現代を生きる吸血鬼は苦労する

橋元 宏平

現代を生きる吸血鬼は苦労する。

【吸血鬼Aの場合】


 突然だが、俺は吸血鬼ヴァンパイアだっ!


 人間の生き血をすすって生きる、不老不死のLiving Deadリヴィングデッド(生けるしかばね)。


「吸血鬼」という言葉を知らない人間は、いないんじゃないかな。


 吸血鬼を題材とした作品は、昔から数え切れない程存在している。


 それだけ、人間にとって「ダークヒーローのような魅力的な存在」ってことだな。


 見た目は普通の人間だから、外を出歩いていても、怪しまれることはない。


 吸血鬼には、「Charmチャーム(魅了)」と「Oblivionオブリヴィオン忘却ぼうきゃく=忘れる)」「Transformトランスフォーム(変身)」って、能力がある。


 美貌びぼう(イケメン)と「魅了チャーム」の合わせ技で、人間を引き寄せて、生き血を頂く。


 吸ったあとは、きばの穴がふたつ開く程度だし、傷自体が小さいからすぐふさがる。


 その後、「忘却オブリヴィオン」で、吸った記憶を忘れてもらう。


 やっぱ、吸血鬼は、恐れられる存在だから。


 見つかると、色々ヤバいんだ。


 何かあった場合は、「変身トランスフォーム」で逃げればいい。


「吸血鬼は、コウモリに変身する」って話だけど、コウモリ以外にもなれる。


 その気になれば、猫だって、犬だって、鳥にだってなれちゃうぞ。 


 ――と、吸血鬼自慢は、ここまでとして。


 さっき、俺は、「人間の生き血をすすって生きる」って、言っただろ?


 でも、人間選びも大変なんだよ。


 それに、人間にも個体差があってさ。


 人間は弱っちぃから、血を吸いすぎちゃうと、死んじゃうし。


 近年は、親がベッタリで、子供はおそいにくい。


 声を掛けただけで、防犯ぼうはんブザーを鳴らされた時は、正直あせったぜ。


 ダイエットばっかしてる、若い女の血は水っぽい。


 ムキムキマッチョマンは、血のは多そうだけど、見た目がなんかイヤだ。


 揚げ物ばっか食ってるオッサンの血は、ドロドロ油っこい。


 お年寄りは、気の毒で飲めない。


 あと、体型も大事だったりする。


 太ってると、脂肪しぼうはばまれて、血管まで辿たどり着けない。


 せすぎていると、血管も細いから、下手すると血管を食いちぎってしまう。


 殺したら、犯罪者になっちまう。


 警察に捕まったら、ますます、生き血が吸えなくなる。


 現代を生きる吸血鬼は、結構苦労しているんだよ。


 理想としては、標準よりちょっとむっちりしている、健康的な人間。


 でも、そんな理想的な人間なんて、なかなか見つかんねぇんだよなぁ。








【吸血鬼Bの場合】


 オレは、いつもえている。


 オレは、舌がえてる美食家びしょくかだから。


 いくら飢えてたって、マズい血は飲みたくない。


 マズい血は、腹はふくれても気持ちがへこむ。


 出来れば、美味い血をたっぷり持ってそうな人間が良い。


 オレぐらいになれば、いだだけで「美味うまそうな血を持ってる人間」が分かる。 


 伊達だてに、ながく生きてないからな。


 いつも野良猫に「変身トランスフォーム」して、人間漁にんげんあさりをしている。


 なんで、野良猫なのかっつぅと、街中を自由に歩き回れるから。


 ヨボヨボのババア、脂ぎったオッサン、ヒョロヒョロの女、肥満児のガキ。


 ……どいつもコイツもマズそうだ。


 今日は、ハズレだな。


 腹がきすぎて、腹が鳴りっぱなしだ。


 しょうがねぇ、いつものとこへ行くとするか。


 いつも穴場あなば(あまり知られていないけど、良い場所)としている場所は、「赤十字血液せきじゅうじけつえきセンター」


献血けんけつルーム」とか「献血けんけつセンター」とも、呼ばれる。


 ここに来るヤツは、16歳~69歳までの血のあまっている人間達。


 病気もない、薬も服用してない、健康な血をみずか提供ていきょうしに来るんだからな。


 その中から、美味そうな人間の5人くらい、いただいたっていいよな?


