11.さぁ頑張ろう
「良かったね」
突然言われた今野は凜が何を言いたいのか分からなくてきょとんとした顔を見せる。
「……な、なにがだ?」
「クリスマスコンサート」
「が?」
「莉子に招待状あげたんでしょ」
「ん、ま、まぁな」
「来てくれるってさ」
その『来てくれるってさ』と言う言葉に今野はかなり過剰に反応し、視線が急に鋭くなる。その理由に何となく感づいた凜はにやりと笑って見せたりする。
「ほう、返事を聞いてなかったんだ」
「り、莉子さんってさ、ほら、シャイじゃない」
成程、そう言う見方もあるかと凜は瞳を細めて改めて彼に視線を送ると恥ずかしそうに視線を外し首から上を真っ赤に染めて、サクソフォーンのリードをぱくりと咥える。
「そ、それよりおまえは誰に招待状渡したんだよ」
「うん、おかぁさん、それと紗久良に」
「そっか、なんか意外性が無いな」
意外性の無いと言う根の指摘に凜は苦笑いを見せるが逆に意外性が有るのも問題だろと心の中で突っ込んでみる。
「まぁ、いずれにしてもいいとこ見せないとな、頑張ろぜ凜」
「ああ、勿論」
二人は右手で拳を作るとグータッチなどしてこれからの奮闘に誓いを立てる。この辺は立場が変わっても揺るぎの無い男同士の友情と言う奴が脈々と息づいている事を物語っている。
「最後の最後のコンサートだから」
あまりにも何気なく呟いたものだから今野はその言葉を聞き流してしまいそうになったが不意にその違和感に気が付いてその表情がいぶかしげに変わる。
「……ん、なんだその最後ってのは」
「ああ、まだ二人だけの間で止めておいて欲しい事なんだけど」
「ん、ああ……」
「紗久良、来年の春に転校するんだって」
「なに?」
「お父さんの仕事の都合でロンドン行くんだ」
そこまで聞いたところで今野は凜の言葉の意味を理解して更にそこから深読み的な突っ込みが始まる。
「あっちに行ったら帰って来れないのか?」
「うん、年単位で無理みたいだね」
「来年受験だぞ、紗久良さんだけ残るって言う選択肢はないのか」
「中学生だからね、義務教育を受けてる立場じゃ親と離れて暮らすのは無理だって」
「まぁ、常識的に考えたらそうだろうな。それで、お前はどうするんだ?」
「え……僕?」
今野の表情は突然鋭い
「紗久良にはちゃんと言ってあるよ、大人になったら迎えに行くって」
「そうか、そんで?」
「うん、ここからはまだ言って無いけど、結婚……したい」
それを聞いた今野がわなわなと震え出し、その様子を見ながら凜は眉間に皺を寄せて怪訝そうな表情を見せるが彼の瞳にじんわりと染み出すものを見てふわりと表情を緩ませる。
「……そっか、そうだよな、迎えに行くなら結婚する
眼球に悪いんじゃないかと思う位強く拳でごしごしと瞼を擦る今野を見ながら凜の心の中にも熱い物が込み上げてくるのを感じた。
「良いコンサートにしような」
少し震える声で呟いた今野に凜はしっかりと頷いて見せた。
「すみませ~~~ん、遅くなりましたぁ」
教室の扉が勢いよく開いて摩耶やその他のメンバーが教室の中に入って来た。そして、妙な雰囲気で机が片付けられた教室の真ん中に多比つくす二人の妙な雰囲気を見て不思議そうに見てからお互いに視線を回す。
「ど、どうかしたんですか?」
その雰囲気を吹き飛ばす様に今野は不必要に明るく元気な大声で叫ぶ。
「はいはいな~~~んでもありませ~~~ん!!」
その空元気的な勢いに摩耶達は少し引き気味な視線を送るが今野はそんな事はお構い無しでオーバーなアクションと共に練習開始を宣言する。そして皆で椅子を並べて着席し譜面台を広げてからチューニングを済ませ取りあえず一度合奏してみようとなったところで今野がさっきの空元気を込めて一言。
「今回のコンサートは色々と『キモ』になる部分が多いので気合入れてまいりましょう」
その言葉に凜以外のメンバーが再び顔を見合わせる。そして、摩耶がちょこんと顔のあたりまで手を上げて今野に尋ねる。
「あの……何ですか、キモって」
「う~~~ん、今のところは気にしない気にしない。さ、それでは参りますよ」
そう言い終わると今野は軽く右手を上げて見せる。するとメンバーは慌てて楽器を構えて演奏の準備に入り、合図に合わせて演奏が始まった。
最初の曲はEartha Kittの『Santa Baby』。女の子が恋人にクリスマスの贈り物と愛を
メンバー達は久しぶりのハーモニーに心を躍らせながらクリスマスの夜に心を馳せ、愛が成就する事を心から願った。そして、凜はこの気持ちが紗久良に届き優しく微笑んでくれる事を願った。
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