トライアングルストーリー
青色星人
第1話
「むかしむかし、世界は光に包まれていました。」
「大空はどこまでも広がり、暖かな日差しが大地を照らしていました。」
「大地にはたくさんの草木やキレイな草花が咲き誇り、またそこには多くの動物たちが住んでいました。」
「世界は平和に過ぎ、人々は笑顔を絶やすことなくみんな幸せに暮らしていました。」
「そして誰もがこの平和な世界がこれからもずっと続いていくことを信じており、またそうあってほしいと心から願っていました。」
「しかし、その願いは突如として打ち砕かれます。」
「ある時、世界に闇が現れました。」
「それは黒く大きな翼を持った鳥のような姿をしていました。」
「黒鳥はその翼を広げて世界中の空を飛び回りました。」
「それが飛び去った後の空は暗雲に覆われ、そこから降る黒い雨は少しずつ大地を枯らしていきました。」
「またその羽ばたきによって舞い散る羽は生命を絶えさせていきました。」
「人々は苦しみ、病に倒れます。」
「動物たちは苦しさに悶え、獣に成り果ててしまいました。」
「少しずつ、しかし確実に世界は災いで染まろうとしていました。」
「そして絶望に包まれていく世界で人々はだんだんと笑顔を失い、なす術もなくただ目の前に広がり続ける闇に飲まれようとしていました。」
「誰もが絶望に打ちひしがれ、世界は終わりに向けて刻一刻と進んでいくのでした。」
「しかし、そんな暗い世界で希望を捨てなかった一人の少年がいました。」
「少年は剣(つるぎ)を持ち、旅に出ました。」
「少年は闇が広がる世界を旅しながら、行く先々の村や町で出会う人々に希望を与えます。」
「そして世界に少しずつ、ひとつ、またひとつと光を灯していきました。」
「世界が少しずつ光を取り戻していく中で、少年の元に希望は集い始めます。」
「そして少年は旅を続ける中で自分と同じように希望を持って立ち上がった3人の勇敢なる者たちと出会いました。」
「少年と3人の勇者は力を合わせて、世界の闇を打ち払っていきました。」
「そして彼らはついに、世界を災いで染める元凶である黒鳥の元へとたどり着きました。」
「少年と3人の勇者は世界から闇を断つべく、黒鳥に挑みます。」
「しかし、黒鳥の力もまた凄まじいものでした。」
「少年と勇者たちは力を合わせて立ち向かいますが、簡単には倒すことができません。」
「戦いはとても激しく、何日も何日も続きました。」
「それでも少年と3人の勇者は世界のために戦います。」
「そんな中で少年はあることに気がつきました。」
「涙?」
「見ると漆黒に身を包まれたその瞳からは黒い雫が一滴、また一滴と零れ落ちているのです。」
「黒鳥は泣いていました。」
「そう。黒鳥もまた自身を包むその闇に苦しんでいたのです。」
「少年と3人の勇者は黒鳥を救おうと決めます。」
「彼らは人々に呼びかけます。」
「すると旅の中で少年と勇者が灯してきた世界の光が、少年が旅の始まりに掴んだその剣に宿りました。」
「剣はそれを受けて眩(まばゆ)い光を放ちました。」
「少年は両手でしっかりとその剣を構え、それをレイの体に突き刺しました。」
「するとその体を包んでいた闇は消え去り、代わりに剣から溢(あふ)れる光が、その小さな雛鳥を光でそっと包み込みました。」
「こうして災いは消え去り、世界は少年と3人の勇者、そして彼らによって希望を与えられた〝光たち〟によって元の姿を取り戻しました。」
「そして大空からは今まで以上に素敵な日差しが降り注ぎ、大地はまた草木や花々を育て、動物たちはその恵みを授かるようになりました。」
「人々は再び世界に満ちた光とこの光を齎してくれた、少年と3人の勇者に感謝をしてお互いにある誓いを立てました。」
~《どんな絶望が訪れようとも、希望を捨てないこと》~
「この誓いが紡がれ続ける限り、この世界はいつまでも希望を絶やすことなく光を灯し続けて輝いていくのでしょう。」
「そんな世界がいつまでも続いて行くことを願って。」
光はその希望に宿り、それはどこまでも今を未来に導く。
そしてその光はきっと未来で受け継がれ、たどり着いた先でまた新たな光を灯す。
そうして運命はどこまでも光で照らされる。
「めでたし~めでたし!」
彼女がお伽噺を締めくくるその言葉とともにそのありきたりな物語は終わりを告げた。
そして物語の内容を引き立てるかのように音を奏でていたオルゴールもまた、タイミングを計ったようにその演奏を止める。
部屋には感動の余韻だけが心地よくそっと漂っている。
僕は机に向かったままノートに文字を綴っていたことも忘れ、いつしかこの心地よい空間の中で彼女が読む物語の世界に引き込まれていた。
パタンッ!
