2限目 逆効果も甚だしい!
校舎案内やクラス委員の決定、部活動紹介など諸々のガイダンスが終われば今日はもう終わりだ。よし、帰ろう。速攻帰ろう。後ろの席か良木さんという不安要素、そして今まで出会ったメンヘラ共が集合しているという不穏要素を抱える教室に対して俺ができることは、早く帰る、これに尽きる。
と、カバンを持って帰ろうとした俺の腕はドアを開けようとしたところでガシッと掴まれた。
「……あ、あの……良木さん?」
「ねぇ、少し話してこようよ。まだ昼にもなってないし、カフェでも行かない?」
「えっ……いや、俺は……」
何とか断ろうとしていると、他にも3つの影が俺に近づいてきた。良木さんは、誰?という顔をしている。
……伊藤さん……恩塚さん……実川さん……。
「陽向くん……だよね? 久しぶりだね」
「なんかあった? 見た目全然違うじゃん」
「あの、陽向くん……良ければこれから2人で……」
これがモテ期かぁ。いや違う。こんなモテ期があって溜まるか。どうしよう。デートに誘ってきたのは2人だけど、4人とも同じ欲求を持っているのは分かる。「話をしたい」、だろうな……。
……ここは鈍感なフリをしよう。そうだ、それがいい。
「じゃ……じゃぁみんなで近くのカフェ行かない? ほ、ほら、同じクラスで1年間一緒な訳だしどうだろう、この際自己紹介を兼ねて交流を深めてみるのは」
正直賭けに出た。恩塚さんは死んだ魚の目かもしれない、伊藤さんはまたカッター出してくるかもしれない、良木さんが鬼の形相かもしれない、実川さんは泣き出すかもしれない。だが、欲望は全員同じだ。ならばそれを俺は利用して諸刃の刃でこの全員とカフェへ行こう。そして、もう関わらないで欲しい旨を伝える。これで平和、これで解決……あわよくばメンヘラ同士で俺を巻き込まない形で依存しあってくれればなお良い。最悪かと言われそうだが最悪で結構だ。まだ死にたくない。
「……私は、それでいいよ……?」
実川さんが言ったのを皮切りに、他の三人も少し渋々ながら了承した。安堵の溜め息が心の中を埋め尽くす。
「えっとじゃぁ……行こうか……あ、でもみんな親御さんの許可を……」
「パパもママも今日仕事だから……」
「私の親、私に興味なんてないわよ?」
「お父さんもお母さんも多分昼まで寝てるから……」
「ママは来たけど、寝不足だから式が終わったらすぐ帰るって……」
……人のこと言えないけど、家庭事情全員ヤバすぎ? 本当に人の事言えないけど。
「……そっか、わかった……」
そうして俺は、4人と1緒に昇降口へ向かった。同じく廊下を歩く人々の、なんだコイツみたいな視線が痛い。そりゃそうだよな、入学式当日の下校時に女の子4人引連れて歩く見るからに陰キャの男なんていないんだよ、普通は。
周囲の好奇の視線を浴びながら校門を出て、近くのカフェに入る。そこまで混んでいないが、同じ高校の制服もいくつかあるみたいだ。俺達は適当に座り、とりあえずドリンクを注文した。
店員が運んできた飲み物を1口飲んだあと、どうやって話を切り出そうか考える。伊藤が飲んでるアセロラジュースを一口勧めてきたが断った。
「……えーっとぉ……と、とりあえず、みんな自己紹介したら?」
ヘラ、と笑うが4人の視線の交わるところに火花が見える気がする。なんでみんな恋敵を見るような目なんだ? 俺は誰とも付き合ったことがないし付き合ってないし付き合うつもりもないが?
