23限目 だいぶ地獄絵図
土曜日。土曜に三週連続で休みを貰うのは申し訳ないため、俺は普通にバイトに出ていた。来週は愛の学校の文化祭だし、その次の週は土曜も日曜も俺の学校が文化祭だし、先週も土曜に休みを貰っている。店長や他のバイトの人たちも学生は忙しいからと許してくれるが、文化祭が過ぎたら夏休み前に前期中間テストでまた休む羽目になるだろう。樋口くん1人のために休んでられない。だが宮下くんを見捨てた訳ではなく、根回しはもちろん済ませている。
木曜日の夜──。
結城【というわけで、どうやら樋口くんに盾にされてるっぽいんだよね】
まぶち【wwwwwwwww】
佐々木晴也【それ友達って言うのかよwww】
たむたむ【wwwwww】
結城【で、ちょっと腹立つから仕返ししたいんだけど、さすがに来週はバイトでないとやばいんだ。俺いない状況でもやってくれる?】
たむたむ【内容によるけど面白そうだしいいよ】
佐々木晴也【乗った】
まぶち【俺は予定あるからすまん】
結城【樋口くんの住所は何とか聞いたから、土曜の朝行って樋口くんを連行してやって欲しい。やってくれるなら宮下くんに言っとく】
たむたむ【やってやろうじゃん】
まぶち【あーwww行きてーwww】
佐々木晴也【草ァ!了解w】
結城【ありがとう宮下くんに明日言う】
……ということで、俺が不在のところで報復を受けていることだろう。恐らく恨み言を言われているが気にしたら負けだ。きっと面白いことになってるし、月曜日聞いてみよう。
「陽向くーん! オレンジケーキお願い!」
「はい!」
俺は洗い物が溜まっていない時は、冷蔵庫からケーキを出すのも任されるようになっていた。普通のご飯はスタッフも作るが、ケーキは全て店長の手作りだ。俺も小さい頃姉ちゃんに連れてきてもらって食べたことがある。俺が昔好きだったオレンジケーキはどうやら、不動の1番人気らしい。それだけすごいスピードで減っていく。前バイトの日に特別に食べさせてもらったが、幼い頃好きだった味が変わっていなくて嬉しかった。
がた、とケースを開けると、オレンジケーキはあと2切れしかなかった。
「オレンジケーキ次でラストです」
「まじ!? わかった次オーダー入ったら表の看板に書いとくー」
あと残っているのは季節のケーキ……今の時期は白桃のタルトと、常設商品のチョコレートケーキだ。ちなみに、ハロウィンになるとかぼちゃのタルトが、そしてクリスマスにはブッシュドノエルがケーキに追加される。
昼前から途切れることのなかった客足は3時半を過ぎた頃に途切れ、ようやく俺たちは一息つくことが出来た。
「今日はお客さん多かったなぁ……!」
「おう……全員お疲れ様だな。あと1時間半踏ん張ろうぜ……」
「頑張りましょう……!」
由利香さんが言ったそのタイミングで、ベルが鳴った。俺が来た人を確認する前に、麻衣ちゃんが対応に行った。
「いらっしゃいませー。あ、名倉ちゃん! 3週連続で来るなんて珍しいねー!」
びくんと条件反射で俺の肩が揺れた。さぁっと血の気が引いていくのを見て、誠一さんは俺を客席から1番見えにくい洗い物の所へいるように言ってくれた。突然耳打ちされて驚いたが、ありがたい。
別に何か話した訳では無いが……男同士だからなのか、それとも誠一さんも何かしら女絡みのやばい経験があるのか、俺が名倉さんに怯えているのを察知してくれたらしい。あとは突然ホールを頼まれないことを祈る。
名倉さんはいつも通り季節のケーキと紅茶を頼んだ。俺がここでバイトを始めるまでは、ササッと食べて帰っていたらしいが、俺が入ってからは少し変わったそうで、ゆっくり食べて少ししてから帰るらしい。俺目当てなのが丸わかりで怖い。
しかし俺が顔を出さないので諦めたのか、名倉さんは食べたあと割と早めに席を立ち、会計をして店から去った。カランカランとベルの音がして、ようやく肩の力が抜ける。
