第46話 あのー。アレだよアレアレ。ちゃんと戦う理由とか要るじゃん? だからほら、あのちょっと待って欲しいな。多分次話くらいで戦うから……だから石投げないで――

 王城の一室。豪華なベッドに横たわるの初老の男性。


 頬が痩け、骨と皮だけになった手足は枯れ木の様だ。自由に身体を動かすこともままならず、既に呼吸をするだけでやっと。時折うめき声を上げるだけの存在となり下がった彼こそが、この国の現王ライナス・オルグレンその人だ。


 そんな王の療養を目的とする部屋に、リエラはいた。


 もう長くはないであろう、実の父親へ是非とも面会しておいて欲しい。そう嘆願されては、今の所王太女として振る舞い続ける必要があるリエラには断りようがない。


 親子の情を心配したカートライト公。

 自分が見つけたと手柄リエラを、見せびらかせたかったフォンテーヌ公。


 理由は違えど、この面会はリエラの地位を保証している両公爵からの打診のため、余計に断れない。


 部屋にいるのは、王の主治医だという男とリエラだけだ。


「どうかご尊顔を――」


 主治医に云われてリエラがその顔を覗き込む――実の父親だというが、何の感情も湧かない。


「……情けない姿ね。それで王のつもり?」


 瞳を閉じ、苦しそうに呻く王に向けてリエラが言い捨てた。その言葉に主治医の男性は目を丸くしているが、リエラは止まらない。


「貴方が情けないせいで、アタシも、アタシの相棒も……そして貴方の忠実な臣下も皆迷惑しているわ。王だと云うなら、立ち上がって己の敵を倒しなさい」


 見下ろすその視線はどこまでも冷たく、何の感情も込められていない。あまりに場違いなその言葉に「お、お父上に対する言葉としては――」と主治医の男性が言ってはいけない一言を漏らしてしまうほどに。


。この男がだらし無かったせいでアタシが産まれて、情けなかったせいでアタシの周りが迷惑を被っているの。父親だとか王だとか関係ないわ。自分で責任も取れない愚か者に、アタシが情をかける必要も、謂れもないわよ」


 顔は見せた。そういった素振りで、リエラは王に背を向けた。


 響くのは苦しそうな王の吐息だけ。


 その吐息を背に受けたリエラが小さく溜息をつき、主治医を振り返った。


「本当に助けたいなら、司祭を呼んで解毒系の魔法をかけ続けなさい。それ、――」


 目を点にする主治医に視線だけ投げたりエラは、再び王に背を向け扉に向けて歩き出した。


「ああ、そうそう――」


 その途中で再びリエラが顔だけ主治医へと――


「――今日は部屋から出ないことね。が来るから」


「嵐……ですか?」


 窓の外を振り返る主治医。窓の外、雨脚は確かに強くなってきているが、その勢いは嵐とは程遠い。


「ええ。特大の嵐がくるわ……だから貴方も、そして呼びつける司祭もこの部屋から出ない事をオススメするわ」


 薄く笑うその表情は、見とれてしまいそうでありながら、どこか冷たく恐ろしいものだ。


 その笑顔にただ黙って頷くしか出来ない主治医。


 その様子に満足したようにリエラは扉を押し開け部屋を出た。……嵐が迫っている。それは賭けではなく、紛れもない事実だ。


 ……レオンがで、それは事実へと変わったのだ。




 ☆☆☆




 リエラが王の寝所を訪問する前、早朝から集められたカートライト派の騎士達。


 彼らとレオン、カートライト公も含めて、湖へと六郎の遺体捜索に派遣する予定だった。


 それが、リエラが仕組んだ


 予定通り、捜索隊は湖へと出発し、全てのカートライト派騎士が街を離れ、その裏手へと回っている。


 帰ってくるには、王都の城壁を迂回し、城門から帰ってこなければならない。


 そんな手薄となった城を、リエラを固めるのはフォンテーヌ公の一派ばかりなのだ。……唯一の誤算はカートライト公とレオンが残ったことだろうか。


 リエラとしては、自分の周りをフォンテーヌだけにして、心置きなく六郎を突っ込ませる気満々だった。


 それがリエラの賭けだ。もし、六郎が来なければ……本当にレオンが殺してしまっていたら……リエラの命もフォンテーヌ公の搦手により失われるだろう。


 周りがフォンテーヌの信者だけなのだ。自殺に見せかけて殺す事など容易いものだろう。


 それでもリエラは自分の周りを、敵で固めたかった。


 そう自分を囮にフォンテーヌを固め、レオンやカートライト公を体よく遠ざけ、六郎とともに叩きのめすつもりだったのだ。


 リエラ個人としては、カートライト公やレオンを気に入っている。


 レオンは言わずもがな、その父であるカートライト公は、六郎への態度からリエラの中では味方に分類すべき人物なのだ。


 最初、王都の前で取り囲まれた時は気に食わない相手だったが、目が覚めてみたら六郎に対する態度が、明らかに変わっていた。


 ただの犯罪者ではなく、一介の剣士として、戦士として丁重に扱おうという気概が節々に見えていた。


 なので出来るだけ、この騒動から遠ざけたかったが仕方がない。


 それが――「は、親である私が拭う必要がありましょう?」とリエラの護衛に残ると言った時に笑って見せたのだ。


 恐らくレオンが六郎を逃したことも、そして六郎がここに現れる事も見抜いている。見抜いて尚、リエラのそばから離れないというのだ。これ以上はリエラの力ではどうしようもない。


