20

「鍵は、やっぱりこの二人の未知の登場人物だな」

 神崎がもう幾度目かの議題を提出すると、さすがに疲労感を持ったのか場を弛んだ雰囲気が包んだ。しかし、次に結城の発した質問は彼らに動揺を与えることになる。

「この二人……、この中に彼らをご存知の方はいらっしゃいませんか?」

「どういうことだ?」

 結城はその疑問を正面から受ける。その様子は挑戦的でもあった。

「僕は未だにこの二人の未知の人物が、ルナが生み出したものだとは思えないのです。前にも言ったとおり名前の問題からもね。人間的な創造性は持ち得ないのですよ。記述は、あくまで観測という形を取っていますから、この限りではありません。名前に着目すれば、偶然にこの名前になったという説明をさっきしたと思いますが、それは実在の人物に関しても同じようなものでしょう。名付け親は存在しますが、その考案した名前はその名前である必然性はないのです。ただ、そう考えたからというある種の偶然性が名を決めるのです。例えば、音の響きとかいったようにね。

 ルナが偶然に『多良部』という名前が選んだという可能性は、『多良部』という実在の人物がいるという可能性と等しいといえます。もちろん、それは『太田』という人物に関してもいえることです」

「『多良部沙羅』……『太田陽介』……」

 結城は片桐がそう呟くのを素早く振り返り目を瞠った。雛森は言う。

「二人が実在の人物だとして、疑問が二つありますよね。

ひとつは、どうしてルナはその二人を記述に登場させたのか?

もうひとつは、どうしてその二人は今ここにいないのか?

さっきの片桐さんの話じゃないですが、この二人が事故原因を左右しているとまではいきませんが、この二人が今回の事故の中心にいるような気がしますね」

「疑問はもうひとつあるんじゃねえか?」神崎は雛森の方を見ていた。「ルナは何故この二人を選んだのか? 言い換えれば、この二人じゃなければならなかったのか?」

 雛森は得心したように強く頷いた。

「偶然に選ばれたという可能性もあるわ。結城さんの言った名前の件と同じようにね」

「しかしな」神崎は強気に食い下がる。「芽衣ちゃんの指摘したように、『錯綜の彼方へ』の地の文には『太田』の内心が記されている。これはとてもじゃないが、偶然に選ばれた奴の待遇とはいえないんじゃないか?」

 片桐は顎に手をやってしばらく思案していた。しかし、間もなくその口から搾り出されたのは、渋々ではあるが肯定的な呻きだった。

「確かに、そう考えると、偶然というには疑問があるわね。なるほど、二人はどうやらルナが意図的に選んだみたいね。『多良部』はこの『太田』に好意を持っているようだから、それも関係がありそうね」

 雛森はもじもじしていた。

「記述の中の私は結城さんに好意があるみたいですけど……」

 その様子に片桐の悪戯な瞳が光る。

「あら、実際はどうなのかしら?」

「全然、そんなことないです!」そんな自らの強い否定に彼女自身も驚いていた。「あ、そういうわけではなくて、ですね……。やっぱり、今日初めてあったわけですし、そういう思いはまだ、生まれないかな、と」

「『錯綜の彼方へ』でも同じこと言ってるな……。しかも、結構辛辣な性格じゃねえか」

 神崎はモニターに向けていた目を雛森に向けて、探るような視線を投げかけた。当の雛森はそれにはっきりと困惑の表情を返した。

「私もずっと気になってました。こんなこと言わないですよ……」

 不細工に生まれたくない、というのは女としての本音ではあったが、彼女にはそれを言う度胸というものを持ち合わせていなかった。

「芽衣ちゃんは、この中で一番性格が違っているように見えるわね」

 同情的な片桐の溜息に、雛森もすがるような上目遣いで、そうでしょ、というように合図を送った。

「私ルナに嫌われてるんでしょうかね?」

「そんなことはないと思うけれど」

「ルナは所詮人間じゃないんだ」

 二人のフォローを受けて笑みを見せる。冗談のつもりだったのだが、その気遣いが雛森には嬉しかった。気恥ずかしさを紛らわそうと、モニターに目を向ける。例に漏れず記述の新たに加わっているのが見える。『太田』と『結城』の応酬。サイバー・ダイブの存在の露見。そして……。

 雛森は目を疑った。しかし、『結城』がルナに差し出した、手にしていたものがサイバー・ダイブならば、それはまさに辻褄を合致させる。

「『片桐』さんが、スパイ……?」

「え?」

 当の片桐は怪訝な、というより驚愕の表情を一瞬浮かび上がらせた。言葉の発信元である雛森がモニターに釘付けになっているのを確認すると、彼女も飛びつくように画面に顔を向けた。

「おいおい、こりゃあ……」新たな進展に欣喜雀躍するように神崎が立ち上がる。「どういうことだよ」

 一同の視線は自然と片桐へ向けられていた。その三つの双眸にはどこか弾劾するような鈍い光があった。片桐は、彼らの疑惑を跳ね除けるような笑い声を上げた。

「ちょっと待ってよ。さっきから、この記述はルナの作り物だっていう話になっていたじゃない。現に、この『錯綜の彼方へ』の中には幾つか矛盾が見受けられるわ。これもそのひとつよ。芽衣ちゃんの性格が全然違うのと同じレベルよ」

「そうですよね」雛森は安堵したように柔らかな声を上げていた。「全くの作り物ということで見てみると、『結城』さんがルナに対して言った『あいつ』というのは『片桐』さんのことかもしれませんよね」

「ああ。しかも『結城』は『片桐』がスパイであることを知っていた」

 雛森と神崎が確認するようにそういうと、当の二人は居心地の悪そうな表情を互いに見合わせて口元を歪めていた。

「『錯綜の彼方へ』でも言われているように、『結城』が『片桐』を殺害する動機があるように思えるな」

 片桐は面白くない顔でモニターを横目に口を開く。

「そもそも、この殺人事件は一体どういった理由で起こったのよ。これはルナの創作なんでしょう? ということはルナはこの事件が必要だと考えたわけよね」

「この事件も事故の原因になるっていうのか?」

『片桐』の死と、『太田』と『多良部』の存在がLUNAを襲った原因不明の事故の鍵をなすのではないかという推測に雛森は混乱をきたしていた。

(現実の事故の原因がルナの内面に端を発しているということは、どうやら本当みたい。でも、もし『片桐』さんや例の二人が、事故の鍵を握っているのだとしたら、それは一体どういうものなのだろう?)

 ふと彼女の頭をよぎる考えがあった。

「あの」彼女は一言一言を確かめるように搾り出していた。「今回の事故はルナのソフトの問題ということは確かだと思うんですけど、記述は事故の発生する前からされていますよね。ということは、事故の発生する前からルナは『錯綜の彼方へ』を記述する理由を持っていたことになりませんか? そして、二人の登場人物や殺人事件は、ルナが現実の事件を究明する上で、なくてはならないものだった……なんて言い過ぎですかね」

「それはさっきから結城が言ってることじゃないか」

 神崎が冷たく返すと、片桐の視線が銃弾のようにして来襲したが雛森の話にはまだ続きがあった。

「はい。それを前提として考えてみたんです。殺人事件は、現実でも記述の中でも事故が起きてからかなり時間を置いて発生していますよね。これは事故の原因にはなりえない。時間がこうして今までどおりに進行しているなら、事故の後に起きたことが事故の前段階である原因にはなることができません。でも、二人の登場人物に関しては、事故の前から設定されていたものみたいです。つまり、この二人の人物は事故の原因になることができるんです」

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