「はぁぁ……」
「おう、大丈夫か陽向」
「す、すみません、大丈夫です……」
へらりと笑うが、苦い顔をされた。深い詮索はやめようと思ったのか、特に何か言われる訳でもなくて助かった。詮索されたら樋口くんから聞いた、名倉さんの中学の頃の話までしないとならなくなりそうだ。別にそれを話したことで俺が損することは全くないが、得になる訳でもないし、話す必要は微塵もない。幸い名倉さんは、ここで俺に会える可能性を独り占めしたいのか、他のメンヘラにここを教えてはいないようだし、これからも厨房メインでバイトをしよう。
日曜日も同じようにバイトをこなし、月曜。樋口くんがどんな顔をしているのか内心楽しみにしつつ、表面上は憂鬱な顔をして、俺はいつも通り本令ギリギリの時間に教室に入った。
「!」
俺を見つけたメンヘラがこっちを凝視しているのにプラスして、樋口くんがこっちを睨んでる。怖。席に着くと、ガシッと肩を掴まれた。
「結城氏ィ……!!」
「ご機嫌だねぇ? 買い物は楽しかった?」
「なぁにがご機嫌って話だが!?」
方を握る力が強くなる。痛い痛い。
「落ち着いてよ。てゆうかそっちが悪いんだよ」
「あの状況で落ち着けるとでも? 恐らく結城氏が思ってる10倍は酷い状態でしたぞ?」
「? どういう……」
ここまで言ったところで、本令が鳴るの同時に先生が入ってきた。
「朝のHR初めまぁす。橋本くん号令おねがいしますぅ」
「起立! 礼!」
今日も一日が始まる。文化祭は再来週までに迫っていた。昨日の様子は、昼頃にでも聞くことにしよう。
昼休みになって、俺は田向くんたちとご飯を食べることにした。樋口くんは光の速さで部室へ逃げた。
「俺の予想の10倍酷いとか言ってたけど、どうだったの?」
「あー、うん、多分お前の予想の10倍は酷いのは嘘ではないぞ」
「言っとくけど俺らが酷いんじゃないから。樋口の方だから」
酷いのがどっちかについては、何となく予想はできてたけどね。
詳しい話を聞いたところによると、俺だと思ってドアを開けた樋口くんは、にっこりと笑う二人を見て逃走しようとするもあえなく御用となり、低身長グループに田向くんと佐々木くんを交えた状態で、一緒にメイド服を買いに行くことになったらしい。しかし、2人のどちらかが捕縛してないとすぐ逃走を図り、その度に捕まえるということが起こったようだ。メイド服の試着も、何度も何度も拒絶し、3人で更衣室に入って強制的に着せたとの事だった。思ったよりだいぶ地獄絵図だ。樋口くんより宮下くんを初めとするチームメンバーより、田向くんより佐々木くんより可哀想なのはその場にいたお客さんと店員さんだ。正直気の毒でならない。
……だがまぁ、マジで実行してくれたのはありがたい。
「せめて結城がいればなぁ、とは思ったけど……バイトだしな、仕方ねぇよなぁ」
「はは……ごめん」
「いいっていいって、気にすんな」
田向くんはケラケラと笑いながら弁当の唐揚げを頬張った。今日はおかずをくれる樋口くんはいないが、それを見越して今日はコロッケパンを買ってきた俺、見事な推察力。安いため美味しい訳ではない。
「とりあえずこれで男子組はあとは力仕事だな」
「あぁ……女子はメニュー作ったり試作したりがあるんだっけ?」
「おう。つってもまだ飾りつけは出来ないから、作るだけ作って……って感じになるけど……」
馬渕くんの声を遮るように、スマホの通知音が響いた。サイレントモードにするのを忘れていた。授業中に鳴らなくて良かったと思いながら確認すると、部活の連絡だった。
浅井【緊急招集】
浅井【本日の放課後全員部室へ来るように】
……何事だろうかと思うより先に、今日はメンヘラに引っ付かれなくて済む、という感情が勝る俺だった。
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