陰キャ失格
文月らんげつ
入学早々転校したい
1限目 ごめん、俺、今年度死ぬかも
──恥の多い生涯を送って来ました。
太宰治『人間失格』より──
──拝啓、昨日から寝込んで今日の入学式には来れそうもない母さん、もう10年ほど前に蒸発した父さん、社会人7年目で多忙極まれる姉ちゃん……俺はもう疲れました。だから、ごめんなさい、俺は……俺はもう──!
決して、目立ないように過ごします!!
美容室で茶色い地毛を黒く染めてもらい、ぼさっとさせて前髪で目元を隠して、黒縁の伊達眼鏡着用して、猫背になって、制服のボタンとネクタイをちょっとくたっとさせて──完璧。どこからどう見ても、完全無欠の陰キャだ。
「よし……!」
部屋の姿見を見て、思わず声が漏れる。もはや以前の俺の面影はない。髪で顔を隠している面積が多いからニキビができそうだけど、まぁそんときはそんとき……というか、いや!陰キャはニキビなんて気にしない!……と思う!知らんけど!
「いってきます」
返事はない。いつもの事だし、気にするようなことでもない。ローファーではなくスニーカーにした。そっちの方が楽だ。
──
それでも俺は、かなりまともに成長した。クラス委員になるようなタイプでも、陽キャと言えるタイプでもなかったけど、少なくとも陰キャではなかった。あまり皆がやりたがらない美化委員になって朝の清掃に参加したり、からかいを嫌がっている子を庇ったりと、人に言わせれば典型的なしっかり者の善人に育ったのだ。先生には、「結城くんは名前の通りお日様みたいな人だね」なんて褒められたりもしたものだ。
──そんな俺が、高校デビュー(?)として陰キャの格好をしているのには理由がある──しっかり者すぎた、善人すぎたのだ。
そういう人間になったことについては、小学三年生まで、どうしようもない母さんの代わりに姉ちゃんに育てられたのが原因だった。姉ちゃんはしっかり者で、いい人で、明るい人だ。母さんが母さんで、父さんが父さんだったから、俺のなるべき人の模範は姉ちゃんだった。料理も、家事も、全部姉ちゃんに教わった。姉ちゃんみたいになりたかった。
姉ちゃんは家を出る前に言った。
『いい、陽向。姉ちゃん社会人になって働くから、あまり帰って来れなくなっちゃうんだ。母さんは、怒りっぽいしすぐ荒れちゃうから、陽向がしっかりするんだよ』
『姉ちゃんみたいにできるかなぁ……』
『できるよ! 陽向は私の自慢の弟だもん!』
……姉ちゃんみたいになりたかった。そして実際、姉ちゃんが家でやっていることを学校でやった。悩んでいる人の話を聞いて、いつも笑って、出来ないことはやってあげて……ということをしていたら、とんでもないことになったのだ。
小学4年生の夏休み明け、女の子の転校生が来た。彼女は何だか人に怯えている様子で、理由は分からなかったがとりあえず優しくしていた……ら、粘着された。朝登校すると絶対校門で待ってて、教室移動も必ず着いてきて、2人1組作って、と言われると真っ先に俺のところに来た。ちょっと変な子だな、と思いつつ普通に接して、そのまま5年生と6年生でも校門で待ってるのは変わらなかったが、クラスが違ったためそれ以外は特に何もなかった。
小学6年生、存在は知っていたが話したことなかった変わった名前の子とクラスが同じになった。親は金髪でいかにも後先考えないタイプのヤンキーという感じだ。「私の名前どう思う?」と問われて、俺は出来れば傷つけないように、「変わってるけど、音は綺麗じゃない?」……などと言ってしまった。そして小4の時と同じような粘着になったのだ。校門で待つまではなかったけど。
中学1年生、腕に絆創膏を沢山張っている女子に出会った。最初に見た時は驚いて、「腕どうしたの!? 怪我!?」と聞いたら、暗い笑顔で「切ってるの」と言われた。リスカ常習犯だった。「色白で綺麗なんだしやめなよ……」と思わず口走ってしまって以降、恍惚とした笑顔でカッターをチラつかせるようになってきた。結局も何もなかったけど、うっかり切られないように話をするのが大変だった。
