあるが、こうも無邪気に懐かれたら無下にもできない。ユーカが懐いたと言うより、アポロが先にユーカに懐いたのだ。


 明け透けに人格を見せられたら信用してしまう。

 アポロの素のやり方は人の心を開かせることに適していたのだ。


 実際、こうしてユーカは心を開いているわけで。

 ……アポロにはもう逆らえなかった。首輪がついているから、ではなく、気持ちとして。うんと離れた妹のような感覚を持ってしまえば、厳しくするのも難しい。


 ひとりっ子だから、甘くなってしまうのだ。


「アポロ、くっつき過ぎ……」


「あ、いやだった?」


「そんなことない!」


 アポロの頭を撫でると、溶けた笑顔を見せてくれる。

 ユーカの中で、色々とぶっ壊れていく感覚があった……。


 今ならどんな無茶ぶりにも応えてあげようと動いてしまうだろう。

 それが悪いことではないはずだが……。


 最初からお互いに好感度がマックスのふたりに、横で見ていたロコットが露骨に苛立っていた。分かりやすく「チッ」と舌打ちし、大きな溜息を吐く。



「――落ちこぼれのくせに、はしゃいでんじゃないわよ」



 ぴり、っと。

 空気が凍った。


 ロコットの苛立ちが、教室全体に伝播した。

 そのため野次馬的に集まっていたクラスメイトの少女たちが、関係ないのに委縮してしまっている。フォローにも入れないほど固まってしまっていた。


 なにより、一番小さく縮こまってしまっていたのは、アポロだ。


「ご、ごめんなさ、」


「あなたがいつまで経っても変わらない落ちこぼれだから……うちのクラスはバカにされるのよ……。なんで選ばれた魔法使エリートいしか入れない学園に、あなたみたいなのが……ッ!」


「…………」


 しゅん、と落ち込んでしまうアポロ。

 実際、成績が悪いから、反論できないのだ。


 アポロには、ロコットの言い分に強気に出れる勇気も、力もなかった。

 結果が伴っていなければ返す言葉がない。


「……ごめんなさい」


「強くなる気がないなら学園をやめなさいよ。いてもらっちゃ困るの。だから――」



「おいっ!」



 アポロを庇うように。


 前へ出たのは、ユーカだ。


 その声に気づく前から、アポロは首輪に繋がる鎖をぎゅっと握り締めていた。


 ユーカは自他ともに認めるオタクである。あるが……見た目に似合わず好戦的だ。

 それは、オタクになったのが最近であるというだけで、元々は血気盛んな方の運動部だったからだ。細身だが筋肉はそれなりについている柔道少年――。


 大会で上位に食い込むほどの実力はないが、しかしやる気だけはあった。

 二次元に興味を引かれるまでは……。


 アニメにハマったことで、他の全てを投げ出したのだ。ハマると、とことんまで深く入ってしまう……。たとえ以前の趣味をやり切っていなくとも。


 結果が出ないまま、別のところへ視線を向けた……それが悪い、とは言わない。

 誰にも言わせない。


「言い過ぎだよ……アポロに謝れ」

「……うるさい犬ね。アポロ、あなたの躾けが悪いからこの駄犬が調子にの、」


「アポロは弱くないぞ。落ちこぼれでもない――おまえがそう信じたいだけだろ」


「……なんですって?」

「アポロが弱くないと困るのかな、お嬢さん?」


 ユーカの分かりやすい挑発に、ロコットが、ぴきき、と顔を引きつらせた。


「……ねえ」

「ゆ、ユーカっ、言いすぎっ」


「いいや、言い過ぎじゃないね。子供の喧嘩だと思って口を出すつもりはなかったんだけど……これはダメだ。一方的過ぎるよ。それに、ご主人様をバカにされて黙っていられる駄犬じゃないんでね。……僕は駄犬だろう? だったらこのまま噛みついてやろうか」


「――へえ、いい度胸ね」


 怒りを含んだ笑みを見せたロコットが大きく足音を立てた。


「正式に、決闘を挑もうかしら」

「決闘か」


「っ、ユーカにはまだはやいの!!」


 アポロが止めるも、もう遅い。

 やる気になってしまった両者の言葉で、展開がどんどんと進んでいく。


「分かる? 決闘。ヒトモン同士を戦わせるのよ。もちろん、魔法もあり。防護魔法発動を前提とするなら命を狙うこともありよ」


「魔法……バトルか!」


 ゾクゾク、と恐怖よりもワクワクが勝ったユーカがアポロを期待の眼差しで見た。


 無邪気な瞳に、アポロが、うぐ、と。

 期待に応えてあげたい、という欲が出たらしいが、アポロは小さくも、最後の抵抗をした。


「……うむ、まだやったことないし……」


「じゃあやってみようよ! やってみなくちゃ分からないことがあるって!」


「でもでもっ、ユーカ、戦えるの……?」


 命のやり取りをする、という意味ではやったことがない。

 が、試合形式で勝敗をつける肉体勝負なら、経験がある。

 浸っていた、とも言う――。


「柔道をやってたからね……なんとなく、できるとは思うけど」


 アポロは、「じゅーどー?」と首を傾げていたが。

 ロコットは「柔道ね」と知っているらしい。え、知ってるの? と思ったが、ヒトモン――ならぬ日本人がいる世界だ。日本の文化が知れ渡っていてもおかしくはなかった。


 そう考えると知らないアポロがおかしい気もしてくるが……、こういうところが落ちこぼれなのだろうと想像できる。

 知らないことがおかしい、と言うつもりはないが、きっと少し調べれば出てくることなのだろう。そこを怠るから、アポロは未だに……。


 本人も充分、よく分かっているだろうけど。


「肉弾戦に特化したヒトモンなのね……ふうん」


 なんだか分析されている。

 決闘前にロコットに情報を渡し過ぎてしまったかもしれない。


「大丈夫だよ、アポロ」

「え?」


「――絶対に勝って、アポロを喜ばせてみせるから!」


 アポロの両手を包んで約束をする。


「う、うん……」


「立派なヒトモンね。まあ、わたしが潰すから嘘つきヒトモンになるけど」


 近づいてきたロコットが白い手袋を外した。

 そして、大きく振りかぶって、手袋をアポロに叩きつける。


「決闘よ、アポロ」


「望むところだ! おまえなんかちょちょいのちょいで倒してやる!!」


「言いすぎっ、ユーカぁ!!」


 ご主人様抜きで色々と進めてしまう悪癖は、注意しなくてはならない。

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