 献血に来る人間は、団体様だんたいさまでは来ないから襲いやすい。


 もちろん、吸った後のAftercare Servicesアフターケアサービス(健康管理、社会復帰のおもてなし)も忘れない。


 吸血鬼の能力である「忘却オブリヴィオン」を使って、「血を吸われたこと」と「献血ルームへ行こうとしていたこと」を忘れさせる。


 いやぁ、オレ、ホント優しいわ。


 しかし、「献血ルーム」も繁盛はんじょうしてない。


 毎日「全ての血液型の血液が、不足しています! ご協力をお願いしますっ!」って、声掛けしてるくらいだもんな。


 健康な人間のみんな!


 献血へ行くと、良いことがいっぱいあるぞっ!


 近年の「献血ルーム」は、サービスが充実している。


 フリードリンクサービスで、漫画も読み放題。


 アニメコラボも良くやっていて、限定グッズがもらえる。


 献血カードのポイントを貯めれば、記念品までもらえる。


 人間は、何千年も命をつないで生きているというのに、いまだに人工的じんこうてきに血液を作る技術は開発出来ていない。


 聞けば、1日に1万4000人分の血液が必要だそうだ。


 毎日、病気や怪我で輸血を必要とする人間がいる。


 一定量いっていりょうが失われると、人間は命を落とす。  


 毎日、血液提供が必要となる。


 だから、健康なみんな!


 献血へ行こうっ!


 ……いや、別にオレは献血活動に貢献こうけんしたい訳じゃない。


 美味い血が飲みたいだけだ。


 でも、今日はここも不況のようだ。


 待っても待っても、誰も来やしねぇ。


 今日は、マジでツイてない。


「献血ルーム」の営業が終了したところで、別の場所へ移動する。


 次の穴場あなばは、夜の繁華街はんかがい


 仕事帰りに、ひとりみに行くような人間が良い。


 居酒屋へ連れて行く引き込み店員をよそおって、ひと気のない場所へ連れ込んでガブリ。


 それをねらって、繁華街へ向かう。


 繁華街へ向かう途中、食欲をそそられる、美味そうな匂いがただよってきた。


 美味い血を持った人間が、近くにいる。


 匂いを辿たどって、屋根の上を渡り歩く。


 辿り着いた先にいたのは、ベランダで洗濯物を取り込んでいるひとりの人間だった。


 年齢は20代後半~30代前半で、ちょっとむっちりとした柔らかそうな体。


 シワシワのTシャツに、くたびれたハーフパンツという、部屋着を着ている。


 どうやら、おしゃれとは無縁の人間みてぇだな。


 この人間から、美味そうな匂いがする。


 洗濯物から、ひとり暮らしであることがうかがえた。


 これは、良い獲物えものを見つけた。


 久々のごちそうに、あり付けそうだ。


 偵察ていさつとばかりに、オレは人間の足元へ近付いて、軽く「にゃあ」と鳴いてみる。


 オレに気付いた人間は、たちまち満面まんめんの笑みを浮かべて、目を輝かせた。


「わぁおっ♡ きゃわゆぅ~いっ♡ ねこちゅわぁ~んっ♡」


 うわっ、なんだコイツ! きめぇっ!


 どうやら、相当な猫好きらしい。


 驚きのあまり、ビクンッと大きく跳ねてしまった。


 人間は洗濯物を部屋へ投げ込むと、オレの前にしゃがみ込む。


「触られる!」と、オレは身構えた。


 だが人間は、オレに触ろうとはしなかった。


 嬉しそうに、見つめているだけだ。


 どうやら、猫に危害きがいをくわえたり、執拗しつよう(しつこく)にかまったりするタイプではないようだ。


 人間は不思議そうに、目をパチクリする。


「あれ? 人慣れしてる? お散歩中の飼い猫さんかな? でも、首輪してないし……元飼い猫さんで、捨てられた地域猫ちいきねこさんかな?」


 野良猫のせっし方を知っているのか、向こうからは手を出してこない。


 猫好きな人間はだいたい、「好き好きオーラ」が強すぎて怖ぇんだよ。


「向こうが来ないなら」と、こちらから近付いて匂いを確かめる。


 うん、間違いない。


 美味そうな匂いは、この人間からしている。


 オレが逃げないと分かると、人間はおそる恐る手を伸ばしてきた。


 その手の汗を、ペロリとめてみる。


 美味いっ!


