6.バスルームより……

「紗久良~~~お風呂沸いたよ、先に入っちゃって」


バスルームから聞こえた凜の声に紗久良はリビングから大きな声で返事をしてプレイしていたシューティングゲームを中断し、持って来た鞄の中から替えの下着やタオルを取り出して立ち上がると部屋を後にする。そして脱衣所に入ると浴室から湯加減を確認した凛が出てくる。トレーナーの袖を腕捲りしてそれを元に戻しながらの鼻歌交じり。上機嫌な彼女の姿が紗久良の目にちょっと刺激的に映る。


なんて言う事の無い凛の仕草なのだが紗久良の心にずきりと刺さる。その彼女の脳裏にちょっとした悪戯心が湧いて出て黒い笑顔浮かべ、右手で口元を抑えながら凛の耳元で小さな声で呟いた。


「凛君、一緒に入ろうか?」


紗久良の『にやり』が黒光りする。


「……ば、莫迦ばか、何言ってんだよ」


その一言に耳たぶまで真っ赤に染めて凛は焦りまくる。


「あら、子供の頃は良く一緒に入ったじゃない」

「それは子供だったから、男とか女とかいう意識が無かったからだよ」

「へぇ、今は有るんだ」

「そ、そんな事は……」

「それに今は女の子同士じゃん、恥ずかしがる理由は無いんじゃない?」


そう言いながら紗久良は凛の肩にふわりと抱き着く。


「一度よく見てみたいのよね、凛君の体」

「な、なんでだよ」

「女の子同士でも体を見せ合う事って中々無いから自分の体がちゃんと育ってるのか確かめたいって言うのも有るのよね」

「だ、大丈夫だよ紗久良は……」

「見ても無いのに何でそんな事分かるの?」

「そ、それは……」


そこまで言って凛は言葉に詰まる。そして、肩に抱き着いている紗久良を無理矢理引き剝がすとずりずりと脱衣所の入り口まで後ずさる。


「ご、ごゆっくり」


出てきた言葉はその一言だけ。全身を真っ赤に染めて背中越しに扉を開くと忍者がどんでん返しから出て行く様に凛は脱衣所から姿を消した。凛の思考の中にはまだ男の子がどっかりと居座っている事を改めて感じ、それが妙に可愛く思えて紗久良はくすくすと笑い始める。凛は基本的に何も変わっていないのだ。


★★★


「は~~~いいお湯だったわよ~~」


バスルームを出てリビングに戻って来た紗久良の姿を見て凛はとんでもない大声で叫ぶ。


「うわぁぁぁぁ~~~~!!」

「あら、どうかした?」

「どうかしたって、紗久良その恰好!!」


目のやり場に困る凛の姿を不思議そうな表情で紗久良は見詰める。


「これが、どうかした?」

「どうかしたって……それは人前に出る格好じゃないんじゃないか…な…」

「ん?そう、家では大体こんな感じだけど」


自分の格好を改めて見直してみるが紗久良は特に違和感は感じなかった様だが凜は大いに戸惑う。なぜならば彼女は今、素肌にバスタオルを一枚巻いただけの格好だったからだ。露な胸元とすらりと伸びる太腿を見せつけられて思わず視線を逸らし再び耳たぶまで赤く染める。


「お、お父さんとか、何にも言わない?」

「うん、なんにも……」

「そ、そんなもんなのかな」

「そんなもんよ、きっと」


リビングの床にぺたりと座り込む凜は複雑な表情で紗久良を見上げ、その大胆な姿が再び視線に入って慌ててその視線を逸らす。そして、ぴょこんと立ち上がると手足を同時に出し、こちこちに硬くなりながらリビングから出て行く。


「じゃ、じゃぁ、お風呂入って来る」

「うん、行ってらっしゃい」


ひらひらと手を振る紗久良に見送られながらリビングを後にして、廊下に出ると、思わずほぉっと溜息を一つ。そして思う、紗久良の雰囲気が何か違うと。学校で教室に居る時は意外と清楚で頼りになるお姉さんタイプなのだが、今の紗久良は何と言うか妹の様に感じられた。姉弟の居ない一人っ子だったから、真実は分からないが妙に無防備な彼女の雰囲気は明らかに年下の女の子に感じられた。


「ふぅ……」


湯船に体を浸してお湯の柔らかさを感じると心まで自然に表れて行く気がしたのは何時もとちょっと雰囲気が違う紗久良の側面を見たからかも知れないと凜は思った。そして天井を見上げると一粒、湯気の雫が落ちて来て、少し冷たいその水玉が意識を我に返してくれる。


おそらく、明日の朝学校に行けば紗久良はいつもの彼女に戻って、しっかり者のお姉さんタイプの表情を見せるのだろう。自分が男の子から女の子になったゆえの親しみ易さから、二人きりの時に見せる表情が変わったのかも知れない等と彼女の変化の理由を頭の中で巡らすが、それは全てハズレな事に凜は気付いていない、彼女の変化の根底に有るのは恋心なのだ。


その事に凜が気付くのは何時の事になるのだろうか……


★★★


バスルームから戻ると紗久良はスウェットに着替えていてくれたので凜は思わずほっと胸を撫でおろす。そして、少し夜更かしの夜は終わりを告げて、凜は自室で、紗久良は母の部屋で就寝する事にした。ベッドに入って照明を消して、暗闇の中で目を瞑り今日の出来事を反芻はんすうする凜は再び紗久良の変化について考え始めるが、勿論結論など出る訳も無く、眠気に任せてその思考を停止しようとしたのだが丁度その時、部屋の扉が静かに開く気配に気が付いてその方向に視線を向ける。


もっとも照明が消えた部屋の中だから真っ暗でその方向がどうなっているのかは良く分からない、凜は一瞬恐怖を感じて咄嗟に布団の中で身構える。不測の事態に備えて……


「……凜君、寝ちゃった?」


だが、扉の方向からかすかに聞こえたのは紗久良の声だった。その鳴き出しそうな声にを聞いて凜はゆっくりとベッドの上で体を起こした。

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