3.エスコート
「じゃぁ、一緒に行こうか」
「え……」
「病院って一人で行くのは何となく勇気がいる感じするでしょ。僕もまだ毎月一回通ってるんだけど、特に大きな病院って威圧感強くて今でも一人だと入りにくいって感じるんだ」
「……う、うん、そ、そうね」
傾いた陽の茜色が差し込む教室でにっこりと微笑んで見せる凜を見詰める摩耶の顔に笑顔が戻る。それはいろんな意味で勇気と決意の表明に感じられ、すっかり男の子の面影が消えて女の子の雰囲気に変わった凜に対する女同士の友情にも見えた。
「早い方が良いかな、明日の放課後はどう?」
「……うん、決心が揺るがないうちに、かな」
「そうだね」
口元に手を添えながらくすくすと笑う摩耶の姿に釣られて凜も笑い出す。夕暮れの日差しの中で二人の穏やかな時が過ぎて行った。
★★★
学校の授業が終わってヘタな言い訳で不信感たっぷりの表情を見せる紗久良を振り切り、凜は部室で摩耶と待ち合わせてから前日の約束通り二人揃って傑が入院している病院に向かった。
「ねえ凜君ってスマホ持ってたわよね」
「うん」
「メアド教えて、良ければ電話番号も」
二人は電話番号とメールアドレスを交換しながら病院までの道を歩き、目的地前の門の前で立ち止まる。
「はは……凜君の言う通りだね。やっぱり、結構入りづらい」
一瞬躊躇する摩耶の耳元に唇を近づけると凜はとびっきり優しい口調で囁いて見せる。
「大丈夫、行こう……」
凜の囁きはある意味、勇気をみなぎらせる魔法の呪文。摩耶の心の中で増幅されて
★★★
「ふふふふ、捨てられたね紗久良」
「な、そんな言い方しなくても」
「あら、凜君は紗久良の事振り切って部室に行っちゃったんでしょ」
「……昔から、有ったわよ、良く」
何の前触れも無くバスケ部の練習が休みになって帰宅時間が重なった莉子と紗久良は二人連れ立って学校の校舎を出た。紗久良がふと目をやったグラウンドの端に立つ銀杏の大木はその葉を更に黄色く染めて、はらはらとそれを散らし始めている。乾いた晩秋の風がそれらを舞い上げて土埃と一緒に空高く舞い上げる。その光景に都会の風の無機質さを感じたりするのは、今、莉子に言われた様に凜に捨てられたちょっとした寂しさとリンクしている様に思われた。
……しかし、明日の朝、再び顔を合わせれば、そんな思いは消え去る筈だ。それは紗久良の凜に対する繋がりだと信じたいと思った時、ある言葉が心に響く。
『……その時って…何時だと思う』
その言葉と同時に机に突っ伏して何も言えなくなった凜が何を思っていたのか何となく理解出来て紗久良はくすくすと笑い始める。
「な、なによ気持ち悪い奴だな」
意味不明のくすくすを始めた紗久良を横目で見ながら莉子は眉尻を寄せ、その意味を考えてみたが、結論を導き出すことは出来なかった。
★★★
「あの、こ、こんにちは……」
厚さ五ミリのガラス窓の向こうで少し怪訝な表情を見せる傑の真正面に直立不動の摩耶の
「ああ、なんか、随分久しぶりな感じだな、摩耶」
「え、えぇ、そうですね」
ぶっきらぼうな口調と態度で
「なんだ、凜?」
「あ、いえ、その、何と言うか……はい…」
「なんだ、またはっきりしなくなったか」
「いえ、その……」
傑のプレッシャーに少し引き気味の凜との間に摩耶は慌てて割って入る。
「あ、ち、違います。今日は私が凜君に無理矢理頼み込んで、要は、エスコートなだけで」
「……凛に頼み込んで麻耶が…か?」
「はい、私が、です」
彼の目が摩耶を頭のてっぺんから爪先までなめる様に不審そうな視線を動かして行く。その妙な刺激に耐えきれなくなりそうな勢いを利用して麻耶は大声で叫んだ。
「先輩!好きです!!」
病室は個室で傑以外の患者は居ないが、その壁一枚を隔てた奥が看護師の待機室になっているそうだから、インターホンを通してその声は聞こえてしまったかも知れない。ジェットコースターが頂点を通過してそのまま最高速度に向かって落ちて行く様な頼りない浮遊感を味わいながら、ここに来た目的を達した満足感で気を失いそうになって足元がふらついた瞬間の麻耶を凜は慌てて抱き止め、冷や汗を滲ませながらその視線を思わず傑に向ける。
「……なんだそりゃ」
物凄く重大な発言をされた筈なのに傑の表情はほぼ変わらない、と言うよりも発言の意味を理解していない、そんな面持ちを作りながら彼はゆっくりと口を開いた。
「好きには色々な意味が有ると、ある人物に最近気付かされたんだ。麻耶が言う好きって言うのはどういう意味だ?」
麻耶は凛に肩を支えられながら傑に弱々しい視線を送りながら一度ごくりとつばを飲み込んでから徐に一言呟く。
「……あ、愛してます」
時間がばきばきと音を立てて凍って行く様に感じられた。いや、凍って行くのは傑がいる病室前の廊下だけの様にも思えた。そしての摩耶の心の中は激しい後悔と言う副産物で満たされて行った。
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