 まるで、Nouveauヌーボー(今年作られた新しいワイン)のような、軽い甘みと程良ほどよ酸味さんみ調和ちょうわした味だった。


 確信かくしんたオレはつめを出して、人間の手のこうを思いっきり引っいた。


「痛っ! ご、ごめん! 触られたくなかったっ?」


 人間は痛みをうったえて、あわてて手を引っ込める。


 オレはすかさず、にじみ出た血に飛び付いてめた。


 その血は、咲いたばかりの花のようにかぐわしく、豊かで甘すぎない上品な味わい、ほのかな酸味。


 こんなに美味い血は、本当に久し振りだ。


「あ、舐めてくれるの? 優しいね」


 人間は何を勘違いしたのか、笑顔で大人しくしている。


 調子付ちょうしづいたオレは、血が止まるまで舐め続けた。


 もっとガッツリみ付いて、たっぷりと味わいたい。


 よし、決めた。


 コイツを、隷属れいぞく貴族きぞくから見た、家来けらいのような存在)にしよう。







【吸血鬼Cの場合】


 闇に隠れて生きる、おれたち吸血鬼は、生き物だったらなんにでも変身出来る。


質量保存しつりょうほぞん法則ほうそく(『変化前も変化後も、物質の量は同じ』という物理学、および化学の法則)」は、おれたちには関係ない。


 おれはいつも猫に変身トランスフォームして、野良猫のたまり場にまぎれ込んで、惰眠だみんむさぼっている(いい加減な暮らしで、寝てばかりいる)。


 おれは何年も、のらりくらりと惰眠を貪って生きてきた。 


 あたたかな日差ひざしの中で、日向ぼっこしながらお昼寝をするのが大好きだ。


 睡眠すいみんは「最高の快楽かいらく」だと、思っている。


 だって、眠っている時が一番幸せだから。


 布団と結婚したいくらい、睡眠を愛している。


 おれは、基本的に寝てばっかりだから、燃費ねんぴが良い(エネルギーの消費が少ない)方だと思う。


 普通の吸血鬼が一回に吸う血の量が400㎖だとすると、おれは百㎖くらい吸えば足りる。


 人間の食事で例えると、血の100㎖=コンビニのおむすび1個分ってとこかな。


 人間って、おれたちと違ってすぐ死んじゃうから、吸う量を注意しないといけない。


 昔は、吸いすぎて人間を失血死しっけつしさせちゃう吸血鬼も、結構いたんだよ。


 現代じゃ、殺しちゃうと色々面倒だから、仲間達はかなり苦労しているらしい。


 吸血鬼は、基本的に不老不死だから、血を飲まなくても生きてはいけるけど。


 人間と同じで、腹は減るんだよね。


 ああ、なんか、すげぇ腹が減ってきた。


 久々に、美味い血が飲みたい。 


 そんなことを考えながらウトウトしてたら、召集しょうしゅう超音波ちょうおんぱが、聞こえてきた。


 吸血鬼はコウモリと同じで、口から20kHz(キロヘルツ=周波数しゅうはすうの単位)以上の超音波ちょうおんぱはっすることが出来る。


 超音波は、高音すぎて人間には聞こえないらしい。


 コウモリは種類によって、鳴き方や周波数が違う。


 自分の仲間を呼ぶ時は、特定の周波数の超音波を発するんだ。


 おれたちは何かあったら、こうして超音波で呼び合って集まることがある。


 おれは野良猫のたまり場から離れると、猫からからすに姿を変えて、仲間が呼ぶ方へと飛び立った。


 超音波を頼りに飛んでいくと、ふたりの吸血鬼が待っていた。


「よう、やっと来たな」


「なんか、あったの?」


