小さい頃からずっと同棲してるわけだし、いまさら幼馴染とラブコメっぽい雰囲気にはなりません……よね?

そらどり

小さい頃からずっと同棲してるわけだし、いまさら幼馴染とラブコメっぽい雰囲気にはなりません……よね?

れんくん、今日の夕ご飯は何がいい?」


 授業終わり。帰りの支度をしていた俺のもとに、幼馴染の日葵ひまりが軽い足取りで近づいてきた。

 何がいいって言われてもなぁ……カレーは昨日食べたし、生姜焼きは……あ、先週食ったな。う~ん、ダメだ、全く思いつかない。


(別になんでもいいんだけどなぁ、日葵の作るご飯って全部美味いし。でも作ってもらってる身分でそれ言っちゃマズいよな……)


 以前に不用意にも口にしてしまったことがあるが、あの時の彼女の不機嫌具合は今でも覚えている。適当でもいいから取り敢えず提案しておこう。


「オムライス、とか?」

「オムライスか……それなら冷蔵庫のあり合わせで作れそう。あ、でもケチャップ切らしちゃってたんだった」

「なら帰りにスーパー寄って買ってくるよ」

「さっすが廉くん、気が利くね。じゃあお礼にとびっきり美味しいオムライス作ってあげるから、楽しみにしててね」


 そう言って我先にと帰宅する日葵。その揚々とした背中を見届けると、二人のやり取りを見ていた友人の一人がニヤニヤと含みを持った笑みで寄ってきた。


「古谷、お前やっぱ風見さんと結婚してるだろ」

「いやなんでそうなる?」

「今のやり取り見りゃ誰だってそう思うだろ。熟年カップル通り越して完全に夫婦の会話だったじゃねえか」

「んな大げさな」

「ったく、あの風見さんの幼馴染だからって、俺らに仲良しアピールしないでもらえますかね~?」


 友人から冗談っぽく嫌味を言われるが、こちらとて周囲に見せつけてたわけじゃない。てか仲良しアピールて……

 確かに日葵は可愛いし、日葵に好意を寄せる男子が多くいるのも知っているが、別にこれくらい普通のやり取りだろうに。

 嫌味に応えるように「うっせ」とだけ返しておく。すると、友人は探りを入れるように耳元で囁いてきた。


「で、実際のところどうなんだよ? 幼馴染の美少女と一つ屋根の下に住んでるんだろ? 何かそれらしいイベントの一つや二つあるんじゃねえの?」

「って言われてもな……」


 友人の言う通り、確かに俺たちは一緒に住んでいる。

 同じマンションに住んでるという偶然や、片親同士で家を留守にしがちという事情が重なり、昔から二人で留守番することが多々あり、それが今でも続いているというわけだ。

 だからまあ、幼馴染の女子ってよりかは世話好きな妹って感じだし、それらしいイベントがあったとて「も~着替えてるんだから入ってこないでよ~」「あ~ゴメンゴメン~」みたいな軽いノリで終わってしまう。……うん、ラブコメっぽさの欠片もないやり取りだな。


(それに、あっちも兄みたいに接してくるしな。なのにいまさら異性として見るとか……いやぁナイナイ)


 そんなことを考えながら、俺はしつこく粗探ししてくる友人を適当にあしらった。




◇◇◇




 買い物を終えて帰宅すると、日葵がキッチンからぴょこっと顔を出した。


「あ、お帰り~。ちょっと遅かったね」

「ただいま。……まあ、探すのに手間取ってな。それよりほら、頼まれてたものだ」

「ありがとっ。じゃあもうすぐできるから、荷物片づけてきてね」

「はいよ」


 手で相槌を打ち、一度自室に戻る。

 因みに、隣には母さんの部屋があるが、滅多に家に帰ってこないし帰って来てもすぐにまた出て行ってしまうので、完全に空き部屋状態。そのため、代わりに日葵が俺の家に住み込む形でその部屋を使っている。

 向こうのお父さんもそれは承諾済みで……というかむしろ「俺がいない間は娘を頼む!」なんて託されていたりする。色々と責任重大というわけだ。


 荷物を置き、制服から部屋着に着替え終えてリビングに向かうと、日葵がちょうど配膳を終えたところだった。


「どう? 今回はかなりの出来栄えでしょ?」

「おぉ、めっちゃ美味そ……え、ハート?」


 なぜか俺の席に配膳されたオムライスには、ケチャップで描かれたハートマークが。いや本当になんで?


