田島のゆうれい

丸膝玲吾

帰りの会

今日の4時間目に校長室前の花瓶が割れていたと伝えられたのはついさっきのこと。いつもなら帰りの会が終わればすぐに帰れるのに10分経ってもまだ帰らせてくれない。


「先生、帰りたいよぉ」

その余りある元気を一日中振り回している上田くんも、今は溶けたアイスのように机にへばりつきながら情けなく抗議している。


「4時間目に校長室前を通ったのは体育があったうちのクラスだけなの。何か見たっていう人もいないの?」

先生は困った顔をしてもう一度クラスに問いかけた。



私は、手を上げるわけないのに、と心の中で呟いた。


別に私が割ったわけではないけど、もし割ったとしたら絶対みんなの前では言わない。学校が終わってからこっそり先生に言いに行く。


先生も先生でこんなみんなの前で言う人なんていないんだから時間の無駄だよ、と口に出さずに目線で訴える。今日はお母さんが早く帰ってくる日だからさっさと帰りたい。


そんな願いも叶わず時間だけが過ぎていった。






次第に私は苛立ってきた。


なぜ割ってもないかびんの犯人探しに私が巻き込まれなくちゃいけないのか。そして、まだ皆の前で名乗り出てくる犯人を待っている先生はアホなのだろうか。そんな勇気があれば割った時点でもう自分で先生に言いに行くって、と心の中で毒づく。


クラス全体がイライラしてきたのがわかったのか

「じゃあ、もう先生はみなさんを信じます。疑いかけてごめんね。先生たちにはうちのクラスは全員良い子でしたって伝えておきます。」

とようやく犯人探しが終わった。


すこし鼻につく言い方だったけど終わったのならもういい。何よりも帰れることが重要だ。


「じゃあ日直さん、号令を...」


「せっ...せっ..っせ先生っ!!」


突然発せられた声にクラス全員の視線が私の隣に向けられた。




「ど、どうしたの?田島くん。」

「ぼ...ぼ..ぼく、見たんです」

「何を?」

「花瓶を割ったのを!」

教室中が一気にざわめき始めた。


見たんなら最初から言えよ、と舌打ちをする。せっかく帰れそうだったのに。何か彼にできる復讐はないだろうか。今日の宿題が一つ増えた。


「落ち着いて、田島くん。花瓶を割った人を見たの?」

「違う、そうじゃなくて...」


何言ってんだこいつ。さっき、花瓶をわったのを見たって言ったのはあなただよ?


「どういうこと?何が違うの?割れたかびんを見たってこと?今はかびんを割ったのが誰かって話だから...」

「違う、見たんです!かびんが割れたのを!」


普段から発表のときに緊張して噛み倒しているけど、どうも様子がおかしい。何かに怯えてるように見えた。


「だから何が違うの?言わなきゃ先生もわからないよ」

「いや...その...」

これ以上聞いても無駄だと分かったのか

「じゃあ後で聞くからね。一旦、号令だけさせて?」

「え..あ..」


この時間は何だったのか。好奇心に目を輝かせていたクラスメイト元の真っ黒な瞳に戻っていた。田島も立ったまま地面を見つめて俯いている。その姿に少し、同情芯が湧き、後で何か声をかけてやろうかなと言う気にさせた。


「じゃぁ日直さん、号令を..」


「幽霊を見たんです!」


先生の言葉を2度も塞いだ本人はやけに真剣な目で先生を見ていた。



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