第37話 え? アタシだけ長いって? 言ったじゃない。『アタシの独壇場だ』って
「いんや。要らんの……そないな事したら後でぶち殺されるわい」
笑う六郎の視線の先で、炎の竜巻とリエラを覆う球体が相殺して消え去った。
その様子に慌ててリエラの方に歩き出そうとするレオンの腕を「止めとけ。怒っちょるけぇ巻き込まれんぞ」と笑う六郎が掴む。
幸いにして、クリストフやリエラの魔法の余波で、
そのお陰もあってか、クリストフの魔法は更に強力になり、リエラに襲いかかっているのだが。
回を追うごとに強力になる魔法を前にして、リエラは表情一つ変えず、防護壁を壊されては再生産という淡々とした作業に徹している。
「どうした? 『まいった』と言えば許してやらなくもないぞ?」
そんなクリストフを前に、防護壁に包まれたリエラは相変わらず無表情で
「その綺麗に整った顔が、恐怖に歪む時が楽しみだ――!」
嗤うクリストフから繰り出される、凶悪な魔法の数々。
降り注ぐ炎
打ち付ける雷
全てを飲み込む暴風
放り投げられる空の瓶。
全方位から突き刺さる氷の槍
突き上げる岩
光をも飲み込む漆黒の弾丸
作り直される防護壁。
立ち昇る火柱
押し流す様な激流
振り下ろされる岩巨人の腕
放り投げられる空の瓶
炎の龍
氷の鳳凰
叩きつけられた巨大な影の手――歪むクリストフの表情。
「……おい……貴様……何なんだ……何なんだよ!」
喚くクリストフの周りには、夥しい数の空の瓶。魔法を行使する度、失った魔力を回復させ続けたクリストフだが、漸くその回復薬に終わりが来たようだ。
「あら? もう終わりかしら? 私はまだ一割も魔力を使っていないのだけれど?」
涼しい顔でそう宣うリエラの周りには、空の瓶など一つも見当たらない。
そしてその発言に、頬をヒクつかせているレオン。
なぜなら馬鹿みたいな物資をポシェットに入れ、魔力が圧迫された状態でその発言である。
「ああ、そうそう……私は貴方が『まいった』しても許す気は無いわ」
今の今まで無表情だったリエラが見せたのは、見るものの心を奪う完璧な笑顔――紡がれる言葉が物騒でなければ……の話だが。
その笑顔に込められた殺気に、クリストフが半狂乱で剣を抜き
「それは僕のセリフだ――今までの奴らのように、存分に嬲って、辱めてから殺してやる!」
叫びながら一直線にリエラの元へ――
リエラの喉元に切先が突きつけられる――その寸前、クリストフの身体が『く』の字に曲がり吹き飛んだ。
リエラの前面には斜めに迫り上がった岩が一つ。
綺麗に決まったカウンターに、クリストフが胃の中の物を吐き出し、盛大に咳き込んでいる。
「ごめんなさい、どの道貴方の頭は零点だったみたいね――」
ゆっくりと歩くリエラに、クリストフが再び剣を構え飛びかかる。
今度はカウンターをもらわないように、ジグザグに走りながら――
その神速の動きがリエラの頸動脈を捉えた――と思った瞬間、再び『く』の字で吹き飛ぶクリストフ。
「少しだけ警戒していたのが、馬鹿みたいよ」
無表情のまま、それでも呆れた様な声を出すリエラにクリストフが「な、何が言いたい」と胃液が滴る口を拭い去った。
「見てわからない? 私、見た目通りの魔法職なの。杖での戦いはまだまだよ?」
そう言いながらヒュンヒュン音を立てて、杖を回すリエラ。
「貴方、薬で身体能力が上がってたのでしょ? なぜ最初から肉弾戦で来なかったの? なぜその魔力を身体強化に回さなかったの?」
最初のように、クリストフに向けピタリと止まった杖。
先端の金環が鳴らす「シャラン」という音にクリストフが「……クソ」とその血走った目を逸した。
リエラにこっ酷くやられた記憶に加え、リエラがあえて「剣術は二点、魔法も一〇点」と言ってきた意味を、今漸く理解したのだ。
……挑発だったのだと。
お前の剣術は大したことがない、魔法もそうなのだろ? 魔法を見せてみろ。
その挑発に安易に乗ってしまったのだ。薬で一時的な興奮状態であったとしても、まんまと嵌められた事に、クリストフが奥歯をギリギリと噛み締めた。
「……なら今からこの剣で貴様を――」
