9.逃がさないぞオーラ
東、上陸可能な海岸と生い茂る森。
西、岩礁と荒れた岩場。
南、植物に呑まれた廃墟。
中央、だだっ広い草原。
北、切り立った崖と丘。
この島の地形はこんなところでしょうか。イベントマップは同じポータルを登録している人同士で自由に統合できるようなので、南側のマップは私が提供しました。
中央より少し南側にあるポータル……本格的な探索の際の拠点として認知され始めたここでは、たくさんの異人がパーティーを募集したり死に戻ってきたりしています。
ポータル周辺の魔物も最初はやられる人が多かったですが、それも次第に減っていき、一日目にして楽な経験値扱いを受けています。哀れ泥魚……泥スライム? どっちでもいいか。
イベント二日目。今日も今日とて私はソロで廃墟の探索――のつもりでした。どうしてこうなったのか。私は今、攻略組のパーティーに加わっています。
それは遡ること一時間前。ログインした瞬間にばったり出会ったのは、先日フレンド登録したばかりのディルックさんとそのパーティーメンバーでした。
「……ドウモ」
「こんにちわ。ソロでイベントかい?」
「ええ、まあ」
ログイン直後に話しかけられるとは思っていなかった私はキョドってしまいました。今時、壊れかけの機械ですら発さないようなカタコトの言葉でなんとか挨拶を交した私を待っていたのは、爽やかな笑顔と興味津々な四人の圧。
彼のパーティーメンバーが発する逃がさないぞオーラに怖じ気づいた私は、あれよあれよと気付いたら全員とフレンド登録していました。
「――改めて、いちおう攻略組のリーダーをしているディルックだよ」
「紫リンゴだよ。リンゴって呼んでね」
「…………シェィ・ラン」
「丸もん男爵だ。知り合いには男爵と呼ばれている」
「キャンサー猫でーす!」
「私はロザリー、です」
ディルックさんは長い金髪を後ろで束ねた長身のイケメンです。リアルとほぼ同じ顔らしいのが腹立ちますが、リアルのあれこれは仮想空間に持ち込まないのがお約束。
リンゴさんは毒々しい髪色をしていますが、容姿とは裏腹に話しやすく、年上のお姉さんっぽい雰囲気があります。
シェィ・ランさんは昨日会いましたね。コミュ障ではなくそういうロールだそうです。あと複雑な髪型ですね。
男爵さんは何というか、偉そう、というのが第一印象です。検証スレの住人と聞いて納得しましたが、一対一では会話が続かなさそうです。
猫さん。とても可愛いですね。なぜ猫の前にキャンサーと付けたのかを聞いたら、強そうだから、と返ってきました。
彼らは攻略組として日々魔物と戦い、最初の一歩を開拓し続けているそうです。レベルも20後半まで上がっていて、間違いなくトッププレイヤーと言えるでしょう。
とはいえ、何もかもが手探りのこのゲームでの攻略組は、他のゲームで言う攻略組とは少し意味合いが違うらしく、前人未踏の景色を最初に見るのが目的であって、ゲームクリアが目的ではないそうです。
言うなれば、冒険者。
そう、まさしく冒険をしているのが彼らです。
セカンドワールドを本物の世界として、限りない時間と労力を対価に全力で未知を開拓している彼らに共感出来る部分があるのも事実です。
「実は廃墟のフィールドが中々に手強くてね。フルパーティーでようやく、って感じなのさ」
「もう何というか、物量が凄いのよ。オマケにタフ」
肩を竦めた彼らに嘘をついている様子はありません。
メリットを独占したい人に見られがちな嘘をつくという行為は、長期的に見ればデメリットでしかありません。それでも嘘をつく人間は必ず出ますし、それがゲーム内なら集団になるほど膨れ上がります。
「見たところ五人しかいないようですが、つまり、臨時の六人目を探していた、と言うことですか?」
「そうなるね。欲しいのは近接武器が得意な人だし、何よりシェィ・ランより先に森を抜けたらしいじゃないか。レベル的にも適正だし、今回だけでもいいからパーティーに入って欲しいんだ」
ちら……とディルックさんに視線を向けられたシェィ・ランさんは、私の方を見ると静かに頷きました。
それは肯定なのか否定なのか判断に困りますね……
「……私、かなり癖のあるスタイルですけど、パーティー組んでも速攻で瓦解するレベルで。それでも大丈夫なら、六人目として参加してもいいですよ。少しの間ですが、よろしくお願いします」
――結論ですが、私個人の感想として、この人達とパーティーを組むことに忌避感は無いです。
強すぎても弱すぎても、ゲーム内のパーティーでは差があり過ぎればギスギスし始めます。それがどんなに仲のよい人間だとしても、誰か一人だけが上に、もしくは一人だけが下にいれば、無意識に差別化してしまう。
そうでなくとも、どこか遠慮してしまう。そんな人間関係が煩わしくてロスト・ヘブンに逃げた私ですが、一時的に、攻略や周回を目的にパーティーを組むのなら、問題はありません。
「よし、なら探索の前に軽く腕試ししておこうか。PvEかPvPどっちにする?」
「決闘が一番デメリット少ないからそれにすれば? あと時間あったら今度ショッピングでもしようよ」
「私料理得意だから食べてみて!」
「……オススメ」
「ふん、見ず知らずの他人と息を合わせるなど、条件が不明なバグの再現検証よりは簡単だ」
パーティーに参加するのが決定した瞬間、怒濤の勢いでリンゴさんと猫さんが押し寄せてきましたね……さり気なくシェィ・ランさんも近寄ってきていますし。というか、暗器って普通の武器より扱いづらいのでは……?