「美味しくな~れって愛情を込めて描いてみました」

「萌え萌えキュンってか」


 いやまあ、確かに美味しくなる魔法の言葉ではあるんだけどさ……


「メイドにしてもらうならともかく、身内にやられると流石に気まずいんだが」

「え~そんなこと言って、実はドキッとしたんじゃないの?」

「バカ言え。日葵の描くハートなんて赤子同然よ」

「うわひっど~い。せっかく廉くんを想って描いてあげたのに」

「はいはい、気持ちだけ受け取っておくよ」


 子供をあしらうように適当な返事をしながら、俺は席に着く。

 それを見て「むぅ」とワザとらしく頬を膨らませる日葵だったが、まあいつものことなので。すぐに元通り元気になると、遅ればせながら向かいの席に座った。


「「いただきまーす」」


 そして食事が始まる。

 早速オムライスをスプーンで掬っていただくと、半熟トロトロな卵とチキンライスの風味が口いっぱいに広がる。

 ……うん、やっぱ美味い。三ツ星レストランだ。


(って、味の感想言ってる場合じゃねえだろぉぉぉ―――ッッ!!)


 突如、錯乱したように内心でセルフツッコミする俺。

 だがそうでもしなければ、溢れ出す羞恥の捌け口が見つからず、悶えた末に心臓が爆発四散していたかもしれない。いや、してたな絶対!


(オムライスにハート描くとか何考えてんだよ。しかも俺を想って描いただと? それはもうアレなんよ。彼女が彼氏にしてあげるラブコメイベントの定番なんよ日葵さん)


 ヤバかった。俺ともあろうものが、幼馴染であり妹同然でもある日葵に危うく惚れるところだった。

 だが決して惚れてはならない。だって想像してみろ。物心つく前からずっと兄妹のように過ごしてきたんだぞ? それが今になって急に「実は異性として見ちゃってました。テヘペロっ」なんて告白しようものなら……


『は? そんな目で私を見てたの? ……キモ』


 あぁ普段は優しい日葵からそんな蔑んだ目で見下されるなんてご褒美……じゃなくて! 日葵の信頼度ガタ落ちだし、母さんたちに合わせる顔もなくなってしまう。

 そしたら日葵がこの家を出て行って今の生活も終わってしまうし、学校でも話しかけられなくなって友人から「あ、なんか……うん、ドンマイ」ってすっげえ気遣われることになる。そんな惨めな思いはしたくない!


(そうだ。俺は日葵の幼馴染であり兄として慕われている(?)男。どんなラブコメイベントが起ころうとも決して平常心を乱してはならないのだ)


 それにほら、心に住む仏様も無常の微笑みをしていらっしゃること。はい、わかっております。何事にも動じてはならぬというあなた様の教え、しかと心に刻んでおりますとも。

 と、一人そんなことを考えていると、向かいの日葵が不安そうに覗き込んできた。


「廉くん? もしかしてお口に合わなかった?」

「え? そんなことないけど、どうして?」

「だってさっきから手が止まってるし。もしかして無理してる?」

「あっ、これはその……あ、アレだよ。あまりにも美味しすぎるから一気に食べるのが惜しくて」

「そんな風には見えないけど……あ、そうだ!」


 訝しんでいた先程とは一転してニヤニヤしだすと、日葵は自身のオムライスをスプーンで掬い取り、そのままこちらへと差し出してきた。


「そんなに美味しいなら、もっと美味しくしてあげる」

「え、何してんの?」

「鈍いなぁ。アーンだよ、アーン」

「!?」


 アーンだとぉぉぉ―――ッッ!?!?

