5.女子達の意向
凜が帰宅した後の昼休み、紗久良と莉子を中心にした女の子の輪の中で有る問題が提起された。その問題とは、体は女の子ではあるが中身は基本的に男の子の凛と女子が一緒に着替えて良いかという議論だった。
「私は別に構わないけど」
「うん、そうよね。体は女の子になったんだから特に問題は無いと思うけど」
「でも、頭の中身は男の子なんでしょ……それじゃぁちょっとなぁ」
凛が通う中学には更衣室が無い。従って体育の授業の前に行う体操着への着替えは教室で行われる事になる。その時、男子と女子は入れ替え制で着替える事になるのだが、その時、女子に混ざって凜も着替えていいのかと言う問題だった。
思春期に差し掛かった女子だから、体を見られることにかなり抵抗を感じるお年頃、誰からと言う訳ではないが、その中に元男子を混ぜていいのかと言う
「凜君って女の子になりたいと思ってなった訳じゃないんでしょ」
「でも、女子にならないと死んじゃってたかも知れないって聞いたわよ。ならどうにもならない問題じゃない」
「そうよ、可愛いんだからそれで良いじゃない。少なくとも男子には見えないわ」
「じゃぁ男子に見えない男子は女子に混ぜても良いって事?」
「……う~~~ん、そう言われちゃうとなぁ」
実際問題、凜は今、戸籍上の性別は『男性』のままになっている。この、性別を変更するための条件は大きく分けて六つ有ってその中に『十八歳以上である事』と言う条件が存在する。従って、これに引っかかって凜は性別を変更する事が出来ないのだ。
「だからって男子と一緒って言う訳には行かないでしょ」
「じゃぁ凜君だけ一人で着替えて……」
「それはなんか差別の様な気がする」
「なんか、意外と複雑な問題ねぇ。すぱっと解決できない物かしら……」
その声を聞いた瞬間、紗久良が胸の前あたりまでぴょこんと手を上げる。
「あの、凜君の主治医さんに聞いたんだけど。凜君は元々から完全に女の子なんだって」
紗久良の断言に莉子が突っ込む。
「どう言う事?」
「凜君は生まれた時、その、男の子のア、アレが付いてたもんだから第一次性徴の判断を間違えられただけなの。子宮も有るし染色体型もXX型だから正真正銘、上下左右どこから見ても女の子なの。ただ、男の子と勘違いされて育っちゃったからちょっと男の子っぽくなっちゃっただけで中身も全部ひっくるめて間違いなく女の子なの……って言う事で納得してくれないかな」
しどろもどろな説明を終えた紗久良は小さくあげた手をそろそろと降ろして肩を
「うん、紗久良、分かったわ。最初が間違ってて今回それが完全に是正されて、今までの問題はすべてクリアになったって言う事ね。なら、何の問題も無し。みんなで仲良く着替えましょ」
紗久良は大きく溜息をつきながらほっと胸を撫で下ろす。緊張が一気に解けて全身から汗がどっと噴出した。同時に少しだけでも凜の為になれたことを嬉しくも思った。
★★★
今日も母と二人の夕食を囲む凜。
「お茶、して来たの?」
「うん、結構面白かった」
「……ふ~~~ん、あなた意外と渋い趣味してたのね」
「渋いって、特技を身につけておくと人生有利だって言ったのはおかぁさんじゃない」
お箸を銜えて凜は少しむくれて見せる。その表情を見ながら母はくすくすと笑いだす。
「な、何かおかしいの」
「ううん、何でもないわ。なんと言うかこう、ちゃんと進化してるんだなって思って」
「進化?」
「うふふ、分かんないならそれでいいわ」
母の言葉の意味が理解出来ず、凜は不思議そうな表情を浮かべる。彼女はここ最近、自分でも気が付かない変化を見せていた。髪の毛や肌に気を使うようになったり、衣服の好みがはっきりして来たり、入浴時間が長くなったり女の子用の下着を身に着ける抵抗感が薄れたり、男の子時代の生活とはかなり変わってきているのだが、本人はあまり気にしてはいない様だった。
母の眼に映る凜は過去の凜とははっきりと違う人格を纏いつつ有る事がはっきりと見て取れた。体調も安定している様だし、過去と決別しつつある彼女は新しい道を確実に歩き始めている。それが頼もしくも見え、寂しくも見えた。
★★★
次の日、昨日同様三人で登校して教室に入った凜は、何となくだが雰囲気の違いを感じた。
「あ、凜君おはよう」
「おはよう凜君、体なんともない?」
「お~~~っはよう、今日も元気に過ごそうぜぇ」
教室に入った瞬間、女子達から朝の挨拶が凜に向けて飛び交う。空気の柔らかさが昨日とは違う様に感じられ、その変化に凜は少し戸惑ったりする。
「……あ、ああ、あの、お、おはよう」
少しおどおどした態度を見せる凜の背中を莉子がバンバン叩いてから肩を抱き寄せてずりずりと頬擦りする。その様子を紗久良が少しむくれた感じで見詰めている。昨日の決定が女子達の間に完全に浸透した様で、このクラスでは凜は完全に女子として認識されたのだ。
ある意味紗久良の功績なのだがそれを彼女は言わなかった。柔らかくなったクラスの雰囲気を感じながら校庭に視線を移すと校庭の端には色付きを深めた銀杏の木が葉を揺らしながら優しく見詰めている様に感じた。
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