 おれもカラスから元の姿へ戻り、ふたりに問い掛ける。 


 すると、片方の吸血鬼が楽しそうに笑う。


「久々に、ごちそうを見つけた」


「マジかよっ?」


『ごちそう』と聞いて、おれは食いついた。


 満足げに、そいつが大きく頷く。


「ちゃんと味見もしたから、間違いねぇよ」


「味にうるさいお前が言うなら、よっぽどだな」


 美食家の吸血鬼は、「マズい血は飲まない」と、徹底てっていしている。


 おれが感心すると、そいつはたからかに宣言せんげんする。


「その人間を、オレらの隷属れいぞくにする!」


「いいね! 今日、俺、吸いそこねたから、めっちゃ腹空いてんだよね」


「うん、おれも腹が減った」


 どうやら、今日は3人ともえているようだ。


 しかも、美食家びしょくかのコイツが味見済あじみずみなら、間違いない。


 文字通り「血に飢えた吸血鬼」のおれたちは、隷属れいぞくとなる予定の人間の元へと向かった。







【人間の場合】


 私は中堅ちゅうけん(ある程度の経験を積んできた人)のフリーランスプログラマで、引きこもり同然どうぜんの生活を送っている。


 企業からメールで依頼を受け、システムエンジニアが作成した仕様書通しようしょどおりにプログラミングをおこなう。


 完成したプログラムが受領じゅりょう(受け取る)されれば、私の銀行口座ぎんこうこうざ報酬ほうしゅうが振り込まれる。


 リモートワークで、家から出る必要はない。


 音声のみのWeb会議しかしないから、服装も気にしなくて良い。


 最近は、ネット注文でなんでも宅配してくれるから、家から一歩も出なくても生きていける。


 支払いもスマホ決済けっさいで、便利な時代になったものだ。


 いつものようにパソコンへ向かっていると、チャイムの音が。


「はーいっ」


 通販最大手つうはんさいおおて業者ぎょうしゃに、注文しておいたものが届いたのだろう。


 しわしわよれよれの部屋着姿で、玄関へと向かった。


「お疲れ様で――……」


 玄関を開けたら、それぞれタイプの違う3人のイケメンが立っていた。


 顔馴染かおなじみの宅配員さんではない。


 男3人で運ぶような、大きくて重たい荷物なんて頼んだっけ?


 いや、どう考えても3人の格好は、宅配業者のそれではない。


 そろいも揃ったイケメン共が、どうして私の元へ?


「あの……どちら様ですか?」


「お前を、オレらの『隷属れいぞく』にする」


 メガネを掛けた男前なイケメンが、真顔まがおでそう言い放った。


「は?」


『レイゾク』って、何?


 聞いたこともない言葉に、呆気あっけに取られた。


 中性的な顔をした綺麗系イケメンが、こちらへ手を伸ばしてくる。


「だって、お前、美味そうなんだもん」


「は?」


 美味そうって、何?


 いや、まぁ確かに、普通よりは肉付にくづきが良い(むっちり)ことは、自覚じかくしてますけど?


 訳も分からず、まばたきを繰り返す。


 いやし系イケメンが優しく微笑んで、私の手を取って匂いをいだ。


「うん、美味そうな匂い。もう我慢出来ねぇ、いただきま~すっ」


「は?」


 その言葉の直後、ほぼ同時に、首筋と腕と太ももに、イケメン達が歯を突き立てた。


 皮膚ひふを食い破られる激痛げきつうに、恐慌きょうこう(パニック)状態におちいった。


「い゛っ? ぎゃああぁぁぁぁ~っ!」


 いったい、何が起こったっ?


