AI漫談
陸村信人
IT技術の可能性が際限なく広がる今日、AIはお笑いの世界に革命を起こせるのか!?
「山下君、ちょっと」
「あっ、はい」
事務所のパソコンで担当タレントのスケジュール確認をしていた時、僕は大林さんに呼び止められた。
僕は大手芸能事務所の社員。主に所属するお笑い芸人のマネジメントをしている。
大林さんはここの事務所の部長さんで、僕の直属の上司にあたる。
いつになく険しい表情を浮かべて、僕にこう切り出した。
「最近のうちの芸人って、どう思う?」
「どうって・・・」
「お客にウケてるかどうかってことだよ」
「うーん・・・。正直パッとしないですよねぇ」
「だよなぁ。テレビ局からのオファーも減ってきているし」
実際、僕の担当のお笑い芸人も、決して仕事は多くない。
「すみません。もうちょっと営業頑張ってみます」
「いやいや、山下君を責めているんじゃないよ。ただ、うちのタレントってイマイチ華がないっていうか。ひな壇にいても、全然目立ってないし。司会の今川さんがせっかく振ってくれてても、ビミョーなリアクションしかできないし。」
今川さんは、大手お笑い系芸能事務所所属のスターで、数々の冠番組を持っていて、MCの腕もピカイチだ。
「このまえ今川さんに呼び止められて、言われちゃいました。おたくの事務所の芸人、ちょっと元気ないねって」
実際、数年前までは売れっ子の芸人も何人かいた。しかしそんな彼らも、ちょっと書いてみた小説もどきの書き物が、なぜかベストセラーになってしまい(僕が読んでも全然面白くないのだが)、それを機に作家に転向したピン芸人や(ちなみにデビュー作以降は、まったく鳴かず飛ばずだが)、コンビ仲がもともと最悪で、舞台の上で取っ組み合いの大喧嘩をしたあげく、それをやじった客を殴って暴行容疑で逮捕され、そのまま解散した漫才師、イケメン・高学歴のインテリとして売っていたが、未成年アイドルとの不倫が写真週刊誌に掲載されて、それ以降長期間にわたる禊の毎日を送っている芸人など、今はどれもこれも事務所の戦力にはなっていない。
若手は若手で、どれもほかの事務所の売れてる芸人にどこか芸風の似ているやつばかりで、ときどきオリジナリティのある芸風のやつが出てきても、尖っているだけで全然おもしろくない、というかどちらかというとキモさが全面にでてしまっていて、共演の女性タレントから共演NGをだされてしまうなど、まったく精彩を欠いている。
「せめて誰か一人でもバァーっとブレイクしてくれないですかねぇ。M1で優勝しないまでも、決勝に残るとか」
僕は担当タレントの空欄だらけのスケジュール表をパソコンで見ながら、まったく期待していない口調でぼやいた。
すると突然大林さんが僕に顔を近づけてきて、
「そこで俺、考えたんだけどな」
「えっ、あ、はい」
「AIってあるだろぉ」
「えーあい?」
「A・I! 人工知能だよ」
「あぁその『えーあい』ですか。それくらい僕でも知ってますよ。それがどうかしたんですか」
「AIをつかって最強のお笑い芸人を作るんだよ」
「はぁ?」
「はぁ?、じゃねぇよ。AIは今や人間と日常会話が普通にできるレベルじゃないか。それに将棋や碁、チェスなんかでも人間の知能を超えようかって勢いじゃん」
「そうですねぇ。僕も将棋のアプリ使って対戦しますけど、全く歯が立ちませんもの」
「それだけじゃない。最近じゃ外国語の小説なんかでも、かなりの精度で翻訳できちゃうって話だぞ」
「へぇ!小説なんて登場人物の感情なんかの表現が難しいでしょうにねぇ・・・」
「だからさぁ、AIに古今東西、ありとあらゆるお笑いのデータをインプットしていけば、いつかは完全無欠のお笑い芸人ができるんじゃないかってな」
「うーん、本当ですかぁ。イマイチ怪しいですねぇ・・・。で、それをロボットにでも搭載するんですか」
「いやいや、ロボットじゃ動きにバリエーションがないし、ロボットまで開発するとなると、相当金がかかるだろ。」
「そうですね。ペッパー君程度の動きじゃ、すぐに飽きられちゃいますよね。じゃあAIにネタを考えさせて、うちの芸人に喋らせるとか」
「いやぁー、あいつら最高のネタを勝手にアレンジしそうだからなぁ。それにそこはネタに合わせたしゃべりのテンポや声のトーン、大きさ、身振りまで完璧に実演させる必要がある」
「じゃあ、どうすれば」
「最近、本人は全く露出しなくって、歌が爆発的に売れているアーティストっているだろ」
「あぁそうですね。去年の紅白にも出てました。世界進出も狙っているとか」
「あの方式でどう? Youtubeとか、Vtuberにメタバース空間でライブさせるとか。それにこいつは歳も取らないから、うまくいけばずっとスターを抱えておけることになるぞ!」
「うーん、なんだかわからないけど、面白そうですねぇ」
