16.不協和音
「そうか、分かった。済まなかったな、凜……」
「いや、そんな事は」
次の日の昼休み。凜は今野を部室に呼び出して昨日、佐藤傑と面会した事、その病状は楽観視は出来ないが、彼の表現のニュアンスから絶望的な状況では無く、回復する可能性の方が高い事を告げた。
「それにしても、よく合えたな。顧問の話だとガードが結構厳重で先輩の母親とは話が出来たけど本人とは会えなかったって聞いてるんだが」
「あ、う、うん、実は僕のおかぁさんに相談したらなんか話が通ったらしくて」
「……何かつてでも有ったのか?」
「さ、さぁ、そこまでは知らないけど……」
傑が凜に告白したことがつてになっていることなど言える訳も無く凜はただ只管、乾いた笑顔を張り付け視線を出来るだけ合わせない様にしながら誤魔化して逃げ切る先方に走る。と言うか、考えられる選択肢はそれしか無い、根掘り葉掘り詮索されそうな予感がしたから凜はそそくさと部室から出て行った。その背中を見送る今野は妙な違和感に首を捻るが何故そんな事を感じているのかと言う結論には辿り着けなかった。
★★★
「凜君、昼休みどこ行ってたの、ご飯ちゃんと食べた……?」
「え、う、うん、大丈夫だよ」
四時限目が終わると同時に脱兎のごとく教室から居なくなった凜の
「あの、さ、凜君、朝からなんか変よ」
「え、そん、そんな事、無いけど」
凜の机の前の席に座り込み頬杖を付き、何故か背筋をピンと伸ばして変に行儀よく座る凜を上目遣いに見上げながらその理由を問い詰めようとする紗久良だったが、今日の凜は妙にガードが堅い、本題に踏み込む事が出来ずの歯痒い想いだけが募って行く。
「そんな事を武器として使うなと言われそうだけど」
「……え、なに?」
「裸で一晩過ごした仲じゃない、変な隠し立ては無しにしてくれないかしら」
「あ~~~、え、まぁ、そ、そうなんだけど」
目の前で自分をジト目で見上げる女の子は裸で一晩過ごした関係の子で、凜が今思い浮かべているのは硝子越しだがファーストキスを交わした男の子。どちらかを立てろと言われて上皿天秤に二人を乗せてその重さを比較したら重量オーバーで支点でぼっきり折れる事は目に見えている。昨日の出来事は凜にとってある意味ターニングポイントになる出来事ではあったが、紗久良を
「でも凜君の嬉しそうな顔見てるの私好きだよ」
どこからともなく表れた莉子は背後を取ると、べっとりと抱き着き頬をすりすりと擦り合わせ、肌の感触とその温かさを楽しみつつ、凜の嬉しそうな笑顔に負けないくらいの明るい表情を見せる。初頭に近い季節だから太陽の高度も低くて昼休みの後半に入ると斜めの光が教室の床に乱反射して輪郭が淡くなり少し眩しさも感じる午後はのどかそのものでしかない。
「り……莉子、く、首が苦しい…」
強く抱き着きすぎて腕が首に入ってしまったらしく、ばたばたと苦しそうに暴れる凜を紗久良は穏やかな微笑みで見詰める。そして思う、この関係が永遠に続くことが平和で幸せになる為に一番必要な事なのではないかと。
★★★
更に次の日、放課後、凜が部室に行くと、佐藤が入院してから学校を欠席していた摩耶が部室に顔を出していた。
「ごめん、心配かけちゃった……ね…」
少し俯き上目遣いに凜に視線を送る彼女ははにかみながら微笑んで見せてはいるが、かなりやつれた印象が有る。パートリーダーとしてバリバリやっていたからその面差しにかなりのギャップを感じた。そして、女の子なのだなと改めて感じる。
そして、彼女が学校を欠席していた理由は決して鋭いとは言えない凜にも何となく察しが付く、更にそれがかなわない願いで有る事は
「でも、今野君から連絡貰って話を聞いた時は本当に嬉しかった」
「……そっか、今野が連絡したのか」
「うん、凜君が直接会いに行ってくれたんだって?」
「え、えぇ……まぁ…」
「あのね、私ね、佐藤先輩の事が好きなの」
練習の時に使っている箱椅子を並べて座り二人は穏やかに話し込む。摩耶は凜を完全に女の子として扱っていた。そうでなければこの年代、恋バナなど打ち明ける訳はない。
「でね、意を決して告白したの」
「……う、うん」
「告白するのって、勇気要るのね。その前日は心臓バクバク、胸から飛び出して踊り出すんじゃないかと思ったし、当日その場所では気が遠くなって失神しそうになったわ」
頬をほんのり染め、視線を床に向け、照れ隠しなのか脚をぷらぷらさせながら麻耶は話し続ける。
「そんで、ホントに吐き出すみたいに好きですって言ったんだけど、先輩ね……」
「う、うん…」
「好きな人がいるから、ごめんねって……断られちゃった」
紺は凛の心臓が飛び出して床でコサックダンスでも踊るんじゃないかと思われるくらい大きく脈打ち背中を冷たい汗が伝い落ちる。おそらく、だが佐藤が言う好きな人と言うのは凛でほぼ間違いがない。そう思った瞬間、自分の顔から血の気が引いて行き、青ざめているであろうその顔をひた隠しにするのが今出来る精一杯の事だった。
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