 そのあまりにラブコメ過ぎる展開に、心の中の仏様が右手をサムズアップさせながら溶鉱炉に飛び込んでいってしまった。お師匠カムバ―――ック!


(この状況で平常心を保てってか!? いや無理だろ! 女子に食べさせてもらいたい男子がこの世にどれだけいると思ってるんだ!)


 漫画やアニメでよくある王道中の王道。謂わばラブコメ界の巨匠に出くわして、平常心を保つ方が無理という話だ。

 ……だが、ここでテレてしまえばラブコメの波動を感じさせてしまう。ならば―――逝くしかない!


「じゃあ一口もらうよ」


 心中で意を決し、俺は差し向けられたソレを躊躇いもなく口に入れた。


「どう? 美味しい?」

「……うん。美味い」


 なんて当たり障りのない無礼な返事だろうか。

 だが許してほしい。心臓がバックバク過ぎて味に構う余裕がないんです……


(なんとか今日も乗り切ったけど、これがこの先もずっと続くんだよなぁ……耐えられるのか俺?)


 そう遠くない未来で起こるであろうラブコメイベントに軽く絶望しながら、俺は残りのオムライスを平らげるのだった。




◇◇◇




「あれ? 廉くんもう寝るの?」


 入浴を済ませて自室に戻ろうとした私の前に、リビングから出てきた廉くんが現れた。


「ああ、ちょっと今日は疲れちゃって……」

「大丈夫? 具合が悪いなら看病するよ?」

「いや、看病されるほどじゃないというか……むしろその方が悪化するというか……」

「え?」

「ああいや。とにかく平気だから。じゃ、おやすみ」

「あ、うん。おやすみなさい」 


 なぜお疲れ気味なのか気になったが、詮索するなと言いたげにそそくさと部屋に戻って行ったので、気に病むほど重篤ではないらしい。その背中を見届けて、私もようやく自室に戻る。

 そしてベッドにうつ伏せになり、しばらく枕に顔を埋めて……物憂げな表情で小さく愚痴を溢す。


「今日も気づいてもらえなかったなぁ……」


 ハートを描いたりアーンしたり、結構わかりやすくアピールしたつもりだったのに、いつも通りの兄対応でドギマギしてもくれなかった。

 この鈍感幼馴染め。こっちがどんな想いでこんなことしてると思ってるのか……

 でも同時に、完全に妹としてしか見られてないのだとわかってしまって、胸の奥底がチクリとする。……ぐぬぅ。


「妹扱いばっかして……ちょっとくらい女の子として私を見てよ、廉くん」


 つい不満を漏らすが、廉くんに非がないことくらい理解している。

 ずっと家族のように過ごしてきたのだから、いまさら異性として見てほしいというのは都合が良すぎる話だ。

 だから少しずつでいい。少しずつアピールしていけば、流石の廉くんでも意識せざるを得なくなると思うから。


(それに、私って結構可愛い方だしね。うん、大丈夫大丈夫。このままアピールし続ければ、廉くんだって必ず私の魅力に気づいてくれる……はず!)


 言い聞かせるように何度も頷くと、視線はおもむろに向かいの壁へと向けられる。

 その先にあるのは廉くんの部屋。今もまさにスヤスヤ寝ているであろうその姿を想像し、そして―――


「今に見ててよ。明日こそはスカシ顔を崩してあげるんだから」


 不敵な笑みを浮かべながら、自信ありげにそう言い放つのであった。

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小さい頃からずっと同棲してるわけだし、いまさら幼馴染とラブコメっぽい雰囲気にはなりません……よね? そらどり @soradori

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