かくして僕はこの「AI芸人制作プロジェクト」の担当となった。
まずは会社にお願いして、最新鋭のAIを搭載した大容量のパソコンを買ってもらった。そしてこのパソコンに過去から現代にわたる一流お笑い芸人のネタをどんどんインプットしていった。王道のボケとツッコミの漫才から、リズムネタ、コント、ピンの漫談、楽器を使った音楽ネタ、落語、大喜利、モノマネ、リアクション芸、スベリ芸・・・
過去の映像や音源から、ありとあらゆるお笑い情報を来る日も来る日もパソコンに入力していった。
3か月ほどたったある日、大林部長が様子を見に来た。
「どんな様子? そろそろ何か進展はあった?」
「いやぁ、今のところ何も。お題をふってもダジャレ程度の返ししかできませんねぇ」
「そうかぁ・・・。まぁ引き続き頑張ってくれ。とはいうものの、できればこの半年のうちに結果を出してくれないか。実はこのプロジェクトが社長の耳に入っちゃって、それで社長がえらく期待しちゃってさ」
「わっ、わかりました。頑張ります」
僕はピッチを上げて作業を進めた。従来のお笑い芸のほかにも、ギャグマンガや海外のコメディアンの情報もインプットしていった。来る日も来る日も寝る間を惜しんで・・・
そしてそれから半年たったある日、可能な限りすべてのお笑い情報を入力し終わったAIが完成した。
今日はそのお披露目の日。パソコンの前に大林部長のほか、社長を含め会社の幹部社員がずらりと勢ぞろいした。これからお笑いを楽しむとは思えない緊張感が漂っていた。
しかし、リハーサルの段階では何度試しても決して芳しい結果は出てなかった。
社長が僕に
「このAI芸人、名前はあるのか」
「えぇっと、一応AIをもじって『あいーん』ってつけてみました・・・あはは・・」
「・・・。おい大林、それでいいのか?」
僕の脇の下をいやぁーな汗がひとすじ伝って落ちた。
「いや、まぁ今日のところはそんなところでよろしいかと。おい、それじゃあ、はじめてくれ」
重苦しい雰囲気を振り払うかのような大林部長の一声で、世界初のAI芸人のデモンストレーションが始まった。
AIを起動した直後から、パソコンはどこかで聞いたことのあるお笑いネタを次々と喋りだした。面白いといえば面白いが、目新しいお笑いでも何でもない。役員たちの表情はどんどん険しくなっていった。
重苦しい雰囲気のなか、パソコンはのんきにひとり、いや一台、ネタをしゃべりまくっている。僕はこの鉛のように重くなってくる場の空地と緊張感に耐え切れず、AIの出力を最大限に開放した。このAIの開発者からは、一度に過度の負荷をかけないようにくぎを刺されていたため、リハーサルの段階でも試したことはなかったが、「笑度」のレベルを最大限まで一気に解放した。
するとパソコンは、一瞬間をおいたかと思うと、突然今までとは格段に明るい調子で、聞いたこともないような下ネタを次から次へと繰り出してきた。まさに新次元の下ネタだった。今まで聞いたどの下ネタより斬新で面白い。居並ぶ役員たちも、最初はあっけにとられていたが、そのうち思わずうつむいて肩を揺らして笑っていた。唯一、社長を除いては。
とどまることを知らない下ネタのオンパレード。普通のお笑いネタなどさしはさむ余地は全くない。切れ味抜群のネタの数々に、
「これはいける!」
僕が心の中でこぶしを握り締めたその時だった。
「もういい」
社長が一言つぶやいた。
「えっ・・・」
「もういい!」
「おい、もう止めろ!」
大林部長が慌ててネタの中止を命じた。
下を向いて笑っていた役員たちも、慌てて真顔にかえって気まずそうに社長のほうを見た。
「君、山下君だったか・・・」
「はい・・・」
「ご苦労だった。このプロジェクトは中止だ。元の業務に戻ってくれ」
「しかし・・・」
「話は以上だ。解散!」
社長の一言で、その部屋にいた幹部社員は僕と大林部長を残して全員出ていった。
呆然と立ちすくむ僕の肩に手を置いて、大林部長が優しく声をかけてきた。
「おつかれさん」
「なんか、すみませんでした。社運をかけたプロジェクトだったのに・・・」
「いいや、君のせいじゃないさ。やれることはやったさ」
「はい。でもネタは十分面白かったと思うんですが。すごく斬新だったし」
「そうだな。確かに面白かった。でも社運を賭けた一大プロジェクトで生まれたAI芸人が、下ネタしか言わないんじゃ、社としても胸張って外には出せんわなぁ」
「そうですねぇ。でも今回のことで分かったことがあるんです」
「なんだ?」
「老若男女を問わず、一番好きなのは、実は下ネタだってことが」
人間とは、つくづく業の深い生き物である。
AI漫談 陸村信人 @komekomemako
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