ちなみに、男爵さんの哀愁漂う独り言は、残念ながら無視されました。
――決闘、と呼ばれるシステムがある。これはPKやPKKによるプレイヤー同士の殺し合いではなく、互いのHPを保護しつつ勝敗を決めるためのものだ。
予め設定された条件に両者が同意することで、第三者の介入が出来ない特殊なフィールドを形成する決闘は、どちらかが敗北もしくは降参するまで解除は出来ないため、腕試しや揉め事の解決に使われる。
以下、決闘の詳細な仕様が検証スレの住人によって纏められている……
「何というか、凄い以外の言葉が浮かびませんね……」
「僕らが未知を開拓する者なら、検証スレの彼らは未知を解体する者だからね」
「とはいえ、よく戦闘中に再現できるよねって話。男爵もそうだけど、検証スレの戦闘班ってプレイヤースキル極まってるイメージ」
リンゴさんの意見に同意します。
お手本というか、決闘システムを知らなかった私への説明を兼ねた検証をしているのですが、ちょっと何やってるのか理解できない光景が繰り広げられています。
敏捷と器用に特化した斥候のシェィ・ランさんは、複数の暗器を使い分けることで戦法が一定しないよう立ち回っています。次の手が読めないのはかなり厄介でしょう。
筋力と体力に優れたタンクである男爵さんは、それらの攻撃を受け流すことでリズムを狂わせたり、受け止めることで次の手を出しづらくしています。しかも、一対一の油断できない状況の中、合間に槍による牽制、妨害を差し込みつつ、シェィ・ランさん
ですが、それだけでは説明できない奇妙な動きも男爵さんはしています。一見無駄なように見えるアレが検証に関することなのでしょうが……
ああ、どうしましょう。対人欲がふつふつと湧いてきました。
ロスト・ヘブンの中でランカー対策として編み出された、肉盾雨槍コンボやガーキャンパイルバンカーが懐かしくなってきました。
「終わったみたいだ」
「…………頭おかしい」
「検証を重ねた小技に反応できる時点で同類だろう」
やれやれと言った感じで肩を竦めるシェィ・ランさんと、肩を回しながら疲れを解す男爵さんが戻ってきました。
「まあ、こんな感じで、決闘は腕試しとか検証によく使われるんだ」
「あとは冒険者組合の訓練場とかだけど、そっちは人が多いから狭いんだよね」
「よし、次は俺と君だ。ポーションは使う?」
「あまり使わないので禁止のままでいいですよ」
「じゃあ申請送るね」
無機質なUIが決闘を申し込まれたと私に告げます。
内容は予め決めた通り、『終了条件はどちらかのHPが1になるか降参』『回復アイテムの使用禁止』『魔法及びスキルは無制限』『終了後は決闘前の状態に戻る』です。
レベル差は一〇以上。ですが、ジャイアントキリングに必要なのは創意工夫であって、真っ正面から押し切る力ではありません。鍛え上げたスキルを総動員して、時間を掛けて削っていきましょうか。
フィールドが形成され、カウントが両者の間に浮かびます。
彼は大剣を、私はハルバードを構え、お互いの装備を観察します。カウントが減っていますが、わざわざ意識を向けるまでもありません。
0になったら攻撃できる。たったそれだけのことに意識を割くぐらいなら、相手の観察に努めますよ私は。
彼の大剣は、私の武器より確実に優れているはずです。鉱山の街……名前は忘れましたが、あそこで採掘していれば良質な金属は手に入るでしょう。ならば、少なくとも鋼鉄製なのは明らかです。
目線を僅かにずらし、次は防具を観察します。
防具は鎧などではなく全身布製であり、それは彼が軽戦士であることを示します。
質量のある大剣を持つ軽戦士ですか……私のスタイルと少し似ていますね。距離を詰められれば地力で勝るあちらが有利です。
ならば、私はハルバードの強みを押し詰めるように戦うべきですね……。さて、どこまで通じるでしょうか。
カウント3……2……1……
――0!
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