kill count.3

 ––––"極めて強大な穢れを感じる。"煤払い"よ、為すべきことを為せ"。



「先生……」

 骸骨の面が割れ、白い短髪と褐色の肌が現れる。真紅の瞳が俺を見返した。


「そう呼ぶな」

 声だけは昔と何も変わらない。


 ––––"第十の"煤"、"痛みの"ヴァンダが現れた"。

 頭の中で声が反響する。


「俺はもう師じゃない。だから、お前が来たんだろう」

「違う……」

「何が違う? 俺は教団に背き、神の教えを破った。俺がどうやって悪魔信仰者を殺したか教えてやろうか」

 俺は首を振る。神託の声は消えない。


「俺だって神なんか信じたくねえよ。先生とも戦いたくねえ。ただ見えて聞こえるだけだ……」

 ––––"穢れを雪ぎ、"煤"を払え"。


「逃げられねえんだよ。俺じゃなく、もっと上手く、誰も死なせずにやれる奴が選ばれてりゃよかったのに。何で俺なんだ……」

 ––––"為すべきことを為せ"。


「だが、お前が選ばれた。"煤払い"なら"煤"を払え」

 ヴァンダは痛みに耐えるように眉間に皺を寄せ、手を翳した。



 ––––"渇きの防布"。

 俺は声の通りに泥の盾を造る。触手が脆い土壁を砕く。舞い散る砂塵に合わせて、俺は地を蹴った。


 ––––"穢れを雪ぎ、"煤"を払え"。

 俺は背を向け、元来た方へ走り出す。予想外の行動にヴァンダの反応が一瞬遅れた。

 畝る触手を避け、俺は死体がぶら下がる雑木林を駆け抜ける。


 ––––"為すべきことを為せ"。

 ––––"穢れを雪ぎ、"煤"を払え"。


 声が爆発した。神託に背いた俺の頭を破裂させるように声が膨張し、響き続ける。


 ––––"為すべきことを為せ"。

 ––––"穢れを雪ぎ、"煤"を払え"。

 ––––"為すべきことを為せ"。

 ––––"穢れを雪ぎ、"煤"を払え"。


「知ったことか。もううんざりだ」

 ––––"穢れを雪ぎ、"煤"を払え"。

 ––––"為すべきことを為せ"。


「お前に従った奴らがどうなった。モルフェも先生も何をしたって言うんだよ。お前を信じた奴はみんな……!」


 鋭い痛みが声を掻き消した。足がもつれて立ち止まる。

 俺の左腕が、武器を隠した教団の制服の裾ごと切断されていた。血が迸る傷口を抑えて振り返る。

 ヴァンダが触手で絡め取った俺の腕を握っていた。


 ––––"渇きの防布"。

 右手で何とか取り出した防具が砕ける。恐れの槍による神速の刺突だった。


 ––––"嘆きの縄"。

 俺は残った左腕の上部に縄を巻きつけ、止血する。ヴァンダが俺から奪った四つの武器を構えていた。


 ––––"戒めの釘打機"。

 苦し紛れに取った武器が斬撃に払われ、宙を舞う。

 神託が止まった。次の手がわからない。釘打機を拾い、片手で装填する。

 無理だ。俺に全ての技を仕込んだ先生に勝てる訳がない。


「焦がれる傀儡」

 ヴァンダが振るった触手が異形を象った。

 何故、追い詰めている側が囮を作る。痛みと失血で頭が回らない。


 ––––"病める片眼鏡"。

 望遠を可能とするレンズを右目に押し当てる。


「諦めの鎌」

 虚像の中のヴァンダが構えたのは両端に刃がついた鎌だった。軌道を曲げ、己と標的の急所に斬撃を繰り出す、相打ちの為の切り札だ。何故――。


 刃の片方が先程投擲された囮を刺し貫いた。銀の軌道が閃く。湾曲したもう片方の刃が俺の脇腹に突き刺さった。


 俺は泥のように崩れ落ちる。最早痛みも感じなかった。

 こんな戦い方があるのか。

 浅い呼吸を繰り返すが、酸素が胸に入ってこない。

 喘ぐ俺の前にヴァンダが膝をついた。


「どれだけ足掻こうと、ここに救いなんぞない」

 俺は震える手で隠した武器を探る。

 生温かい血が滲み出し、指が肉に沈み込んだ。


 ヴァンダが俺の右手を取った。血豆が潰れた、硬く温かい手だった。

 返り血に濡れた指が俺の顎を持ち上げる。


「せめて、最期はマシな夢で終わりにしてやる」

 ヴァンダの手に銀色の輝きが握られていた。夢見の短剣。


 刃が俺の喉を貫いた。

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