15.クリスマスコンサート

鳴り響く拍手の中、緞帳どんちょうが上がり眩しく煌めくライトの光溢れるステージ上で吹奏楽部の演奏が始まる。千葉県の浦安に有る某夢の国風にアレンジされた軽快なリズムに合わせて手拍子が始まり、会場は大きな盛り上がりを見せる。クリスマスと言うイベントは人の心を暖かく包んでくれる。


「凜君、ひょっとしてドレス初めてかな」


隣に座る紗久良の耳元でぼそぼそと呟いた。


「……え、あ、うん。たぶん、本格的なドレスは初めてだと思うわ」

「結構似合ってるわね、凜君の好みかな?」

「う~~~ん、たぶん違うな。あれはきっとお母さんのチョイスだと思う」

「なるほど、深い洞察だね」


大当たりの読みを見せた紗久良は苦笑いを浮かべながらステージに視線を送る。そして心地く軽快な良いメロディは彼女の心を軽快に弾ませる。


★★★


全員参加の演奏が終了して次は格チームに分かれてのアンサンブルの演奏が始まる。凜達は一度楽屋に戻って出番を待ちながら最終的な打ち合わせ……といってもほぼ雑談タイムなのだが、これが意外と重要だったりする。


「うふふふふ、それにしてもいいねぇ、久しぶりのスポットライト」


摩耶がクラリネットを抱きしめながらほんのり上気した頬で嬉しそうにそう言ったところに今野が突っ込みを入れる。


「この辺で摩耶の本性が分かったりするのだね」


ちょっぴり皮肉っぽさを込めた口調に今度は口を尖らせ思い切り顔を近づけて尋ねる。


「なによ、どういう意味?」

「意外と自己主張が強くて目立ちたがり」

「なにお!!」

「でもって、アイドルになりたいと思ってる」


今野のアイドルと言う言葉に反応してメンバーの視線が一斉に摩耶に注がれる。その視線に戸惑いながら摩耶は困惑し、きょろきょろと周りに視線を送る。それを見ながら凜がポツンと呟く。


「悪くないと思うけど……」


その呟きに摩耶は少し驚いた表情を見せる。


「え?」

「なんか見て見たい気がするなぁ、可愛い衣装でステージで歌いながら踊ってる摩耶さんの姿」

「そ、それは……」


ポット頬を染めて恥じらう摩耶を中心に笑顔が広がる。こうして出番までに緊張は柔らかく溶けて行く。


★★★


「話は変わるんだけどさ」


真っ赤なドレスに身を包み髪の毛を高い位置でポニーテールに纏めた莉子が、隣に座り楽しそうに演奏を聞く紗久良に珍しく真顔で周りに気取られない様、小さな声で呟いた。


「え、なぁに?」


莉子は一度目を閉じて俯き加減で何事かを考え、妙な間を取ってから再び小さな声で尋ねた。


「あんた、将来どうしようと思ってるの」


その言葉の意味が理解出来ずに紗久良は一瞬眉間に皺を寄せてから莉子の方に徐に視線を向けた。そしていぶかし気な面差しで訳も分からず返事をして見せる。


「……はい?」


それを聞いた莉子は小さく溜息を一つ。その後、額に掌を当ててあきれ切った表情を作りながらぼそり一言。


「やっぱ、伝わらないか」

「……な、何が」

「何がって、あんたロンドン行くんでしょ」

「え、ええ、まぁ……」

「その後の事よ」

「そ、そうね、取りあえず東洋人だってそしられないように勉強と英語、頑張ろうか……なぁって…」


莉子はまるで地獄の底から湧いたような深い溜息をつきながら椅子の肘掛け右肘を付き額に手を当て小さく首を振って見せた。


「だ、だから何よ……」

「だから何って、凜君の事よ」

「……あ、ああ、ああ」


顎に右手の人差し指を当てながら全てを察したふりをしながら紗久良は上目遣いに何となくの返事をして見せる。勿論、莉子は自分の質問の意味を彼女が理解していない事は察した上で顔を上げると懐疑的な表情を向ける。


「まさかそのままバイバイなんて……」


しかし紗久良はにっこりと微笑んで見せた。


「うん、それは大丈夫、大人になったら私の事を必ず迎えに来てくれるって」


その言葉の中に少し能天気なニュアンスが読み取れた莉子は再び真剣な表情に戻ると重々しく紗久良に尋ねる。


「それって、信じられるの?」


莉子がそう尋ねると同時に一番目のグループの演奏が終わり、メンバーが立ち上がって一礼すると同時に会場拍手に包まれ二人の会話は一瞬中断された。そして演者が入れ替わると再びの拍手、そして演奏が始まると同時に場内に静けさが戻り、場内はコミカルで軽快なメロディーに包まれた。その中で二人は再びぼそぼそと話を始める。


「それって、信じて良い話なの?」

「え、だって、凜君がちゃんと……」

「あのさ、紗久良、世の中どんな風に転ぶか分からないじゃない。私達のこれからの人生長いんだからアクシデントなんていくらでも想定できると思わない?」

「ん……まぁ、それはそうだけど」


莉子の言う事は分からないでも無い、新興国に比べれば政治情勢は比較的安定している物の突発的な戦禍が訪れない保証は無いし、経済情勢だってガラッと変わる可能性が絶対に無いかと問われれば無いなんて言い切れる訳も無い。そうなれば、国と国の間の域気が遮断されて簡単に会う事が出来なくなって消息も途切れてしまう可能性がひょっとしたら有るかも知れない。


「それはそれでしょうがないじゃない、国と国の関係なんて何時の時代も流動的な物よ」


またしても質問の意図が伝わらなかった事に莉子は少し苛立ちを見せながらもそれをぐっと堪えて紗久良の耳元に唇を寄せる。


「そんな大きな問題じゃなくて」

「じゃぁ、何よ……」

「……恋愛感情って、遠距離で長時間維持出来ると思うのあんた」

「ん?」

「つまり、なんか、何というかこう、あかしみたいなものが欲しくない?」

「証……」


莉子は大きく頷いて見せた。同時に何故か場内が爆笑の渦に包まれた。ステージ上には着ぐるみのトナカイとサンタが登場しコメディなコントが始まった。そして、このコンサートの最後で行われる企みはけっして戯言でも冗談でもなかった。

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