新作短編「ディアモン:悪魔の契約」後編

 二人の喧嘩(ではなさそうだけど……)を眺めながら、桃色の少女が俺の横へ。


「……君はどっちなんだ? 

 いや、でもさっき、才能でごり押しする方に賛同していたか……」


「どっちでもいいし、片方に傾倒してるわけじゃないよ。

 流行りがあるからね、流行っている方が、勝てるやり方なんだ。だからあたしは流行りに乗って戦い方を変えるだけ。ククみたいなごり押しの時代もあれば、ネネみたいな工夫と発想が勝利した時代もある……、勝てればなんでもいいよ。

 だからあなたみたいな中堅が流行ればあたしも使うし」


「中堅……」


「上位のディアモンじゃないでしょ。でも弱いディアモンでもない。……中途半端なところかな。ネネからすれば弱い部類に入るらしいけど……。

 だからネネも、才能で分けられたディアモンのカーストは意識してるみたいだね」


「ところで、ディアモンって、なに?」


「ようするに、『誰に首輪をつけられたいか』って話なんだけど」



「わたしが育てるから、ちょーだい」


「……アンタが目をつけたってことは、意外と使えるんじゃないか……? ちょっと待て。しばらくはアタシが使う。アタシが召喚したんだ、アタシのもんだろ?」


「違うよ。まだ契約してない。だからわたしがマスターになることもできる」


 ククとネネ(……だよな? 似ている名前だからややこしい)が、不穏な空気を作り出す。

 さっきまで、対立こそしていたけど、喧嘩はしていなかったはずなのに……。


「わたしの」

「アタシのだ!」



「……二人から睨まれてるんだが……これ、俺に決めろって言ってんのか……?」


「アドバイスしてあげようか?」


 まだ名前を知らない、残った桃色の少女が言った。


「『クク』って言っておかないと、不機嫌になったあの人がどういう行動を取るのか分からないよ。……いや、分かってはいるけど、どういう手段でくるのかは分からないから、とりあえず選ぶべきはこっちかな。……まあ、契約した後が幸せとは限らないけど」


「……ちなみに、君にすると言ったら?」


「いらなーい、パス。あたしと契約したかったら、あんた自身の戦い方を流行らせてみなさい。勝てる戦術か、才能を見つけたら、たとえそれが腐っても見てあげる。

 ――流行った後に廃れても、それは周りが飽きただけの可能性もあるし……。勝てる手段をわざわざ自分から捨てるのはもったいないからね――」


 その後、彼女のアドバイス通りに「クク」と答えた。

 呼び捨てにしたことを殴られたが、俺は彼女のディアモンとして、彼女たちと一緒に過ごすことになる。


 異世界を――


 俺と同じように、地球の日本からやってきた『人間』と、何人も出会った。

 俺も含め、その存在こそが『ディアモン』と言うらしい――。




「おら、早くいくぞ――ちんたら歩いてんじゃねえぞ」


 ククに首輪をつけられた俺は、文字通りに鉄の首輪をつけられている。

 鎖で引かれた俺は、彼女の早い速度に合わせて歩かないといけない。


 必然、小走りになる。


 裸足なので、最初こそ傷だらけだったが、数か月もすれば足の裏も固くなっていき、平気になってきた……、スパルタなククの扱い方は、酷いという意見もあるだろうが、確実に俺を強くしてくれている……これはこれで、一つの愛なのか……?


 周囲を見回せば、白髪の美女が、俺と同じくらいの少年と一緒にソフトクリームを食べていた。ディアモンである少年の方は、首輪なんてつけられていないし、美女の方が少年にぴったりとくっついて、好き好きアピールをしている……。

 戸惑う少年は顔を真っ赤にしながらも、平静を装って大人ぶっていた……なんだあいつは。

 恵まれた環境にいるくせに――俺にその気があれば、代わってもらいたいものだ。



「おい、ケーカ」


「なんですか」


「あー……、まあなんだ、その……、欲しいものとかあるか?」


「…………いや、特には」


「ないならいい。飴と鞭のつもりだったのに、飴がいらないなんて、もっと叩いてほしいのかよ。アタシに染まってきたじゃねえか」


「まあ、そうかもしれないですね」


 鞭に痛みを感じなくなってきた……、痛みを感じない鞭はもう飴だ。


 それでも。

 欲しいものがなくとも、やってみたいことはある。


「マスターと二人きりで過ごしてみたい」

「は? そんなのいつも通りじゃねえか」


「二人きり、と言いましたけどね。

 いつも後ろには『余計な二名』がついているじゃないですか。正直、邪魔なので――」


「邪魔!? あなたのために見守ってあげてるのに!?」

「ククの乱暴を止めるためだよ? ……いいの、いらないの?」


「いらない。こっちだって、ククに甘えたい時だってあるんだよ――」




 ……二人の前ではそう言ったけれど、実際は逆だった。

 強い女性でいることを強いられていたのは、ククだ。


 横暴で、勝利に貪欲で、恐怖で人を引っ張る彼女のキャラクターは、いつ、ガス抜きをすればいい? 常に年下の二人が近くにいるとなれば、心は休まらない。

 だからこそ、がまんの限界だと気づいた俺が、人払いをする役目がある。


 ディアモンとして、俺が重宝されているのは、きっとこういう『空気を読む』――ということに秀でているからだろう。


 強さとは関係ない俺を傍に置き続けるのも、そういう理由のはずだ。


 召喚される前、人付き合いで磨いた技術。

 戦闘では役に立たないけど、マスターのコンディションを整えるためには役に立つ。



「ふにゃあ」


「……俺の膝枕でどうしてそこまで全身が溶けるようになるのかねえ」


 借りたホテルのベッドの上。

 俺の膝に頭を乗せて、だらしなく笑みを見せて眠るククがいた。


 彼女の赤髪を指で梳いて、頬を撫でる。

 そんな俺の指先から――全身に至るまで、大小の傷があるが、目の前の油断し切った笑顔を見てしまえば、文句も言えない。


 彼女の強過ぎる鞭だけど、あれは俺に打ちながらも、自分に打っていたのかもしれない……スタイルを崩すなと。

 ククについてきてくれている二人は、ククの強過ぎる一面に惹かれているのだろうから。


「ったく……、惚れた弱みだよなあ……」


 これが見られるから、やめられない。

 帰りたいとも思わない。

 ディアモンでいることに、後悔はなかった。


「ディアモンだけが知っている、マスターの一面……、そりゃそうだよな、外側だけ見て、他人の全てを知ったように言うのは違うよな」


 だから、ククと俺の関係性を心配してくるやつは、ムカつくのだ。

 よく知らないでククを悪者にし、俺を救い出そうとする……俺がいつ望んだ?


 お前たちの自己満足に、俺を利用するんじゃねえよ――。


 ククを非難する声で、強がってはいても彼女は傷ついている……苦しんでいるのだ。


「ごめんなさい……っ」


 悪夢にうなされ、涙を流すように……。

 孤独で戦ってきた彼女を放っておけるわけがなかった。


 だから俺は後ろに立ち続けるのだ。

 横ではなく。


 だって横だと、見えてしまうだろう?

 彼女の強さは一人で立っていることが前提だ。


 見えてはいけない――


 俺が、彼女の背中を支えていることは。


 ……俺が墓まで持っていくことである。



 ―― 完 ――

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