その音でハッと意識を取り戻す。
振り向くとキレイな短い金色の髪をしたその少女は、瞳を閉じ、両手で丁寧に本を閉じたままベッドに姿勢よく座っている。
そしてどこか嬉しそうな、それでいて切ない、そんな複雑な表情で彼女もまた余韻に浸っているようだった。
その横顔をじっと見つめていると彼女は僕の視線に気づき、ふいに目が合う。
彼女の名前はシエル・シャイナルド。
この国の第二王女だ。
容姿こそまだ幼さを感じる少女だけれど、その内にはしっかりと自分を持った明るく強い女の子。その明るさには何度も救われている。しかし最近はなぜだか、どうにも気持ちがすれ違うことが多く、急に怒られたり冷たい態度を取られたりする。
そんな年頃の女の子がその人だ。
彼女は少し首を傾げるとすぐさまさっきまでの笑みを上書きし、僕にきょとんとした不思議そうな表情を向ける。
僕は恥ずかしくなって机の方に向き直り慌ててペンを持ち、机の上に置かれたノートに目線を落としてノートに字を書くふりをした。
「どうしたの?」
彼女は何でもない様子で話しかけてくる。
僕は何だかよく分からないこの感情を隠すように軽く深呼吸をしてからもう一度彼女の方に向き直る。そしてできる限りの平静を装って言葉を返した。
「べつに、何でもないよ。」
「そう。」
そして適当な話題で話し始める。
「またその本読んでたからさ、今でも、好きなんだなと思って。」
「うん、好きだよ。ずっと好き。たぶん、これからも、おばあちゃんになっても好きだと思う。」
純粋な笑顔を浮かべて彼女は力強く答える。
そしてその感動を一気に開放するように言葉を続ける。
「やっぱりいいよね、このお話。何回読んでも感動する!」
そう言いながらシエルはその本を胸の前でぎゅっと抱きしめる。
「お話自体もすっごくいいけど、いつ頃書かれたのかも、作者も、正しいタイトルさえわからないなんて神秘的で素敵。本当にこんなことがあったのかもって思えるほど登場人物たちにも感情移入できるの。」
言うと彼女はベッドの上に立ち、そこで本を持ったまま両手を広げて踊り、溢れ出る感情を語っていく。
「子ども向けに書かれた絵本かもしれないけれど、旅立つ主人公の覚悟とか、仲間と力を合わせて戦うところとか、黒鳥さんの苦しみに気づいた時に、倒すんじゃなくて救おうって思うところとか、そんな優しいところが良いと思うの。」
一通りの感想を言い終わった後、体をくの字に曲げて後ろで腕を組み、
「ホップもそう思うでしょ!」
くしゃっと笑いながら僕の方を向いた。
「……、うん。」
少しドキっとした。けれど、その笑顔に反して僕の心は少し曇ってしまっていた。そのため無意識に暗い声色で言葉を返してしまう。
「まぁ、子供のころは好きだったけど……。」
数秒の沈黙が嫌になり、適当に言葉を続ける。
「いい物語だとは思うけどさ、よくある話だよ?世界の危機に勇者が立ち向かって仲間と一緒に救うなんて」
ちがう……。
「嫌いになったわけじゃないけどさ、今読み返しても、たぶん子どもの頃みたいには感動できないと思う。」
そうじゃない……。
「すごいよね?シエルは、もう文章全部覚えちゃったんじゃない?」
そんなことが言いたいんじゃない……。
僕は曇ってしまった自分の心の内を悟られないように、思わずからかうような口調でそんな言葉を返した。
いつもそうだ……。
受け入れがたい感情が湧いてくると、そこから目を背けるために必要のない、意味のない言葉を並べて逃げて自分を守ろうとする。
そうして後からそんな自分に後悔する。
そんな自分がいつになっても変わらない。
「(……はぁ~)」
そしてそんな自分を自覚すると心の中で思わずため息が漏れる。
彼女はそんなどうしようもない僕の言葉を黙って聞いていたが、言い終わると少しムッとした表情になって口を開く。
「何よ、それって私が子供っぽいってこと」
「そうじゃないけど……、」
「いいじゃない、昔でも今でも、これからっだって好きなものはいつまでたっても好きなんだから。」
その純粋な言葉が僕の胸に刺さる。
「それに、そんなこと言っているけど、ホップなんて今の私よりももっとこの本のこと好きだったじゃない。」
「…………。」
「どこに行く時も、寝る時だって枕元において寝てたくらい」
「……。」
「それで、一通り読み終わった後は『僕もいつかこの本に出てくる主人公みたいに旅に出て世界を救うんだー!』って。いつも言っていた。」