中学3年生、本格的なストーカーに捕まった。どうやら彼女は両親は教師で兄もかなり成績優秀なのに、自分はそうでもないらしい。彼女には何もしていないが、ただ単純に優しく接していたら、まずSNSのアドレスを聞かれ、普通に教えたら大量のメッセージが入り始め、後をつけられ、最終的に既成事実を作ろうとしてきた。
……とまぁ、つまりは姉ちゃんみたいな立派で優しい人になろうとしたら、びっくりするくらいそういうやばい女子──所謂、メンヘラ女子というものを釣り上げてしまったのだ。メンヘラの相手をし続けてあまりにも疲れた俺が、もう決して目立ちなくないと陰キャを目指すのも仕方がないんだ、多分。きっと。
まぁ、少なくとも中3の時のメンヘラは同じ高校だけど他は分からない。だが高校なんて他にもあるし、この学校は1学年で8クラスある。まさか被ったりしないだろう。
そう思うと、髪に隠れてない口元がにやけそうだ。だって、嬉しいに決まってる! これから、平穏な生活を送ることができるんだ!
おっと危ない、走り出すところだった。陰キャは走らない走らない(偏見)。猫背で、靴底が地面スレスレくらいで歩くんだ。そうすれば、おそらく話しかけられない。
多分、こんな感じの俺には友達なんて出来ないだろう。だがそれでいい。友達はそりゃいた方がいいけど、これ以上メンヘラを釣りたくない。友達がいたとして同じような陰キャで構わない。またしっかり者で優しく明るく、なんてしてたら絶対5人目を釣りあげてしまう。もう人に優しくするのは条件反射みたいになっているから気をつけないとな。
校門をくぐる。外にクラス表が張り出されていた。俺はA組らしい。昇降口で内履きに履き替えて、俺は指定された教室に向かった。
教室に荷物を置き、入学式を終えて、教室に戻る。担任なのは、語尾が少し間延びしている、ぽやんとした若い女性教師だ。
「皆さん、入学おめでとうございまぁす。担任の
よろしくお願いします、とまばらながらもクラスで声が上がった。
「ではぁ、まず1人ずつ自己紹介をお願いしまぁす。では出席番号1番の、嵐山さんから。そうですね、名前と好きな物とかお願いしまぁす」
「は、はい。ええと、嵐山和仁です。好きな物は──」
と、自己紹介が始まり、2人目。
「
……伊藤紗絵?
出席番号5番。
「
…………恩塚奈緒??
出席番号16番。
「
………………実川仁奈???
……こ、こいつら……間違いない、俺が今までの人生で出会ったメンヘラだ……!!
伊藤さんが中1、恩塚さんが中3、実川さんが小4! 覚えてる! っていうか……こんなことある!?
進んでいって俺の番、こんなにしたくない自己紹介があるだろうか。ちなみに35人クラスで俺は33番。
「ええ、と……ゆ、結城陽向です……ゲームが好きです……」
別に好きではないがそう答える。そう答えるしかない。3つほどの視線がこっちを凝視するのがわかった。
そして、34番。
「良木ガラシャです。好きな物は……真面目な人です」
ぶわっと汗が出た。良木ガラシャ。……小6のメンヘラだ。35番が立ち上がって挨拶していると、トントンと後ろから肩を叩かれた。壊れた機械のように後ろを振り向くと、良木さんは優しく微笑んでいた。俺の顔からは血の気が引いている。
「久しぶりね、陽向くん。どうしたの? 随分変わっちゃって」
今までに出会った4人が、1つのクラスに揃ってしまった。
──拝啓、昨日から寝込んで今日の入学式にはやっぱり来れなかった母さん、もう10年ほど前に蒸発した父さん、社会人7年目で多忙極まれる姉ちゃん。
ごめん、俺、今年度死ぬかも……。
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