12.二度目の再会

ちらちらと送ってくる凜の怪しい視線に気が付いて、授業中に取ったノートを少し纏めていた紗久良は机に向けていた顔を上げる。そして視線が合うと同時に目を反らす凜を不思議に思い、怪訝そうな表情を見せながら彼女に尋ねる。


「なぁに、どうかしたの凜君……」


少し棘のある口調で尋ねる紗久良を凜は自分の席に座ったままほんのちょっと振り向いて再びその意図が良く分からない視線を送って来る。その意味に何となく気が付いた紗久良は周りを少し気にしながら徐に立ち上がるとこそこそと凜の席に向かって背中を丸め、今の凜の視線と変わらないくらいの怪しい動作で近づくと耳元で呟いた。


「どうしたのよ、怪しいわよホントに」

「え、う、うん……ちょっと頼みが…」


紗久良の言葉に頬を染めながら話す凜、その反応を見てちょっと慌てる紗久良……


「……まさか、急に来ちゃって持ってないとか」

「違う!!」


この手のガールズトークについて行ける位成長した凜だったが、実はその成長したが上の頼みだった。そして、突然叫んだものだから凜い集まる視線を苦い笑顔を振りまき散らしてから再び二人はこそこそ話を始める。


「ね、紗久良、今度の日曜日って、何か予定有る?」

「そうねぇ、日曜日は……」


紗久良はゆっくりと体を起こすと唇に右手の人差し指を当て、天井に視線を移し暫く考え込んでから徐に答えた。


「うん、特に無い」

「……そこまで考えないと分かんない程、紗久良って忙しいの?」

「いや、それ程でも」


演技が少し大袈裟だったかなと少し反省して紗久良はほんのり桜色の染まる。凜はむっとしながらも一応自分が頼む立場であるから只管下手を貫き続ける。


「もし、暇だったらその、買い物に付き合ってほしいんだけど」

「買い物?うん、別に構わないけど。で、何買うの」

「え、うんその……」


何故か恥ずかしそうに口籠る凜に対して紗久良の鋭い突っ込みが一発炸裂した。


「まさか、エッチな本とか」

「んな訳ねぇだろ!!」


思わず男の子返りする凜の叫びにクラスの視線が再び集中する。そして先程と同じく苦笑いで皆の視線を散らすと再び二人は顔を寄せてひそひそ話を始めた。


「実はその……」

「うん」

「ブラのサイズが合わなくなって来ちゃって……」

「あらあらあまぁまぁ」


紗久良は凜の顔から一旦離れると、両手で彼女の胸をぽんぽんと触ってみる。そして、その掌を一度見詰めてから再び凜に視線を戻す。


「……せ、成長したわね」


まじまじと見つめる紗久良の視線を痛そうにしながら凜は頬を染めて小さく頷いて見せた。確かに育ち盛りであるから急速に体形が変わるのも頷けるのだが、病院で処方されている薬の影響も少なからず有る様だった。


「なんか食い込んで来るみたいで、お風呂入る時に外すと跡がくっきり残ったりとか」

「あらら……」

「普段でも時間が経つと痛痒くなってきたりとか」

「まぁ、それは大変。お母さんにはお話ししたの?」


凜はふるふると首を横に振る。


「どうして、一番頼りになる人じゃないの」

「うん、まぁそうなんだけど、なんか言い出しにくくて……」

「なんで?」

「うん、その、まぁ、しょっちゅう顔合わせてるから何となく気恥ずかしいと言うか」

「私なら恥ずかしくないの?」

「そ、そんな訳じゃないけど……その、なんかその、話しやすいと言うか」


肩を窄めながらしゅんとして顔を赤く染める凜の姿に思わず胸がきゅんとした紗久良はきらきらの笑顔を見せる。


「うん、分かった。次に日曜日ね。付き合ったげる」


凜は丸めた背中をゆっくりと伸ばすと安堵の笑顔を見せる。


「断られたらどうしようかと思っちゃってたんだ」

「凜君の頼みなら断らないわよ」

「ありがと、紗久良」

「うん」


こうして二人の二度目のデートの日取りは決まり、何時もの様に時間は流れてその日は何げなく訪れる。


★★★


二人が赴いたのは以前買い出しに来たデパートに出店しているランジェリーショップだった。そして展示されている華やかな下着達の群れを目の当たりにした凜は例によって頬を染める。隣に立つ紗久良はその様子を横目で見ながら笑顔を崩す事無、でも、少し棘の有る声で囁いて見せる。


「そろそろ慣れないとね」

「……うん、まぁそれはそうなんだけど」

「そんなだと何時までも一人で買い物出来ないぞ」

「う、ん……」

「じゃ、行きましょ」


紗久良は凜の手を取ると少し強引に手を引いて店内に足を踏み入れる。そして、この前お世話になった女性店員と凜の目が合った瞬間、店員はにっこりと微笑み足早に近づいて来た。


「こんにちは、いらっしゃい。また来てくれたのね、嬉しいわ」


店員はにこにこを絶やす事無く本当に嬉しそうに凜を見詰める。その表情に商売っ気は無くて再び訪れてくれた事を単純に嬉しく思っている様に見えた。その笑顔を見上げながら凜は恥ずかしそうに口を開く。


「あの、覚えてて下さったんですか?」

「ええ、初めて来てくれた時、とってもかわいい子だなって思って、それからなんか気になて忘れられなかった」

「そ、それはどうも……」


恥ずかしさがピークに達した凜は店員とまともに目を合わせている事が出来なくなって、少し俯き上目使いに彼女を見上げる、それは年上の女性に対する恋心を覚えそうな危険な視線。変な熱さを感じた紗久良はその間に割って入ると無理矢理な笑顔を作りちくちくと刺さりそうな口調で彼女に物申した。


「あの、すみませんが、この前買った物のサイズが合わなくなっちゃったみたいで。もう一回測り直して貰えるとありがたいんですが」


その口調の意味が嫉妬である事に何となく気が付いて、でも、ちょっと力が入る紗久良が可愛らしく見えて笑顔から笑いに変わるのを必死で抑え、小さく頷いて見せた。


「じゃぁ、こちらへどうぞ」


掌で試着室を指し示しながら女性店員は凜を伴いその中に消えて行く。その姿を紗久良は少し黒い邪念交じりの視線で見送るとカーテンが閉められたのを見計らい、ほうっと小さく溜息をつく。女性店員と触れ合っただけではないかと心に言い訳している自分に気が付き、ちりちりと心が焦げるのを感じた。


凜だって分かっている筈だと言い聞かせながら鎮めるパストは彼女の心を翻弄する。だがそれが優越感にも感じられるのはある意味、周りに見せる為の余裕なのかも知れないとも思った。

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