「それも無理よ。何度も言わせないで。貴方の頭は零点だって分かったもの」
無表情のリエラが構えを解き、杖で床を叩いた――リエラの真下に出現したのは黄色い魔法陣。
「身体能力が上がった所で、それに振り回されているだけの攻撃なんて、簡単に防げるわよ?」
リエラが言い放った途端、その魔法陣から全方位に向けて、先程クリストフを吹き飛ばした岩が突き出した。
つまりこれが、先程までのカウンターの正体だ。実際はこの領域に踏み込んだものに、カウンターを繰り出す魔法だ。
「薬なんかに頼った時点で、どの道貴方の負けなのよ」
床を突く杖の音で、輝いていた魔法陣が霧散する。
「な、なんだその魔法は?」
「知らないわ。作ったから」
「つ、作っただと――」
驚きの表情を隠せないクリストフに対して、リエラは相変わらず無表情だ。
ちなみにこの魔法は、薬を使用した能力強化の人間と戦う時の注意事項を、六郎から聞いて開発したのだ。
疾さや力に惑わされず、それを利用することだと。
相手は自分の疾さにも、強すぎる力にも、脳が追いついていないのだ。身体能力が上がり、動体視力が上がっても、それを処理する脳の力は薬の興奮で逆に低下しているのだと。
故にこちらの変調に合わせることも出来なければ、その力と疾さに物を言わせた単調な攻撃しか出来ないのだと。
ちなみに完成に付き合った六郎には、簡単に躱されている。
六郎ほどの腕前になれば、足元やカウンターへの警戒など「お手の物なのだ」と笑っていたその表情に、口を尖らせたのはつい昨日の事だ。
「ま、魔法を作るだと――」
「作るというより、ただの応用よ――」
クリストフの疑問に答えた無表情のリエラが、杖で地面を突く――床から生えたのは石で出来た巨大な十字架。
自身の真後ろに出現したそれを、クリストフが振り返った。
「な、何だこれは!」
再びリエラを振り向いたクリストフだが、それにリエラは答えない。
まるで今だけはダンジョンの唸り声も、その役目を忘れたように、妙に静かに感じる大部屋。
「答えろ!」
呼吸が回復してきたのか、クリストフの喚き声が大きくなる。
それにも答えず、リエラはただ黙って杖を一突き――「コン」という音が今は静かになった大部屋にやけに煩く響く。
喚き立てるクリストフの顎を、突き上げる岩。
顎が上がり、強制的に黙らされたクリストフがヨロヨロと後ずさり、十字架に背を預けた。
再び響く「コン」という音。
石で出来た十字架から伸びてくるのは、無数の
それらがクリストフの身体を、十字架へと縛り付ける。
「な、なんだこの魔法は――」
「あら? これも初級魔法の応用なのだけど?」
「お、応用――?」
再び見たことのない魔法に喚くクリストフだが、それを使用している本人は、事も無げに初級魔法の延長だと宣っている。
「こ、こんな魔法見たことがないぞ!」
「だから応用だって言ってるじゃない。元は初級魔法
「ば、馬鹿な! 初級魔法にこんな規模の魔法は――」
「あるわけないわよ。だって今まさに作ってる最中だもの」
当たり前でしょ? そういった声音のリエラが、磔られたクリストフにゆっくりと近づいていく。
「さっきまで貴方の魔法を観察したけれど……初級魔法程の感動はなかったわ」
リエラが杖を「コン」と鳴らす度、蔦が伸びクリストフの身体を覆っていく――
「初級魔法と生活魔法は素晴らしかったわ。与えた魔力をどう変換しているのか……気になったのよ。回復とは違う、面白い変換の方法と、如何に少ない魔力で使用出来るか図られた効率化――」
響く杖の音に、リエラの周囲に顕現する無数の火の玉。
「――
もう様式美とも言える杖の一突き――飛んでいた無数の火は集まりやがて一つの渦になり、そのまま虚空へと消え去っていく。
「こんなもの、魔力さえあれば誰でも出来るじゃない。面白くないから自分で作ることにしたの」
もう絶望を告げる死神の声にしか聞こえない「コン」という音に、クリストフが「やめろ! 僕を誰だと思っている」と怒り狂うが、リエラの耳には届かない。
