ヒトモン!!

渡貫とゐち

第1話


「……さて、始めようか。戦争だっ」


 と、カッコつけて言ってみたものの、彼はただの来場者である。


 羽場はばユーカ。

 十六歳のメガネ少年はリュックを背負い夏のコミケに突撃した。


 目的はもちろんお気に入り作家の新刊である。チケット制になったので入場者が制限されているため、ひと昔前の人がごった煮になっている……という過酷さはない。

 それでも夏の熱さは増していくばかりなので辛いことには変わりないが。


 それでも、ワクワクが熱さを誤魔化してくれているので過酷さは気にならなかった。


「あ、それと。ついでにエソラのことも探さないとなー」


 近所に住む中学からの知り合い、三井みついエソラ。


 実は……、彼女は数か月前から行方不明である。事態は深刻、ではあるのだが、元々東京に行きたいと言っていたし、もしかしたらコミケにきているのでは? とも思っていた。

 自分と同じように推し作家の新刊を周っているのではないか、と。


 つまり、バッタリ出会うことを期待している。


 漫画、アニメ好きで趣味が合う。というか、ユーカにこの趣味を教えたのは他でもないエソラであり、コミケに行く約束もしていたのだが……見ての通りすっぽかされた。


 ドタキャンでない分、まだマシだが……。

 行方不明になるなら事前に言っておいてほしいものだ。



 数か月の行方不明、と言ったが、家出と考えればなくはない。警察にも相談し、実際に捜索もしてくれているので、まったくの音沙汰なし、手がかりなしなのは気になるが……。


 会場でエソラを探しつつ、しかし優先は最新刊だ。

 大量の戦利品を背負いながら、見て回っていると……コスプレブースへ辿り着いた。

 コスプレについては今まで興味がなかったが、近くで見ると興味が惹かれた。


「へえ、そっくりだなあ」


 知っているアニメの衣装だったのでまじまじと見てしまう。見られることを許容している人たちであるとは言え、じろじろ見られるのはどう思っているのか。


 もちろん、露骨に嫌がることはないだろうけど……なんだコイツ、とは思われていそうだ。まあ、だとしても、こんなところでコスプレをする方が悪い、と言ってやるが。


 コスプレしてポーズを取っていながら見られたくないとはどんなボケだ??


「撮影なら並んでくださーい!」


 と、コスプレイヤーが大声で案内していた。

 イベントなのでルールがあるわけで……知らないところに踏み込んでしまったユーカが、おとなしく迂回しようとしたところで。


 足下が青く光っていることに気づいた。演出? コスプレイヤーの?

 それとも会場の……、ではなさそうだった。


 客だけでなく、運営スタッフも戸惑っていた。

 地面に描かれた青い光――その読めない文字列は、まるで魔法陣である。

「すごい演出だな……」と異変に気づけなかったユーカは、自分の身になにが起こったのか分からなかった。周りの人もそうだろう……きっと誰も理解していない……できないはずだ。


 光を踏んでいなかった人たちが観測したのは――集団消失。


 神隠し。


『……え?』


 唖然とする周囲……、遅れてどよめきがあった。


 後に分かったことだが……コミケの会場にいた約五十名が、跡形もなく消えていた。



 目を覚ますと、見えていたのは晴天だった。

 気候は……暖かく、風があり、過ごしやすい気候である。


 今の環境に心地良さを感じる……日本がどれだけ過酷なのかがよく分かる。


「…………、ここは……?」


 記憶が飛んでいる。

 景色は日本ではなかった……外国?



「やっと出たっ、うむのヒトモンっ、召喚成功だっ!」



 体を起こしたユーカに飛びかかってきたのはまだ小さな少女だった。十歳、くらいだろうか……日本人離れした銀髪を肩で揃えている。やはり日本人じゃない。


 現実に見たことがない美少女だ。

 アニメの中にしかいなさそうな……小さいながらも制服を身に着けている。胸元にはネクタイ……あれ? と思ったが、スカートを穿いているのでやっぱり女の子か、と安心した。


 飛びかかってきた少女がユーカに抱き着いた。軽い体なので受け止めることは容易だ。


「ちょっとまってね……これ」

 と、少女がユーカに、首輪をはめようとしてくる……「ちょっと待て!」


 彼女の肩を掴んで引き剥がす。ギリギリ、首輪を回避することができた。


「いきなりなんだよ、きみ!」


「あ、逃げないで……っ、こ、こわくない、から、うむがご主人だよっうむのヒトモンーっ!」


 彼女を優しく地面に置いて――振り向き、全力ダッシュで距離を取る。


 芝生があった公園から出て、町の中へ。見れば見るほど景色は異世界だった……、曲がり角を曲がると、そこに広がっていたのは――――主従関係、である。


 さすがに四つん這いになっている人はいなかったが、首輪がついている人間、首輪から繋がっている鎖を持つ主人が多い。首輪がついている人間は、主に日本人が多かった。


 主人の方は、端正な顔立ちばかりである。

 美男美女。こうして見ると日本人の顔の作りが劣っていることがよく分かる。主観とは言えこれは……、反論もしづらい差があった。


 外国だったらここまでの差はないだろう……だからこそ、もっと遠い場所だ。


 国ではなく世界が違うのだろう。

 だって、こんな人権無視が許されるわけがないのだ。

 なら、答えはひとつしかない――――。


 魔法陣に吸い込まれたのだ。


 もしかして、異世界に飛ばされた??


「えいっ」


「あ」


 後ろから、先ほどの少女が近づいてきて、ユーカに首輪をつけた。

 ガッチリとはまってしまった首輪は、両手で掴んでも外すことができず……。


「よろしくねっ、うむのヒトモン!」


「うぇ……」


 にこ、と笑顔を向けられたが、ユーカは苦い顔しかできなかった。



 首輪がはまった時点で、逃げられないことを悟り、そもそもどうやって元の世界へ帰るのか――その前にここはどこなのか、色々と調べなければ動くこともできない。


 ので、彼女――ご主人様だ。少女、アポロ・スプートニク。

 せっかくなのでご主人様に頼ることにした。頼られたがっていたし。


 ユーカが飼い犬であるのなら、そのお世話をするのは彼女の役目である。


「えっほ、えっほっ」


「きゃーっ、ユーカ、はやーい!」


 体重の軽いアポロを抱えて小走り。彼女、悲鳴を上げてはいるが喜んでいそうなので怖がっているわけではない……大丈夫そうだ。


 今、ふたりはアポロの指示で魔法学園へ向かっている。どうやらこの異世界、魔法世界なのだそう……よおく知っている、とユーカはうんうんと頷いたものだ。

 異世界ってやっぱりこうでなくっちゃね! そして、ユーカをヒトモンと呼んだのは、ユーカたち人間(日本人?)が、召喚魔法によって召喚された、モンスターだから……。


「なるほど、僕らはつまり、使い魔ってことか」


 簡単に言えば奴隷なのだが、しかしアニメ好きであればよく見る設定である。奴隷に対し、嫌悪感はなかった。

 すれ違う人たちは首輪の存在に苦々しい顔をしていたけれど、あまりアニメを見ない人たちなのだろう……まだ抵抗があるようだった。

 いや、アニメ好きでも気になることだろうか。ユーカは自分を基準にしてしまったので嫌な人の気持ちが分からなかった。使い魔への扱いは優しい世界のようだし……。


 受け入れてしまった方が楽だ。

 この世界、楽しんだもの勝ちだとユーカは思っている。


 そんなわけで、ユーカはポジティブにこの世界を生きる。


 ひとまずは、ご主人様であるアポロと仲良くなろうと決めたのだった。

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