第7話 強盗と殺人事件

 彼らの服はぼろぼろで、どうやら難民のようにも見える。小人ばかりの国があって、そこから逃げてきたという設定なのだろうか。……ゲームにしては重すぎる気もするが。


「お恵みください」

「今日の食事にも困っております」


 しかし、まとわりつかれる周囲の反応は冷ややかだった。苦笑交じりに小銭を投げてもらえれば良い方。ひどいときは、罵声やゴミが降ってきていた。


 近付いてみる。ゴミのせいか、小人たちからはむっと嫌な臭いがした。


「これ、少しくらいなら──」


 それでも天使のようなりゅうがフェムトで作った小銭を出した瞬間、小人たちの動きが一変した。つむじ風のように通りを駆け抜け、気付いたら龍の掌の小銭は消えている。


 出そうかどうか迷っていた愛生あいの財布からも、のぞいていた札が抜き取られていた。飛び上がって指を伸ばしたのだろうか、まったく動きに気付かなかった。なんて素早いんだ。


「どこ?」

「上だ!」


 愛生が気付いた時には、小人たちはすでに、屋根の上まで駆け上がっていた。


「ち、この程度かよ。しけた野郎だな」


 上目遣いで哀れっぽい声を出していたのが嘘のよう。あろうことか小人は舌打ちをした上、捨て台詞を吐いて去っていった。帰り際、愛生からせしめた物を仲間内で奪い合っている。


 龍が柳眉を逆立て、暴言を吐くのを必死に我慢しているのが見える。


「行ってしまったか……金は、諦めるしかないな」


 フェムトなのだから、補給はすぐにできる。理屈ではわかっていたが、龍は釈然としない様子だ。愛生は相棒の肩をたたく。


「……気にするなよ」


 しかし龍は見た目にもはっきり分かるくらい落ち込んでいた。クールに見えて、時々こういう子供みたいなところがある。──それはそれとして、あいつらは殺す。


「あーあ、やられたな。あんたら旅の人かい?」


 いきなり後ろから声をかけられて、愛生は慌てて殺意をひっこめた。


「あんまり本気にすんなよ。元々、性格のいい連中じゃねえ」


 通行人たちが、呆れた様子で愛生に話しかけてきた。龍が首をかしげた。


「ひとりひとりの力は弱いんだが、その分すばしっこいし、禁じ手でもなんでも使う。病気で弱って苦しんでる旅人から所持品をごっそり奪うなんて真似とかな」

「悪事をあげりゃ数え切れねえし、ちゃんとした職にもつかねえ。最近は活動間隔も近くなってて、放っといたら毎日のように被害者が出る」

「……邪魔者扱いも、無理ないですね」


 龍が辛うじて言葉を絞り出した。


「だからみんな、あいつらが来たら実力行使で追い払うのさ。それでもちゃっかり来るんだけどな」


 龍が納得した様子でうなずく。


「ま、俺から見ればあんたも無防備すぎら。財布から目を離すなんて、盗って下さいと言ってるようなもんだ」

「……その通りだな」


 日本の治安の良さになれきってしまっているとついおろそかになるが、手荷物管理は世界旅行の常識だ。愛生は心の中にその忠告を刻みつけた。


「ま、なんかあったら警察に言いな。あの人たちも、奴らには手を焼いてるから」


 住人が立ち去った後、龍は眉間に皺を寄せながら言った。


「警察……こっちにもあるのか?」

「……ええ、そうみたいですね。ただ、完全な国の機関として大きな権力を持っているかも」


 今の日本では、警察は国の管轄と都道府県の管轄に分かれている。しかし戦前は国家警察のみで、絶大な権力を持っていた。この都市がモチーフにしているフランスは今も国家警察のみだから、それにならっているとしたら、日本の感じで接したら火傷ではすまないかもしれない。


「とっつきにくそうだなー」

「といっても、ゲームの中では私たちは『客』のはず。聞けば、あの小人たちの情報くらいはくれるかもしれません」


 空には徐々に雲がたちこめてきた。不穏な空気が漂い、生ぬるい風が吹く。時刻は昼間なのに、夜のような天気になってきた。建物の間を抜ける風に背中を押されるように、愛生たちは歩いた。


「とりあえず、雨が降る前に目的地に入らないとな」


 愛生はつぶやいた。ゲームでも体感はリアルだ。無茶な行動をとっていたら、本当に医者が必要になるかもしれない。


 幸い、虎子とらこのおかげでたやすく宿に向かうことができた。途中、運良く警官のフェムトを見つけたので、声をかけてみた。


 警官は気さくだったが、小人に関してはさっき以上の情報は持っていなかった。しかし、宿については詳細に教えてくれる。


「大型種族用の宿だから、あんたたちが快適に泊まれるかはわからないがね。不便なのを我慢するなら、行ってみな」


 警備兵がそう言って笑った理由が、ようやく愛生にもわかった。扉も建物も、周囲の建物より明らかに大きい。贅沢に煉瓦を積み上げて作った外壁には緑の蔦が這い、庭木もきちんと手入れされているのだが、足を踏み入れるだけでなんだか恐怖感がある。


 愛生たちが宿の玄関に着くと同時に、激しく雨が降ってきた。扉を開けると、橙色の照明が目にまぶしい。ロビーは端から端が見通せないほど広く、中のフロントの受付台も愛生の身長の二~三倍はある。


