4.紗久良の思い
「り~~~んくん!!」
「……は、はい」
凛は頬を染めて視線を空に向け右手の人差し指で頬をぽりぽりと掻いたりしている。その様子は見方によっては少し嬉しそうな表情にも感じられたりもする。莉子は凛の腕に抱き着きながら眩しい笑顔で寄り添って歩く。その横を紗久良がかなり複雑な表情を湛えて無言で歩く。
所謂一触即発状態の三人。中身は今のところまだ男の子だから女の子に抱き着かれれば悪い気はしない。凛は莉子からほんのり香るシャンプーの残り香に少しときめいたりもする。しかし、紗久良はその態度が気に入らない。
別に兄弟みたいな関係なのだからヤキモチ的な感情を抱く必要は無いのだが莉子の態度と凛の反応が心にチクチク突き刺さる。そのチクチクの意味が又分からなかったりするから意味不明な動揺も湧いて来る。ただ、少なくとも自分の凛に対する感情の何かが変わりつつあることは薄々だが紗久良は感じている。
「あ、あの、莉子、さん」
紗久良はそう言いながら彼女の肩をポンポンと叩く。無理矢理の笑顔を作りながら。
「え、なぁに紗久良ちゃん」
「その、何と言うか、あの、ここは往来だし、あんまりくっつき過ぎて歩くのは……ちょっと」
「ん、ちょっと?」
「恥ずかしかなぁ……なんて思ったりなんかするんだけど」
「あら、そんな事は無いわ。思いはその人に届く様にアピールしなきゃ伝わらないわ。
「思い?」
「そ、私は凜君を愛してますって」
目を見開いたまま石像と化した様に凜はその場で固まった。紗久良は無邪気に微笑みながら凜の腕にぶら下がる莉子の顔を覗き込みながらこれまた石像と化す。
昨日、授業が終わっての帰り際、莉子は紗久良に提案したのだ。性別が変わってしまった凜が一人で登校するのは不安だろうから二人で毎朝迎えに行って三人で登校しようと。勿論、莉子一人で迎えに行っても良いのだが現段階で二人の親密さはそれ程深い物ではないから突然訪れても不信感を煽るだけ。だから紗久良にも付き合ってもらえれば安心感も信頼感も増すだろうと。
しかし、莉子の自宅と凜の自宅の距離を考えた時、とんでもない遠回りになるからそれは止めた方が良いのではと紗久良は反論したのだが、距離よりも安全と安心が優先するという理屈の押しで乗り切られてこんな事になっているのだ。
更に紗久良には莉子の本当の目的が分かる。彼女の『凜君は紗久良の恋愛対象には含まれてないのよね』と言う昨日の発言に全て凝縮されているのだ。凜に近づくためなら手段を択ばない。ある意味見習いたい行動力ではあるが、そこまでしなくてもと、紗久良は思う。
★★★
凜が教室に辿り着いた時には一日分のエネルギーを使い果たし多様な疲労感に襲われていた。机に頬杖を突いて眺める校庭の端っこで木の葉を揺らす銀杏の木はその色を更に濃くした様に感じたが、たかが一日で大きく変化する訳はない。自宅から学校まで歩いて十五分程度なのだが、なんだか一週間位を費やした様に感じた。
「凜君、どうした、調子悪いのか?」
ぼうっとしていた時に担任教師に突然話し掛けられて凜はびくっと反応する。
「あっ、いっ、いえ、何でもないです」
「……そうか、病み上がりなんだから調子悪かったら遠慮なく言うんだぞ」
「は、はい、あ、ありがとうございます」
クラスの視線が一斉に集中して、凜はその気恥ずかしさに思わず俯いて頬を染める。その様子をにこやかに眺める莉子、そしてかなり心配そうな視線を送る紗久良。こうして多難な関係は始まりを告げた。このトライアングルは火花を散らすことになるのだろうか、そう思うと凜の心にもくもくと暗雲が湧いてくる。そして女の子として暮らす事の難しさを改めて実感した。
★★★
午前中の授業を終えて帰宅する道すがら、凜は再び佐々木のお婆ちゃんと出会う。今日は
「あら凜ちゃん、こんにちは。学校、終わったの?」
「え、あ、はい。今週は授業午前中だけなんです」
「あらそうなの。ね、これから少し時間は有る?」
「え?」
「ふふふ、茶道教室の勧誘よ。これからお稽古なの。一時間くらいで終わるからちょっと見て行かない?」
凜は背中を冷たい物が流れ落ちるのを感じながら乾いた笑顔を張り付けて両手をひらひらと振りながら断ろうとしたのだが、場所が良くなかった。二人が出会った場所は佐々木さん
「凜ちゃんはこっちね。病気してたんでしょ、正座はちょっと辛いわよね」
佐々木のお婆ちゃんは凜に椅子を用意してくれた。最近、初心者向けにはこういう形式でお稽古をする教室が増えているそうで、日本の伝統の敷居は少し低くなっている様だった。
しんと静まり返る茶室は鳥の
そして厳かな雰囲気の中、お稽古は始まる。
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