「するなら出席番号順がいいんじゃないかしら?」
恩塚さんが少しツンとした態度で言う。俺はキャラを作っているからとにかくとして、恩塚さんも少しキャラが変わったなぁ。前はもう少し弱気そうな人だったのに……と思ったが、あの弱気そうな感じは俺の前だからそうしていだけかもしれない。
「えっと、じゃぁ私から……」
蚊が鳴くような声で伊藤さんが言う。声が小さいところと、少し控えめな性格に見えるところは変わっていない。
「伊藤沙絵です。陽向くんとは中一の時に出会って……肌が白くて可愛いって褒めてくれたの……」
可愛いとは言ってない……おかしいな、周辺温度が心做しか低くなったような……。
「それで私は癖になっていたリストカットを止めることが出来たの……傷はいくつも残ってしまったけど、陽向くんのお陰で私は腕にとどまらず足を切ろうとしていたのを止めることができ」
「いいい伊藤さん! 伊藤さん!! 初対面の人にそんなディープな自己紹介はやめよう!!」
「え、そう……? わかった。とにかく、1年間よろしくね」
誰1人よろしくの一言も言わない。怖すぎる。泣きたい。
「私ね。恩塚奈緒。陽向くんと出会ったのは中3……1番陽向くんの記憶に残ってるはずよね? 親は教師なの。でも私は成績平凡で……そんな私に彼は優しく接してくれたわ」
……いや、別に慰めたとか一切そんなことをした記憶はないんだけど……ただ家庭での扱いなんて知らなかっただけだし……。
「まぁ、とにかくよろしく」
「……実川仁奈。陽向くんと出会ったのは小4だから、1番付き合いが長いよね?」
中学3年間なんの関わりもなかったよね、と言いたいがストーカーされていた可能性もある。知るのは怖いので口を噤むけど。この世には知らない方が幸せなことがごまんとある。
「それで……いじめられていた私を助けてくれたのが陽向くんなの。みんな、よろしくね」
待て待て待て待て待て待て! 虐められてたの前の学校の話だよね!? 小四の時のクラスではいじめられてなかったし俺は助けてないよね!?
やばい、どうしよう。ツッコミを入れたいけどこの凍った空気で口を出せない。アイスティが全部氷と化しそうだ。
「良木ガラシャ。言っておくけど本名だよ。……陽向くんと出会ったのは小6。……こんな変な名前で、すごく嫌だったけど……陽向くんは、綺麗な名前だって褒めてくれて……立ち直ったの。死にたいくらい嫌な名前だったから、命の恩人。とりあえずよろしく」
そこまで嫌がってた記憶ないなぁ……あと綺麗だと思うとは言ったけど、音は綺麗だねって言っただけじゃないっけ!?
脳内でツッコミを入れまくりながらちびちび飲んでいたアイスティーはかなり減っていた。全く味を感じないアイスティーだった。とか思っていたら全員の視線が俺に向いているのに気付いた。俺はひく、と笑顔をひきつらせる。
「……あー、えっと……みんな俺のことは知ってるよね? 俺に自己紹介の必要は……」
「あるよ。自己紹介というか……どうしてそんな格好をしているの?」
興味津々、という顔で4人は俺を見る。お前らのせいだが?と言えればどんなに楽だろうか。だが残念なことに、俺にそんなことを言う度胸はない。
「……えーっと……その、なんだ……」
嘘は、何もかも嘘を言うより、事実に少し交えるとバレにくいと聞いたことがある。
「……俺、もう目立たないように過ごすことにしたんだ」
「……なんでよ? 何かあった?」
恩塚さんが見てくる。そう、ここで1番厄介なのは恩塚さんだ。何しろ、進学しているとはいえ2年連続でクラスメイト。去年ロックオンされていた俺の行動はほぼ見ているはずだ。下手なことは言えない。脳が高速回転する。
「──実は、春休み中に……ちょっと、友達と色々あってね。俺が目立つから彼女に捨てられたとか難癖つけられたから……じゃぁもう、そんな勘違いが起こらないように、目立たなくなろうと思って……」
うん、まぁ上手い言い訳をし……てないな。下手すぎるな言い訳が。だが事実、俺は地毛が茶色いから少し目立つ類だし、実際メンヘラでない女の子に告白されたことも何度かある。これで押し切ろう。
「だから、もうあまり俺に関わら」
「その人、あんまり過ぎない?」
「酷いわね……陽向くんは悪くないのに……」
「大丈夫、私は陽向くんの味方だよ」
「……元の陽向くんに戻れるようになろうね」
……だめだ、逆効果も甚だしい!! だがここで怯む訳には行かない! これから先の高校生活を穏やかに過ごすためにも!
「だ、だから俺はもうあまり人とは……」
「大丈夫……今は落ち込んでてそういう気分かもしれないけど……私たちがついてるよ」
君らがついてるからこうなってるんだよ!!
……などと、言えるはずもなく。
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