 ちらっとベルボーイが愛生たちを見て、歩み寄ってきた。彼は腰を折るようにして、愛生たちの顔をのぞく。


「最上級のお部屋を用意してございますよ」


 ベルボーイが笑みを浮かべながら言った。


「これは泊まれということか」

「……向こうから言ってきていますし、何か意図があるのでしょうね」


 愛生と龍は視線を交わし合う。


「代金は? 高いのか」

「事前にお支払いいただいておりますよ。お忘れですか?」


 あまりにもことが簡単なので、愛生は苦笑いした。


「……ゲームから逃れる術はない、か」

「前向きに考えましょう。小さくて宿に入れないよりマシです。ひと部屋が広々使えますし」


 龍がにっこり笑った。そのかわいらしさに愛生は昇天しそうになるが、すんでのところでこらえる。


「なにか?」


 愛生は嘆息して、ボーイに手を振ってみせた。


「なんでもない」

「それではお荷物をお預かりしましょう」

「荷物はないから、自分で部屋まで行く。場所と部屋の番号を教えてくれ」


 部屋は四階の四〇四号室。鍵も巨大で、重さはボウリングの球くらいあった。愛生でなければもてあましていただろう。ずっしり重いそれを片手で持ち、愛生は階段の方へ向かう。


 一階にレストランとカフェがあったが、席に座っている客は誰もいなかった。おかげで硝子窓から、庭の様子がよく見える。


「こんな大きな宿なのに、誰もいませんね……」


 龍が眉をひそめる。


「雨になりそうだからな。みんな早めに着いて、部屋に入ってしまったんじゃないか。……話を聞いてみたいが、扉を開けてくれるかな」


 愛生はそう言いながら階段を上った。笑えるくらい階段も高いので、フェムトで補助の段を作りながら進む。


 ようやく上の階に辿り着いた、と思ったら、わずかに誰かが怒鳴る声が聞こえた。


「やめろ!」

「もうお終いだ!」


 こんな大きなホテルの従業員にしては乱暴だな、と愛生は思う。


「搬入の業者か何かか? それとも酔った客か……」

「あ」


 愛生が色々考え始めたその次の瞬間、けいが素っ頓狂な声をあげる。


「ししししししし」

「なんだ、落ち着いて言え」

「し、死んでるッ!!」


 あの弟が、怯えている。よほどの事態が起こっているに違いない。


 それを聞いた龍が、わずかに眉を震わせた。


「状況を。死人の状況は? まだ犯人も近くにいる?」

「そんな高度な質問は無理だ! とりあえず、死体のある場所だけ教えろ!」

「さ、三階の……なんかでっかい暖炉のある部屋!!」


 震える声で、弟はようやくそれだけ絞り出した。愛生は再び階段を上り、近くの部屋の扉を片っ端から開け放っていく。


「な、なんですか!」


 赤い顔の客に何度かにらまれたり嫌味を言われた後、愛生はようやく、食事を下げようとしていた給仕に巡り会った。


「この階で、暖炉がある大きな部屋はどこだ!」


 給仕は呆れた顔だったが、それでも場所を教えてくれた。客相手にことを荒立てたくなかったのだろう。


「……西の、三〇六号室ですが」


 考える前に愛生は走り出した。龍が追ってくる足音がする。


 愛生は三〇六号室の扉に飛びつき、横に伸びているドアノブを押し下げた。しかし扉は前後にガチャガチャと揺れるだけだ。


「鍵がかかっているぞ」

「事情を話して、一階で借りてきます」


 龍が走り去り、間もなくして戻ってきた。ボーイがやってきて、大きな鍵を鍵穴に差し込み、ゆっくりと回す。


 扉が開いたとたん、龍が眉根を寄せる。密室だったからだろう、むっとする金気の臭いが部屋じゅうに満ちていた。確かに京の言う通り、入って左手に大きな暖炉がある。毛足の長い絨毯に、黒い絹布の覆いがかかった寝台。現実世界であれば、一泊二十万くらいはしそうな部屋だ。


 だが、その高級客室の室内は壮絶なありさまだった。現実世界では、まず遭遇しない光景。力なく横たわる亡骸。その数はひとりやふたりではない。白く濁った眼球からは、もうなんの感情も伝わってこない。


「ひい!」


 室内に入ってきたボーイが蒼白になった。彼は心細そうに、愛生を見やる。


「早く警察に連絡を!」


 ベルボーイはのろのろと後じさり、廊下に出た途端、脱兎のごとく駆け出した。


「これがゲームの本番、ってことですか?」

「だろうな。少し刺激が強いが、検証しよう」


 それでも愛生は鼻をつまみながら、死体に近付いていった。何もしないと、血の臭いだけで酔いそうだ。


 被害者たちの肌の色はくすんで、血の巡りがないことを示していた。つい先ほどまで体内を巡っていたはずの血液は、傷口からその大半が流れ出て絨毯や壁をくっしょりと濡らしている。生命の兆候は、室内のどこにも残っていなかった。使う者のなくなった金貨が床にこぼれていて、それが一層むなしい。


 愛生は傷をまじまじと見つめた。なにか鋭いもので切られたのはわかったが、凶器の正体はわからない。ただ、遺体の傷付け方は執拗で、恨みの存在さえ感じさせた。被害者の何人かは抵抗したようで、金色の髪を握り締めたまま亡くなっているものがある。

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