 3人を振り払おうと、叫びながら必死で暴れた。


 でも、引きこもりで筋力もない私に、振り払うことは出来なかった。


 恐ろしいことに、食い破られた傷から、3人が血を吸い上げている。


 血と共に、体の力が抜けていき、立っていることが出来なくなる。


 なんか急に寒くなってきたし、だんだん視界が暗くなって、意識が遠のいてきた。


 ヤバい……死ぬ。


 突然すぎて、「死ぬ」って実感じっかんがない。


 まさか、いきなり食べられて死ぬなんて、夢にも思わなかった。


 くやしくて、悲しくて、涙があふれ出す。


 涙がほおつたう感覚と共に、意識が途切とぎれた。







【吸血鬼Aの場合】


「……ヤバい、コイツ、超美味ぇ」


 俺は噛み付いていた首筋から口を離し、つぶやいた。 


 大食漢たいしょくかん(めっちゃ食う男の人)の吸血鬼が、ドヤ顔で言う。


「だから言ったろ? オレの舌に、狂いはねぇんだよ」


 確かに、味にうるさい美食家が「ごちそう」と、言っただけある。


 鼻腔びくう(鼻の中にある空気の通り道)を抜ける、かぐわしい花のような香り。


 トロリとした心地好ここちよ喉越のどごし。


 柔らかな上品な甘味と、ほのかな酸味さんみ


 はなやかさと旨味うまみが、口いっぱいに広がる。


 まるで、当たり年の円熟えんじゅくした芳醇ほうじゅんな赤ワイン。


 真っ白で、いつまでも触っていたくなる、なめらかな肌。


 柔らかくて、むっちりとした歯応はごえ。


 まさに、俺が求めていた理想の人間。


「美味ぇ……コイツ、当たりだ」


 少食家しょうしょくか(食べる量が少ない人)の吸血鬼も、せられたような吐息をもらした。


 こんなに美味い血には、なかなかめぐり合えない。


 顔を見合わせて、大きく頷き合う。  


「コイツ、文句なしで隷属に決定」


 次の瞬間、俺は大きく目を見開いて、固まった。


 俺の目に飛び込んできたのは、死者のように青白い顔をした隷属だった。


 目を閉じて横たわる隷属に、俺達は狼狽うろたえる。


「嘘っ? 殺しちゃったっ?」


「やべぇ! 吸いすぎたかっ!」 


「マジかよっ?」 


 急いで俺は、隷属の脈拍みゃくはくと呼吸を確認する。


 太い血管を探れば、ゆっくりながらも脈打っていた。


 口元に手をかざせば、弱々しくはあるものの呼吸もしている。


 生きていることが分かると、俺達は胸をで下ろした(安心した)。


「良かったぁ……生きてたぁ~」


 文字通り「血に飢えた吸血鬼」が吸い上げれば、大量失血することくらい分かったはずなのに。


 あまりに美味しくて、夢中でがっついてしまった。


 久々のごちそうを1回こっきりで、2度と味わえないなんて、もったいない。


 そう思わせる程、隷属の血は美味かった。






【吸血鬼Bの場合】


 死に掛けの隷属を、このまま放っておく訳にはいかない。


 隷属は今、玄関に仰向あおむけで、ぶっ倒れてる。


 それに、玄関で倒れられてたら、邪魔じゃまくさい。


「とりあえず、コイツ、布団まで運ぶぞ」


「おう」


 美貌の吸血鬼が上半身、オレが下半身を持って、隷属を布団へと運んだ。


 人間は、血液を体内に循環じゅんかん(ひと回りして元に戻るの繰り返し)させることで、体温をたもっている。


 隷属は血が足りなくて、低体温状態ていたいおんじょうたいおちいっているから、温めてやんねぇと。


 押し入れを開けて、何かないかと探す。


 あ、電気毛布でんきもうふがあるじゃねぇか。


 コイツを、使わない手はない。


 敷布団しきぶとんの上に電気毛布をいて、その上に毛布で包んだ隷属を寝かせた。


 上布団を掛け、電気毛布のスイッチを入れて、隷属の体を温める。


 あとは、意識が戻るまで、体力が回復するのを待つしかない。


 青白い隷属の顔を見つめていると、何も出来ない自分が、歯痒はがゆくて仕方ない。


 なんで、吸血鬼には、相手を回復させる能力がないんだ。


魅了チャーム」「忘却オブリヴィオン」「変身トランスフォーム」って、てめぇに都合つごうが良いだけの能力しかない。


 これじゃあ、隷属を助けてやれねぇじゃねぇか。


 電気毛布で体が温まってきたのか、血色けっしょく(顔の色)が少しマシになってきた。


 オレに何か、出来ることはねぇか。


 そう考えて、部屋を見回して思った。


「コイツの部屋、きったねぇっ!」


 ひとり暮らしで、ろくに掃除もしてねぇな。


 そうだ、掃除をしよう。


「おい、掃除するぞ」


「あ~……確かに。コイツの部屋、マジきったねぇもんな」


「しょうがねぇ、掃除するか」