 そしてそれはレオンも同様だった。


 ――恐らく嵐が来ます故、御身をお守りします。


 真剣な表情でそう宣うレオンに、「チッ、気がついたか」と内心舌打をこぼしてしまったのも無理からぬ事だろう。


 レオンの優しく真面目な性格なら、六郎をただ逃がすという一心に捉われると思っていたが、思惑が甘かった。


 どうやらレオンは


 騎士が守りを固める城に、単騎で突っ込んでくるなど、普通では思いもよらないが、それをやる人間六郎だと思い出したのだろう。


 今朝の出来事を思い出したリエラは、前を歩くの背中に小さく溜息をついた。


「……嵐はそろそろでしょうか?」


 振り返らないまま、ポツリと呟くレオン。もう隠し立てする必要もないと、「そうね」と短く応えるリエラ。


「……死を恐れぬか……げに恐ろしき男ですね」


 顔こそ見えないが、どこか嬉しそうな声音が長い廊下に響いて消えた。


「……死ぬことなんて大したことじゃないのよ……アイツにとっては」


 その言葉に「それ以上に大したことがあると?」と驚いたように、だが何故か嬉しそうに笑うレオン。何かが吹っ切れたようなその笑いに、リエラはどこか六郎っぽさを感じている。


「……さあね。ただ一つ言えることは……アイツ。死ぬ気なんて無いわよ。常に勝つつもりだから」


 その言葉に振り返ったレオンが眉を寄せ、リエラを見ている。


「何よ?」

「いえ……勝つつもりなのは貴方様もでしょう?」


 その言葉に肩を竦め「当たり前でしょ?」と溜息をつくリエラに、レオンは再び前を向きながら笑う。


「これは我々では荷が勝ちすぎますな。フォンテーヌ公にも同情します」


 笑いながら歩くレオン。その背中に――


「あなたは何故残ったの?」


 ――リエラが疑問を投げかけた。六郎が来ることを分かっていながら、残る理由が分からないのだ。


 そこまで分かっていれば、六郎の実力を知っていれば、フォンテーヌ公の派閥だけで固めた守りなど一気に瓦解することは分かっていたはずだ。


 それに付き合う理由が分からない。知らぬふりをしておけば、政敵を六郎が叩き斬って、全ての罪も背負ってくれると云うのに。


「貴方様や彼を巻き込んでしまった責任……でしょうか。私どもがもう少し危機感を持ち動いていれば、フォンテーヌの好きにはさせなかったものを」


 その言葉だけ、その言葉だけはどこか寂しそうで、申し訳無さそうだった。


「今更よ」


 短く切り捨てたリエラに、「返す言葉もないな」と、力なく笑うレオン。その口調は、いつの間にか今までのような砕けたものへ。


 それが何処か達観に見えてしまう。


「死ぬつもりなの? ……殺されれば許されるとでも思ってるの?」


 リエラには、やけに小さく見えたレオンのその背中。巻き込んでしまった事への罪悪感なのだろうか。


 誰に……何故……許しを請うているのだろうか。


 そんな事、六郎はおろか、リエラ自身既に気にもしていないのに。


 そう思えたからの「今更よ」という言葉だったのに、力なく笑うその姿にまさかもう一歩踏み込む事になるとは。


「死ねば許されると思うか?」


「まさか……。そもそも誰も貴方を恨んでなどいないわ。アタシも、ロクローも」


 リエラの言葉に振り返ったレオンが微笑んだ。


「君は……存外優しいのだな……女神様と言われても今なら納得してしまいそうだ」


 吹っ切れたような笑顔のレオンに、「そう? お布施なら何時でも受け付けてるわ」と片眉を上げるリエラ。


「君というやつは……」


 そんなリエラに苦笑いのレオンが、その居住まいを直した。


「これだけは覚えておくと良い。私は――いや俺は、俺の友に誓った。君を生涯守ると。君を狙うよく分からない勢力がいる以上、例え友といえど君を渡すつもりは毛頭ない。つまり……死ぬ気など無い。私も勝つつもりだ」


 顔を上げたレオンに、リエラは「頑固ね」と笑う。


「ああ、頑固なのは生まれつきだ。それに、それはアイツもそうだろう?」


 レオンの見せる獰猛な笑顔に、リエラは漸く気がついた。


 真逆だが、本質は同じなのだ。二人は。


 【己が譲れぬものの道理ために剣を取る】という根源だけは一緒なのだ。その道が修羅と言われようとも。



 方や騎士という鎧で、修羅の本心を隠す男。

 方や狂気を纏い、修羅のまま突き進む男。


 だから二人は何だかんだと言って、お互いを認めているのだ。


 奇妙な関係の二人だ。そう思うリエラだが、少しだけそれを羨ましくも感じている。


「では、リエラ嬢――いや、ガブリエラ様。御身は塔の天辺にでも――」


 そう言ってレオンが恭しく頭をたれた瞬間――城を揺らすほどの轟音が響き渡った。


「……来たか……」


 そう笑うレオンと、嬉しさを瞳に滲ませてしまうリエラの耳に――


「たぁーのもぉーーーーーーーー!」


 と聞き覚えのある声が響いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る