明日のことは明日考えよう!
星都ハナス
たとえ父と母に捨てられても神が迎えてくださる
「あんたなんか生まなきゃよかった」
これは二十歳で私を生んだ母の口癖である。ヒステリックにぶつけてくるその言葉を幼い頃は泣きながら受け止めた。当時は子供の作り方なんか知らないもの。私がお母さんのお腹に出来たせいだって思った。私のせいでお母さんは自分の夢を叶えられなかったんだ。ごめんなさいって思っていた。
「さっきお父さんを見たよ。隣に女の人が乗っていた」
学校の帰り道、信号待ちしている派手な車を見つけた。父親の車だと確信して近づくと助手席に見たことのないキレイな女性が乗っていた。当時は浮気とか不倫なんて知らないもの。見たままを母親に伝えてしまった。
今なら分かる。どうして母親があんたなんか生まなきゃよかったって口癖のように言ったのか、気持ちも理解できる。
しかし、時すでに遅し。その口癖を聞いて育った脳は萎縮し、情緒は不安定になり思春期に壊れたのだよ。両親を喜ばせるため、良い子を演じていくことに疲れた。顔色をうかがって生きていくことに嫌気がさし、私の脳内が妄想を始めた。
───この二人はただの肉の親で、私の本当のお父さんは神さまなんだ。
いわゆる厨二病である。反抗的になった方がまだ対処出来たのかもしれない。
「神様がね、もうすぐ悪い人間だけを滅ぼすんだよ。いい人間にならないと生き残れないんだから。お母さんもお父さんも覚悟しなね。私は絶対に良い人間になる!」
海賊王になるっていうノリで宣言すると、母親に奇妙な者扱いをされた。きっと漫画か本に影響されたんだろうと一笑された。しかし、私は本気で信じていた。小学校高学年の時に読んだ『ノアの箱舟』が根拠だった。痛い。ヤバい。
高校生になった。恋愛をし、友達と遊び、ずっとやりたかった空手を始めたことで精神がまともになったのか、ヤバい発言をすることも無くなった。普通の女子高生の娘に両親は安堵したに違いない。
しかし、三年生の夏休み。一人で留守番をしていた時に運命的な出会いが待っていた。長めのスカートをはき、日傘をさした訪問客との出会いである。
「あなたは神様を信じますか?……あら、もしかしてあなた、〇〇ちゃん?」
「そうですけど。え、おばさん?どうして?」
なんとその宗教勧誘の女性は近所に住んでいた人だったのである。引越し後、十年以上ぶりの再会を懐かしむ私と女性。
「神様を信じるかどうかですね。もちろん信じてます。私、大洪水を起こした神様を信じているんです」
私は意気揚々と話した。母親に怪訝な顔をされてから一度も口に出来なかった神様の話ができる。知っている人だから警戒心もなく話せたことが嬉しかった。
「それは嬉しいわ。私たちはね、ノアの洪水を起こした神様を崇拝しているのよ」
手を叩き、目を輝かせながら喜ぶ女性。やはり神様っているんだ。私は神様に見つけて貰えたのだと思った。
その出会いをきっかけに、女性は毎週家に来るようになった。薄い冊子を渡され、私はそれを読み漁った。理解は全く出来なかったけれど、神様のことをもっと深く知りたくて読み漁った。
「聖書を勉強してみない? 神様のことはもちろん、どうすれば生き残ることが出来るか学べるの。これから起こることも書いてあるの」
私は聖書とテキストを買い、毎週一時間勉強することに同意した。このことを無料の聖書研究という。テキストには質問が書いてあった。聖書研究の日が待ちきれなくて自分でどんどん進めた。詩編から読むといいと言われ、暇があれば読む。
自宅での聖書研究に両親は反対しなかった。しかし、この宗教をめぐりある事件があったことを知ると、激しく反対した。まさにこの年、私が聖書研究に応じた二ヶ月前の事件である。輸血拒否事件である。
「人殺しをする宗教にかかわるな!」
父親は聖書研究の場に踏み込み、知人である女性と私に容赦なく暴言を吐く。もし私が神様を信じていなければ簡単にやめていたと思う。聖書を読んでいなければ父親と同じ考えを持っていたと思う。しかし、私は神様の言うことを守って亡くなったことは尊いと思ってしまった。それこそ純粋な信仰なのだ、そんな信仰心を自分も持ちたいと思ってしまった。
───あんたなんか生まなきゃよかった。
母親の口癖とその原因を作った父親。こんな両親でも聖書は敬いなさいと教える。神様は親を大切にしなさいという。葛藤する日々。聖書の知識が増えていくと神様に喜ばれる生き方をしたいと願う。
神様だけを崇拝する。人間よりも神に従う。祝祭日は祝わない。先祖崇拝はしない。神は戦いを憎まれる。家族を愛しなさいという。集まり合いなさいという。
夏休みが明け、高校三年生の二学期から、私の生活は一変した。国旗掲揚をしない。校歌を歌わない。友達の誕生日は祝わない。学校の昼休みは聖書とテキストを使って伝道しまくる。先生にも証言する。空手をやめた。
父親の反対があるので、聖書研究は学校の帰りに女性の家でやることになった。集会や大会の出席も父親の目を盗んで行くようになった。
しかし、毎年行くお墓参りに行かないと答えると、父親は激怒した。
「親の脛をかじって生活している間は許さない。そんなにやりたければ、家を出て行け。神に食べさせてもらえ!」
『たとえ父と母に捨てられても……神が迎えてくださる』
私はこの聖書の言葉を胸に抱き泣いた。と同時に負けてたまるかと自分を奮い立たせる。反対する者の背後にはサタン悪魔がいると教えられてきたからである。
そんな私が簡単に聖書研究をやめってしまった。なぜ? どうして?
次回、「人の心の傾向は年若い頃から悪い」
「人が人を支配してこれに害を及ぼした」
乞うご期待!
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