 こうしてオレらは手分けして、隷属の汚部屋おべやを掃除することになった。


 脱ぎ散らかされた服は、洗濯機へ。


 洗濯済みの服は畳んで、収納しゅうのうボックスへしまう。


 ホコリがもった場所は、古そうなタオルをぞうきんにして拭く。


 分別ぶんべつが分からないものは、全部ダンボール箱の中へまとめておいた。


 仕上げに、掃除機を掛ければ、見違えるほど綺麗になった。


 掃除してみると、ひとり暮らしにしては、なかなか広い部屋だ。


 これなら、ちょっと狭いけど、4人住めそうだ。


 オレの中で、「コイツを隷属にする」と決めた時に、「コイツの部屋に住む」のも決定事項けっていじこうだった。


 異議いぎ(反対意見)は、認めない。


 今までオレらが、どこに住んでいたかというと、その日暮ひぐらし(理想もなく、生きることに何も目的を持たない者)だ。


 吸血鬼は、生けるしかばね


 本来は、存在していてはいけない存在。


 当然、住民票じゅうみんひょう個人証明こじんしょうめいもない、住所不定無職じゅうしょふていむしょく浮浪者同然ふろうしゃどうぜん


 だいたい、野良猫に「変身トランスフォーム」して、美味い血を持った猫好きな人間の家へ行く。


 暖かい家に泊まって、家主やぬしが寝てる間に美味おいしく血も頂いて、適当なところで出て行く。


 もしくは、女を「魅了チャーム」して泊めてもらい、こっそり血ももらう。


 出て行く時は「忘却オブリヴィオン」で、オレのことは綺麗さっぱり忘れさせる。


 覚えてられると、色々と面倒めんどうだからな。


 時には、しくじることもあり、そんな時には野良猫に「変身トランスフォーム」して野宿のじゅくする。


 その日暮らしは、もううんざりだ。






【吸血鬼Cの場合】


「これなら、4人住めそうじゃね?」


 美食家の言葉を聞いて、おれは目を丸くする。


「え? ここにみんなで住むの?」


「コイツは、今日から隷属になったんだから、良いんじゃない?」


「ここまで綺麗にしてやったんだから、隷属も文句言えないだろ」


 ふたりとも、「当然」とばかりの顔。


 確かに、猫のたまり場で、身を寄せ合って寝るのも悪くないけど。


 温かい場所を確保かくほするのは、良いかもしれない。


 隷属は現在意識不明げんざいいしきふめいだから、文句の言いようもねぇし。


 そうだ、隷属をなんとかしてやらないと。


 部屋の奥に視線を移せば、隷属は布団に寝かされていた。


 おれたちが容赦ようしゃなく、血を吸っちまったせいで、隷属は出血ショックを起こした。


 弱々しいけど脈はあるし、自発呼吸じはつこきゅうをしているから、命の危険はなさそうだ。


 口を開けて、造血剤ぞうけつざいを飲ませたいけど。


 大量失血状態たいりょくしっけつじょうたいで、意識のない人間には、水ですら与えるのは危険。


 臓器ぞうきの中で、一番血液を必要とするのは脳。


 食後に眠くなるのは消化器官しょうかきかんに血が集まって、脳の血流が低下するからなんだ。


 戦場で大量出血した兵士が、水を飲んで死ぬのは、脳の血液不足による脳死。


 だから今は、「絶飲食ぜついんしょく(食べることも飲むことも、ダメ絶対)」


 おれは隷属の口を開けて、霧吹きりふきで口の中を湿しめらせる。


 のどかわいていたのか、隷属の表情がやわらいだ。


 長期昏睡ちょうきこんすい(長い時間、眠りっぱなし)の人間には、こうして霧吹きで、口の中を湿しめらせてあげないといけない。


 息を吐くと、一緒に水蒸気すいじょうきも吐くから、口がかわくんだ。


 あとは、隷属の体力が戻るまで絶対安静ぜったいあんせい


 本当は、病院へ連れて行った方が良いんだろうけど。


 隷属の体には「頚動脈けいどうみゃく(首にある太い血管)」と「腋窩動脈えきかどうみゃく脇周わきまわりを通っている太い血管)」と「鼠径動脈そけいどうみゃく(内股の付け根にある太い血管)」に、ハッキリとみ跡が付いている。


 大量失血してて、噛み跡があるなんて、吸血鬼に襲われたってバレバレだろ。


 出来れば、大事おおごと重大じゅうだいな出来事)にはしたくない。


 だから、隷属はおれたちが手厚てあつ看護かんごしよう。





【隷属の場合】


 目を開けると、わずか数㎝の超至近距離ちょうしきんきょりに黒猫さんの顔があった。


「――……っ?」


 驚きのあまり、声も出なかった。


 いや、声を出したら、黒猫さんが逃げると思って、声が出せなかった。


 黒猫さんは仰向あおむけになった私の胸に乗っていて、顔をじっと覗き込んでいた。


 どうして、猫がっ?


