大嫌いな先生のお試し妻になったら、謎に甘い生活が待っていました

遊井そわ香

第一章 天職検査の結果は……先生の妻!?

第1話 お金持ちになりたい!

 リクシア国では人生で三回、天職検査を受けることができる。

 検査を受ける年齢は決まっていて、一回目は八歳。二回目は十七歳。三回目は二十九歳。

 

 八歳のわたしは母に連れられて、天職を調べるために検査会場に来た。


「お母さん、魔法使いってすごいんだよね? 願いを叶えたり、怪我を治したり、変身したりできるんだよね?」

「そうね。魔法の力って素晴らしいと聞くわ」

「わたしの天職、魔法使いだといいなぁ」


 魔法使いは、男女ともに憧れの天職第一位。けれど魔法の才能がある人は、五万人に一人しかいないらしい。

 ちなみに、女の子の憧れの天職第二位は癒しの聖女。第三位はお店屋さん。

 男の子の憧れの天職第二位はドラゴン使いの騎士。第三位は魔道具職人。


 八歳のわたしは明るい人生を思い描いていて、将来に期待しかしていなかった。たとえ魔法使いじゃなくても、自分には素晴らしい才能があると信じて疑わなかった。

 けれど、検査結果は無情だった。


『才能が不安定。天職、まだ定まらず』


 母はがっかりしているわたしの頭を撫でてくれた。


「ノアナには素晴らしい才能がたくさんあって、どの天職がいいのか。神様が迷っているのね」



 ◇◇◇

 


 月日が過ぎ、わたしは十七歳の誕生日を迎えた。

 誕生日と同時に二回目の天職検査を受けるわたしに、クラスメートたちは「急がなくてもいいのに」と笑った。けれど、天職を五つも六つも持っている選択肢のある子たちとは違う。

 わたしは人生に追い詰められている。お先真っ暗。

 薬草師だった父は、わたしが十歳のときに事故で亡くなった。園芸師の母は、四ヶ月前に病気で亡くなった。

 つまりわたしは、天涯孤独の身。自分の天職を知って、一日でも早く働きにでなくては生活していけない。


「神様、お願いします。お金持ちになれる天職を授けてください!!」


 指を組んで天に祈りを捧げてから、書見台の前に立つ。

 天職検査はとても簡単。書見台の上に置かれている書物に手を置くだけでいい。天書と呼ばれる書物には、今は使われていない古代文字が書かれている。

 わたしには読めないけれど、【天はすべての者に才能を与えた。その才能を活かして、世を幸福で満たせ。神聖な気持ちで仕事を楽しめ】という事柄が書かれているらしい。

 男性検査官二人に見守られながら、恐る恐る手を伸ばす。

 歴史を感じさせる古びた書物にそっと手のひらを当てると、文字が動きだした。


「わっ! 魚みたい!!」


 本の中を自由自在に動く文字は、まるで池を泳ぐ魚のよう。

 壁時計のチクタクと動く針の音だけが響く、静かな室内。

 不規則に動いていた文字の動きが次第に鈍くなる。馬がスピードを落としてゆっくりと止まるように、文字もゆっくりとした動きで静止した。

 温和な顔をした青年検査官が、本を覗いて頷いた。


「あるべき場所に文字が並んだようです。手を戻していいですよ」

「わたしの天職はなんですか!!」

「これから解読しますので、座ってお待ちください」


 青年検査官とおじさん検査官が頭を突き合わせて、小声で話し始めた。

 わたしは、窓際に置いてある椅子に座る。気持ちがソワソワして、じっとしていられない。

 よし、こうなったら願掛けだ!


「お金持ちになりたい。お金持ちお金持ちお金持ちお金持ちお金持ちお金持ちお金持ちお金持ち……」

「ノアナ・シュリミア。落ち着きなさい」

「お金持ちお金持ちお金持ちお金持ちお金持ち……」

「うるさいから、黙りなさい」

「お金持ちお金持ちお金持ちお金持ちお金持ち……」

「あ、お金が落ちている」

「ウソっ! どこに⁉︎」


 拾わないとっ!!

 立ち上がって、部屋の隅々まで視線を走らせたものの、年季の入った木の床には紙幣もコインも落ちていない。


「先生っ! どこにお金が落ちているんですか⁉︎」


 隣の椅子に座っている担任教師、ノシュア・ユガリノス先生に尋ねる。

 先生は組んでいた長い足を解くと、ダサい黒縁眼鏡のツルを人差し指で押し上げた。

 

「ノアナ・シュリミア。ここは、神聖な天職検査会場。それなのに、かねを連呼して恥ずかしくないのかね?」

「全然。だって、お金持ちになりたいんだもん! それよりも、お金が落ちているって……。まさか、わたしを騙したの⁉︎」

「君が一向に黙らないからだ」

「だって、お金の神様にお願いしていたんだもん!! 邪魔するなんてひどい! お金持ちの天職じゃなかったら、先生のせいだからねぇ!」

「はっきり言っておこう」


 ユガリノス先生は、強固な糊で固めたかのような安定した不機嫌顔で、わたしをチラリと見た。


「金は、人間が国立印刷局で作ったもの。紙幣は、植物繊維。貨幣は、銅や亜鉛やアルミニウムから作られている。それらに人間が価値をつけただけであって、天から金が降ってきたわけではない。よって、お金の神様は存在しない。お金の神様とは人間がでっちあげた産物。さらには、君がお金持ちを連呼するのは、単なる唾液の無駄遣い」

「むふー! 自分の唾液をどう使おうと、先生に関係ないし!!」

「確かにそうだ。君の唾液など、どうでもいい話であった」

「ピキピキ……腹立つ!」


 ユガリノス先生は嫌味のスペシャリスト。口が悪いし、性格も悪い。おまけに陰湿。しかも外見がダサい。さらには表情筋が死んでいる。

 わたしはユガリノス先生が、とてつもなく大っ嫌い!!!



「シュリミアさん。検査結果がでました」

「は、はぁいっ!!」


 おっと、嫌味で陰湿でダサくてモジャ髪で、顔も心も死んでいる男の相手などしている暇はなかった。

 わたしは飛び跳ねるようにして、書見台に駆け寄った。

 おじさん検査官がもったいぶった話を始める。


「天書は、才能に反応して文字が動きます。その人の才能に見合った天職を、新たに配列した文字で教えてくれるのです。その文字の配列に間違いがあったという報告は、天職検査が始まった三百年前から今まで一件もありません。つまり、シュリミアさんの天職はこれからお話することで合っています」

「はい」

「結婚に向いている女性の場合、主婦や母親と出るのが一般的なのですが……。結婚相手のお名前が出ました。唯一無二のお相手ということでしょう」

「ええっ⁉︎ それって、運命の相手ということですか⁉︎」

「そうです。お相手の名前を発表しますよ。心の準備はいいですか?」

「は、はいっ!!」


 破裂しそうなほどにドキドキと高鳴る胸を押さえる。


「シュリミアさんの天職は、ノシュア・ユガリノスさんの妻です。おめでとうございます」

「……へ……?」





 


 




 

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