クリストフを覆っていた蔦に出現した無数の根が、その身体を這い、遂には身体の中へ――。
痛みこそ感じないが、訪れる身体の異常に、クリストフが「何だ? 一体何をするつもりだ?」と半狂乱で喚き散らす。
「安心なさい。別にその根で、あなたの養分を吸おうというわけじゃないわ」
『養分を吸い取るのではない』と言ったリエラの言葉など耳に入らない。
忍び寄る死の恐怖に、「やめろ! 許してくれ!」と喚くクリストフの姿に、リエラは初めて溜息をついた。
「それは無理よ。だって、今貴方を裁いているのは、私じゃなくて貴方が今まで無意味に殺してきた人たちだもの――」
リエラの言葉に呼応するように、クリストフの周りに白い靄のようなものが無数に現れた。
何てことはない。ただの靄なのだが、薬の影響か、クリストフはその靄の中に幻覚を見ている。
「やめろ! あれは違うんだ! そう、ただの遊びで――」
完全に狂乱するクリストフだが、暴れようと藻掻く度に根が侵入した身体がビクビクと蠢く。
「懺悔ならあの世でなさい?」
再び見せたリエラの笑顔に、クリストフが「あ゛」と間抜けな声を上げた瞬間、全身から蔦が飛び出し、空宙に血の華を咲かせる。
舞い落ちる血――刹那に散る血の華に目を閉じ、クリストフに背を向けたリエラ。
「痛みを感じない相手にはイマイチね……まあ最後に綺麗な華を見せてくれただけ、貴方という存在にも価値があったかしら?」
リエラが一際大きく杖を打ち付けると、クリストフの身体を覆っていた蔓が一瞬で十字架の中へと引きずり込まれた。
口や耳、目から血を流すクリストフの死体が、地面に落ちるとほぼ同時、残った十字架も、サラサラと崩れ落ちダンジョンの風に消えていく。
静まり返る大部屋に、あいも変わらず響くのはダンジョンの奥底から聞こえてくる唸り声だけだ。
「思ったより長引いたわね。先を急ぎましょ?」
振り返ったリエラの視線の先には――
「り、リエラ嬢……残酷だな」
ドン引きのレオン。そして――
「閻魔も裸足で逃げ出す恐ろしさじゃな」
と笑う六郎。
「うっさい! アンタには云われたくないわよ!」
頬を膨らませるリエラに「ワシは首ば落としとるだけやろうが」と六郎が口を尖らせている。
「と、とにかく脱出を急ぐ――っロクロー! 何をしてるんだ?」
「何っち、首ば落とさんと」
倒れたクリストフにまたがり、その首に狐男から掻っ払った剣を押し当てる六郎。
「く、首? そんなもの――」
「そうは云うても、こいつ以外は全部回収したしの」
六郎の言葉にレオンが
「い、いつの間に――」
「ちゅうわけで、コイツん首も貰って帰るぞ」
斬り落とし、髪の毛を掴んで持ち上げた首に六郎が満足そうに笑う。
「ほれ、お前ん手柄ぞ?」
「要らないわよ!」
差し出された首に、眉を吊り上げるリエラと、「訳ん分からん奴やな」と苦笑いの六郎。
「二人とも何でもいいから急ぐぞ!」
既に簀巻きの男を抱え上げ、階段へと足をかけながら振り返るレオン。
その様子に六郎とリエラも駆け出した。
「……アンタ、その首持って帰っても報奨金とか出ないわよ?」
「分かっとるわい。じゃが、持ち主に戻さねばならんじゃろ?」
笑う六郎の姿に「持ち主?」と、既に首を落とされた元クリストフを振り返るリエラだが、今は答えを待っていても仕方がないと頭を振った。
それ以上に重要なことがあるからだ――
「そんなことより、ロクロー! アタシの足じゃ、アンタ達についていけないんだけど!」
苦笑いをしながら「おうおう、そうじゃったな」と腰をかがめた六郎に飛び乗るリエラ。
先程までアレだけ腹立たしかった気持ちが、その背中の上でゆっくりと、六郎の体温へと溶けていくのを満足そうに噛み締めている――
「リエラ! 腐った死体が出たぞ!」
「ああ、もう! いい気分だったのに!」
とりあえずダンジョンから出るまでは、ここのモンスターに八つ当たりで紛らわせるしかない。そう諦めたリエラが手をかざす先、現れたモンスターが、蒸発していくのであった。
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