残響

アンドレイ田中

第1話

「人生一度きりなんだから、やりたいことやらなくちゃ!」

 アニメや小説でよく聞くありきたりな言葉。この18年も生きてきた中で何度も聞いた。けど、どれも私の心を響かすことはなかった。

 それはなにものにも縛られない人の言う理想で、私はそんな人ではなかった。

 私は恋人に縛られている。

 恋人や家族に縛られなければ私は生きていけない。

 金魚が海に出たら死んでしまうように、私はなにかに縛られることがなくなればどうすればいいのかわからなくなってしまう。

 だから、誰かに縛られているほうが楽だからだ。恋人や家族を第一優先に考えることで自分中心の考えをなくせるし、余計な選択肢も減らせる。

 けど、私は彼女の目を輝かせながら言ったその言葉を忘れられずにいた。

 彼女の言ったあの言葉はどんな実力のある声優や俳優、小説家よりも説得力があった。言霊を持っていた。それは北条政子やキング牧師のした演説のように。

 私には夢がある。それは東京に出て、一世一代の大博打の夢。叶えられる保証なんてどこにもない。夢が叶うか、それとも死か。その二択でしかない。それでも挑戦してみたい。

 私の鍵をかけてしまっておいたこの感情がどんどん溢れ出てきて止まらない。

 今までもこんなことは度々あった。それでも僕はこの気持ちを騙し騙しで押さえつけてきた。そんなことももうできないらしい。

 後日、私は彼女を呼び出した。この話をするために。

 彼女はいつものように楽しそうな笑みを浮かべて、待ち合わせ場所に来た。

 そこから少し歩いた場所にある駅前の喫茶店に入り、席に着きコーヒーほ二つ注文をする。他愛もない話をしていると注文したコーヒーをウェイターが持ってきた。コーヒーを一口飲んで、呼吸を落ち着かせる。それでも心臓の鼓動が耳まで伝わってくる。暫しの沈黙が流れる。

「単刀直入に言うね、私と別れてほしい。」

 彼女は鳩が豆鉄砲を食らったような表情になった。

「い、いきなりどうして…」

 僕は深呼吸をした。

「東京に出て俳優になりたいんだ。」

「本気で言ってるの?」

「うん」

 彼女の眼を見て答える。

「叶うかどうかも分からない夢のために確実に手に入れられる幸せを捨てるの?」

「叶うかどうかなんて関係ないよ。ただ、今挑戦しないと私はきっと死ぬ間際で後悔すると思う。その時後悔したくないから今の幸せをあきらめるんだ」

 彼女の顔はみるみる赤くなっていく。

「あなたのことを2年も思い続けて、やっと私のものになって、1年付き合って最後がこれなの…。あなたと付き合うために男との関係の全部切って、好かれるために頑張ったのにふざけないでよ!私が…あなたのために必死になってた私が馬鹿みたいじゃない…」

「ごめん…」

 ここから沈黙が続いた。

「昔、将来はどうなりたい?って話したよね…。あの時、僕は『安定した仕事に就いて、君を幸せにしたい。』そう言ったの覚えてる?」

「…覚えてるよ。」

 少し、鼻声になりながら彼女は答える。

「当時は私もそれでいいと思ってた。君が隣にいて、私たちの間には二人の子供がいて、掴めもしない無謀な夢を諦めて生きていく。それが私にとって最も素晴らしい幸せだと本気で思ってた。けど、ある人に言われたんだ。『人生一度きりなんだから、やりたいことやらなくちゃ!』って…。それ聞いてさ、このままでいいのかなって思ったんだ。今の私にこの大博打が成功するかなんて関係ないんだ。ただ挑戦しないと気が済まないんだ。」

 少し、私は肩で息をした。これで私の気持ちは届くのだろうか。そんな気はしない。

 彼女は大きなため息を吐いた。

「もういいわ。あなたとはうまくいきそうな気がしてたんだけどね。さようなら」

 彼女は店に入るときは聞こえなかったヒールの音をコツコツと鳴らし、店を出て行った。

 私は彼女に呆れられてしまったのだろう。それも仕方ない。

 少し温くなったコーヒーを飲み干し、私も店を後にした。

 夏帆と話し合っても私の緊張は解けることはなかった。けど、今私の感じている緊張よりも幾分かすっきりとしてい。そんな気がする。

 この先、私はどうなっていくんだろうか。そんなことは誰にも分らない。もしかしたらこの大博打が大成功するかもしれない。もしかしたら失敗するかもしれない。けど、挑戦しなくちゃそのどちらも手に入らない。だから、私は挑戦するんだ。そのどちらかを手に入れるために。

「さてと、次は親父たちか…。厳しいなぁ!

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残響 アンドレイ田中 @akiyaine

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