 窓を閉め忘れてて、勝手に入って来ちゃったのかな。


 見れば、他にも2匹の猫が布団の中で眠っていた。


 いつの間に私の部屋は、猫の集会所になったのか。


 寒くなってきたから、だん(温かさ)を求めて、入って来ちゃったのかもしれない。


 猫は、可愛いから許す。


 のどかわきを感じて、起き上がろうとしたら、激しい頭痛と眩暈めまいがして、ダルくて動けなかった。


 あれ? ひょっとして、風邪引いた?


 猫が3匹も入ってくるくらい、窓開けて寝てたから風邪を引いたのかも。


 自業自得じごうじとくだわ。


 深々とため息を吐いたら、声を掛けられた。


「良かった……やっと、目ぇ覚めたか。喉渇いたろ? 水飲めるか?」


「ぎゃあっ! ……え、あ、はい……」


 突然、見ず知らずのイケメンが現れて、今度こそ、本気でビビった。


 ここ、私の家だよね?


 なんで、いるの? この人。


 もしかして、外で倒れて、この人が看病かんびょうしてくれたのかな。


 優しく微笑む癒し系イケメンは、吸い飲み(横たわっていても飲める、水入れの容器)を口元くちもとへ差し出した。


 喉が渇いてたので、有りがたく水を飲ませてもらった。


「ありがとうございます。え~っと、あの……その、どちら様ですか?」


 癒し系イケメンが、自分を指差して問い掛けてくる。


「おれたちのこと、覚えてる?」


「へ? え~っと……覚えてるような、覚えてないような……」


 戸惑っていると、どこからともなく、メガネを掛けた男前のイケメンが現れた。


「あんな出会いで、覚えてる訳ねぇよな。でも、これ聞いたら、思い出すだろ」


 メガネイケメンは真顔になって、私を指差す。


「『今からお前を、オレらの隷属にする』」


 その言葉を聞いて、思い出した。


「あっ! あの時の人食い部族っ!」


 抵抗空ていこうむなしく、食われ……てない?


 あれ? なんで、生きてんの?


 キョトンとする私に、ふたりが声を立てて笑い出す。


 なんかムカつくから、もうイケメンなんて呼んでやらない。


『癒し君』と『メガネ君』で、いいや。


「まぁ、食うには食うけど。ちょっと、『食う』の意味が違うのよね」


「なんせ、おれたち、吸血鬼だから」


 癒し君の言葉を聞いて、目を丸くする。


「はぁ? 吸血鬼ぃっ? そんなの、現実にいる訳ないでしょっ!」


 小説や漫画には良く出てくる、超有名アンデッドモンスターだけどさ。


 信じられないで驚く私を、メガネ君がからかうように笑う。


「まぁ、普通は、信じないよな。でも、ここに実在してるだろ」


 メガネ君が、ニヤリと悪い笑みを浮かべる。


 その口元には、するどとがったきばが生えていた。






【吸血鬼Bの場合】


「ここに、オレらを住まわせろ」


 オレが宣言すると、隷属は目を大きくして驚く。


「はぁっ? 何それっ? どういうことっ?」


「俺達、吸血鬼だからさ。言うなれば、『生けるしかばね』なんだよ」


「おれたち、住むとこなくて困ってるんだ……出来れば、ここに置いて欲しいんだけど」


「そんなこと言われたって……こっちだって困る」


 戸惑う隷属を、オレは説き伏せる。


「オレらは、食費と寝床は困らねぇから安心しろ。お前の血はたまにしか吸わないし、寝る時は猫に変身して一緒の布団で寝るから」


「布団の中で寝てた、猫さん達! あれ、アンタ達だったのっ?」


 今更気付いたらしく、妙なところで驚いている。


 いや、驚くべきところは、他にもいっぱいあっただろ。


 コイツ、かなり天然だな。


「噛まれた時点じてんで、お前の負けなんだよ。お前に拒否権きょひけんはねぇ、受け入れろ」


「わ、分かりました……」


 こうして、オレらは隷属の家で暮らすことになった。


 隷属が猫好きってことで、猫に変身したら、すんなりと同居を受け入れた。


 どうやら隷属は、ずっと前から猫を飼いたかったらしい。


 オレらも住む場所とごちそうを手に入れられて、Win-Winウィンウィン(お互いが得をする)の関係となった。


 こうして、隷属が死ぬまで、4人で仲良く暮らしましたとさ。


 めでたしめでたし。

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