僕は頭の片隅に残っている子どものころのその言葉をシエルに言われて、どうしようもなく悔しくて情けない感情が込み上げてきてしまった。
「そんなこと言ったって……。」
「……あの頃のホップはどこに行っちゃったの?」
彼女はまだベッドの上に立ったまま、僕の方をじっと見る。
その表情はどこか悲しそうに見える。
けれど、今の僕はそんな彼女の気持ちに寄り添うことはできない。
「そんなの子供のころの話だろ……。」
やってしまった。
……とても救えない。
「僕だっていつまでも子どもじゃないんだ。いまさらそんなお伽噺の冒険譚みたいなことに憧れて、勇者になるなんて言うわけないじゃないか!」
咄嗟に出た言葉は静かな部屋の中に響き、冷たい沈黙を生む。
「………。」
「いまさらそんな風には思えないよ。」
ふと彼女を見ると、シエルは泣きそうな顔で硬直している。
ついカッとなってしまった自分の感情を自覚し、すぐに「ごめんっ」と謝ろうとした。
けれどその前に
「そうじゃ、ないでしょ……。」
そう、小さな声で言う彼女の声が聞こえた。
「でもそうよね…。」
しかし次の瞬間シエルは大きな声で叫び出す。
「今みたいに情けないあなたじゃこの物語の主人公みたいに世界を救うようなことなんてできるはずないわ。」
それと同時に彼女の涙が溢れ出してしまう。
「そんなことっ!」と、言いかけるけどその先の言葉はない。
これ以上彼女の機嫌を悪くするのは面倒だと思い止めた。
……それに事実だ。
実際、今の僕には絵本の主人公のような大それたことをする勇気も行動力もないんだから。
こういう時にふと思う。
あの頃信じて疑わなかったその心をどこに置きざりにしてきてしまったんだろうか、と。
子供のころはその心だけで目の前のたくさんのことに挑んで、失敗しながらも一つ一つ乗り越えていた。
よく城を勝手に抜け出しては町に遊びに行っていたし、危ないからダメだって言われていても山や森に行って遊んだ。
当然そんなことをすれば怒られたし、時には危険な目にあったり、怖い思いをしたりケガをすることもあった。けれど
そんな毎日が楽しかったことは今でも覚えている。
その反面子どもながらに嫌なことだってあった。
例えば、今もだけど毎日の武術や剣術の稽古は厳しいし、魔術や教養の勉強だってみっちりやらされた。
武術でショウ先生と組手をしたら体中は常に痛い。でもいつかはショウ先生に勝ちたくて、そんな今でも遠い目標を掲げて頑張っていた。
魔術の勉強はあまり得意じゃなかったからジルマーナ先生のことはよく困らせていたけれど、座学も交えながら一つずつできることを増やしていった。
剣術を教えてくれていたブレイデル先生には稽古中に少し気を抜いただけで、何度も木刀でボコボコにされた。思い返しただけでもゾッとする。
まぁそれは今でもあまり変わらないか……。
でも剣を振う先生の姿はどこかかっこよくて憧れて、そんな風になりたかった。
その純粋な気持ちで、絵本に出てくる主人公やその仲間たちのように自分の中にある精一杯の勇気と希望を持っていたからこそ、そういう未知のものや乗り越えるべき壁に立ち向かっていけたんだと思う。
それができたのは単純に今よりも自分のことを信じていたから。
だけど、毎日が過ぎていく中で、段々と打算的に理屈っぽく物事を考えるようになってしまったんだと思う……。
だからいつからか、そんな感情は僕の中からなくなってもうあまり思い出せなくなっていた。
そんな日々を積み重ねていく内に今では、あの頃確かに大好きだったあの本を純粋に楽しめなくなって、読むことすらもどこか億劫になった。
そして気づく。
自分は物語の少年や仲間たちのような人間にはなれないのだと。
憧れが完全に消え去ってしまったわけではない。
でも、
「無理なんだよ…、僕には」
そんな言葉が口からこぼれ落ちる。俯いていて勝手に落ち込んでいると、
ガシャン!
扉が強く閉まる音が部屋中に響いた。とてもじゃないが普通に扉が閉まるときの音ではない。
驚いて顔を上げ、部屋中を見渡したがもうそこにシエルの姿はなかった。
そして静まり返った部屋の中ではどうしようもなくかっこ悪い僕だけが一人取り残されている。
僕は自分の間違いを悔やむように落胆しため息をついた。
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